百貨店の2階部分に設けられた東武宇都宮駅のホーム。巨大駅ではないが「ザ・ターミナル」の風格だ(筆者撮影)

東武鉄道のターミナルといえば、どこだろうか。だいたいの人が、浅草駅を思い浮かべるのではないか。建築家・久野節が設計を手掛け、百貨店の松屋が入った関東地方初のターミナルビルとして1931年に開業した浅草のシンボルだ。駅ビルの中の櫛形ホームから次々に列車が出ていく様子はまさにザ・ターミナル。ほかには、東武東上線のターミナル・池袋もある。池袋駅の西側にそびえる東武百貨店と直結するこちらも典型的な私鉄ターミナルだ。

東武宇都宮駅は街の中心にある

が、ここではあえて東武宇都宮駅を挙げてみたい。日光線の新栃木駅から分かれて宇都宮の中心市街地を目指す東武宇都宮線の終着駅。浅草や池袋といった東京都心からはかなり離れているし、東武宇都宮線はかなり地味な路線といっていい。だいたい宇都宮といったら新幹線も停まるJR宇都宮駅の存在感が圧倒的だ。


熊倉与一東武宇都宮駅長(右)と立川治新栃木駅長(筆者撮影)

しかし、東武宇都宮駅は宇都宮市の中心市街地のど真ん中にあるし、ハイブランドの店舗が入る東武百貨店の中に櫛形ホームを持つ、負けず劣らずのターミナル。JR宇都宮駅に対して地味だとか、そういうことを言われる筋合いではないのである。

「栃木県庁に行くにもJRさんの宇都宮駅よりも当社の東武宇都宮駅のほうが近いんですよね。百貨店もそうですし、駅を出ると目の前にオリオン通りという大きなアーケード商店街がありまして、宇都宮のにぎわいの中心でもあるんです。宇都宮って、餃子はもちろんですけどカクテルとかジャズ、自転車、焼きそばなどなど名物がたくさんあって、東武宇都宮駅近くのイベント広場のオリオンスクエアでもいろいろイベントをやっていたんです。今はコロナでなかなかたくさんはできないんですけどね……」

と、立て板に水の如くアピールをしてくれたのは、東武栃木駅管区副管区長で東武宇都宮駅長でもある熊倉与一さん。その東武宇都宮駅が終点の宇都宮線についても教えてもらおう。いったい、どんな路線なのか。

「やはり県庁がありますから、下り列車にはなるんですけど朝には栃木方面から宇都宮までご利用になるお客さまが中心ですね。上り方面では新栃木駅や栃木駅周辺に高校がいくつもあるので、学生さんの利用が増えます」(熊倉さん)

ここで同じく東武栃木駅管区の新栃木駅長・立川治さんも加わる。

「県立高校がほとんどで、あとは私立の国学院大学栃木高校ですかね。どの高校も少し駅から離れているので、栃木駅や新栃木駅に自転車を停めておいて、駅から学校までは自転車で通われる学生さんをよく見かけます。栃木近辺、宇都宮線ですと壬生町などから来るんです」(立川さん)


特急「しもつけ」で活躍した350型(編集部撮影)

宇都宮市内に通勤するお客と、栃木方面に通学するお客。それらが入り交じるのが東武宇都宮線の日常の光景というわけだ。昨年の春までは東武宇都宮駅と浅草駅までを結ぶ特急「しもつけ」も走っていた。

350型電車の唯一の定期運行列車として鉄道ファンの間でも人気のあった列車だったが、昨年のダイヤ改正で廃止されてしまったのだ(最終運行は2020年4月24日で、以後運休のまま6月のダイヤ改正に伴い廃止)。「しもつけ」のダイヤは朝の上りと夜の下りの1日1往復。典型的な“通勤特急”であった。

2020年12月には「ありがとう白い特急350型『しもつけ』臨時列車ツアー』を実施した。

ファンには人気だったが…

「そのときはもう満席に近いくらいでたくさんの方に来ていただきました。ただ、日常的な利用はというと、やはり少なかったですね。どうしても東京方面への通勤というと早さでは新幹線がありますから……」(立川さん)

それでも毎日決まった場所に座って東京方面に通勤するような「しもつけ」の常連客もいたという。少ないながらも東武宇都宮線で都心へ通勤する人もいるのだ。その点、6月のダイヤ改正以降は朝と夜の一部を除く大半の列車が日光線に直通して南栗橋発着となった。さらに特急との接続も改善されており、一定の利便性は確保されているといっていい。

では、新栃木―東武宇都宮間の地域輸送はどうか。そもそも、東武宇都宮線の沿線にはなにがあるのだろうか。

「宇都宮市と栃木市の間に沿線では壬生町があります。壬生町は人口が約4万人。市になってもいいくらいの比較的大きな町でして、壬生駅が古くからの中心地で、国谷駅の周りにも住宅地ができてベッドタウンになっています。宇都宮方面に通勤される方が多い印象ですね」(立川さん)


小さな駅舎の壬生駅だが、壬生町の中心にある(筆者撮影)

江戸時代中期、当時壬生藩ではカンピョウの栽培に力を注いで特産化、今でも壬生町を中心に栃木県は国内の8割を生産する“カンピョウ大国”になっている。また、蘭学教育にも注力、蘭学通りとしてその名が残り、壬生町の観光資源のひとつである。そしてもう1つ、1960年代になって誕生した“おもちゃのまち”も壬生町の名所と言っていい。

おもちゃのまちはそのまま駅名にもなっている。駅を降りたら何があるのか、なんともわくわくする駅名である……。

「ここには玩具メーカーが集まる工業団地がありまして、そこへのアクセスということで1965年に駅が開業しました。トミーテックさんとかバンダイさんとか、大手の玩具メーカーがありましてNゲージなども作っているんですよ。毎年12月には広場に各メーカーがテントを立てておもちゃを3〜5割引で販売するイベントもやっています。ほんとにこれが飛ぶように売れるんですよね」(立川さん)

実際に訪れてみた

おもちゃのまちには工場だけではなく、壬生町のおもちゃ博物館やバンダイミュージアムなどもあるという。実際におもちゃのまち駅を訪れてみた。


おもちゃのまち駅の東口に展示されている5号蒸気機関車(筆者撮影)

島式のホーム1面2線。栃木寄りに改札口があって、そこを抜けて階段を降りて地下の通路で駅の東西に出ることができる。工業団地の中心は主に東側。その東口の駅前広場には、立派に整備された蒸気機関車が展示されていた。説明書きを読んでみると、このSLは5号蒸気機関車といい、1921年に宇都宮石材軌道(のちに東武鉄道に合併)が導入したものだという。

1938年には東武鉄道から鹿島参宮鉄道に移籍し、現在の関東鉄道竜ヶ崎線で活躍。1970年頃に引退すると、現在のトミーテックに引き取られておもちゃのまちにある事業所で保存されていた。それを改めて整備して、駅前に展示したものだ。トミーテックといえば鉄道模型だし、なんともいえない縁を感じる駅前風景である。

おもちゃのまち駅から北に進み、安塚駅を出てしばらくすると壬生町から宇都宮市に入る。宇都宮市で最初の駅は西川田駅だ。この西川田駅、熊倉さんにはちょっとした思い出があるという。


2022年には国体のメインスタジアム最寄り駅になる西川田駅

「実はですね、昔、西川田の駅の近くに運転免許の試験場があったんですよ。今は鹿沼に移ってしまって、西川田にあったのはだいぶ昔のことなんですが。私は栃木市出身なもので、免許を取るために西川田に行った思い出があります。駅から15分くらいは歩いたでしょうかね……。試験場に行く若い人たちで結構にぎわっていたように覚えています」(熊倉さん)

運転免許の試験場のほかには、西川田駅の近くにはかつて宇都宮競馬場という地方競馬場があった。43勝を挙げた“栃木の怪物”ブライアンズロマンやミスターピンクの愛称で知られる内田利雄騎手の活躍などもあったが、売り上げ不振で2006年3月限りで廃止されている。今でも西川田駅の近くに宇都宮競馬場の名が刻まれた廃駐車場があったり、駅の北側で踏切をまたぐ通りを「競馬場通り」と呼ぶなど、競馬場現役時代の残滓がかすかに残る。

“スポーツの駅”と廃線

で、その競馬場の跡地はどうなっているのかと赴いてみると、でっかいスタジアムが建っていた。収容人員2万5000人、カンセキスタジアムとちぎというらしい。


宇都宮競馬場跡地に建設されたカンセキスタジアムとちぎ(筆者撮影)

「12月にJリーグの試合をやったんです。J2の栃木SCの主催試合としてジェフユナイテッド千葉とジュビロ磐田と2試合。当社でも宇都宮線に臨時列車を走らせました。さらに2022年には国体(いちご一会とちぎ国体)のメインスタジアムになる予定です。それにあわせて駅でもバリアフリー化の工事を進めていますし、他にも壬生町で銃剣道やクライミング競技も行われるので、私たちも体制を整えて協力できればと思っています」(熊倉さん)

あらゆる競技が行われ、全国各地から選手や観客がやってくる国体は開催地にとって一大イベント。栃木SCは2021年シーズンの開幕戦をカンセキスタジアムで予定しているなど、西川田駅は“スポーツの駅”として今後注目を集めることになりそうだ。そしてこの駅、鉄道ファンにとってもぜひ訪れておきたいポイントがある。“廃線跡”だ。

東武宇都宮線が開業した直後の1931年12月から1964年6月まで、東武大谷線という路線が西川田駅から延びていた。この路線、宇都宮軌道運輸をルーツとする宇都宮の市内交通、そして宇都宮特産の大谷石輸送などで活躍していた。


西川田駅の北側、東武大谷線の廃線跡と思われる道路(筆者撮影)

その跡はほとんど残っていないが、宇都宮線の線路の西側に並行している道筋はまさしく大谷線の廃線跡。しばらくは宇都宮線と並行し、しばらくするといかにも“鉄道らしい”ゆったりとしたカーブを描きながら北西へ。その後は市街地の中に突入してしまって追跡も難しくなるが、確かにこの地にはかつて鉄路があったことがうかがえる。廃線跡めぐりの中ではかなり難易度の高い部類に入りそうだが、気になる人はぜひ行ってみるといいだろう。

「その大谷石なんですが、南宇都宮駅の駅舎、大谷石造りなんです。開業時から大谷石造りで、老朽化が進んでいたので補修工事をしまして2020年にリニューアルしています。あわせてトイレも立派な大谷石造りで新築しました」(熊倉さん)

大谷石のぜいたくな駅舎

ちなみに、この南宇都宮駅舎は東上線のときわ台駅にそっくり。ときわ台駅は東武鉄道が1930年代に開発した分譲住宅地の玄関口で、東急の田園調布とも並び称される戦前の私鉄による宅地開発の白眉だ。そこに大谷石を使っているあたり、東武鉄道がいかに大谷石を大事にしていたのかがよくわかる。


大谷石を用いた立派な構えの南宇都宮駅(筆者撮影)

「で、南宇都宮駅ですが、開業時は野球場前駅といいました。駅のすぐ近くに野球場(宇都宮常設球場)がありまして、ベーブ・ルースやルー・ゲーリッグらが来日して全日本と戦った日米野球の舞台にもなっているんですよ。野球場はずいぶん昔になくなって小学校になってしまいましたが、学校の正門脇に大谷石造りのモニュメントが置かれています」(熊倉さん)

こうして東武宇都宮線の旅をしてみると、単なる支線といった印象はすっかり間違いであったと思えてくる。歴史由緒の壬生、駅名のインパクトと駅前のSLのおもちゃのまち、競馬場から大スタジアムの駅に生まれ変わった西川田、球史に刻まれた大谷石造りの南宇都宮。そして最後に、百貨店のターミナル・東武宇都宮。櫛形の駅をホームから改札を抜けると、目の前には東武百貨店が待ち受ける。そこから先は、宇都宮の中心市街地だ。さて、餃子でも食べて帰るとしますか。