「忘年会クラスター」で会社の法的責任は?

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 忘年会の計画が話題に上る時期ですが、新型コロナウイルスの感染者数が連日のように過去最多を更新する中、例年通り忘年会を開いたり、参加したりしていいものか悩んでいる人も多いようです。SNS上では「職場の忘年会、中止が決まった」という人がいる一方、「60人規模の忘年会への出席指示が会社から来た。怖い」「命より大事な忘年会なんかない」「家庭内に持ち込まれたら離婚の危機」といった不安の声も上がっています。

 もし、会社や上司主導で忘年会が開かれ、「忘年会クラスター」が発生したら、法的責任はどうなるのでしょうか。芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士に聞きました。

クラスター発生で主導者に不法行為責任

Q.会社の忘年会で新型コロナウイルスの集団感染が起きた場合、会社や上司は法的責任を問われることがあるのでしょうか。全員参加が原則(事実上の強制参加)の場合と自由参加の場合とで違いはありますか。

牧野さん「会社は社員に対して、安全で健康的な職場環境を提供する『安全配慮義務』(労働契約法5条)を負っています。そのため、強制参加、自由参加を問わず、会社や上司が企画・実施した忘年会であれば、予防措置が不十分であること(注意義務違反)で新型コロナウイルスの集団感染が起きた場合は、会社は安全配慮義務違反により、感染した社員に対して損害賠償義務を負うことになるでしょう。

職場内の管理者ではない社員(一般社員)が企画・実施しており、予防措置が不十分であった場合は、企画・実施した社員が感染した社員に対して不法行為責任を負うほか、会社も『使用者責任』を問われる可能性があります。実際、会社の忘年会における同僚の暴力によるけがについて、会社の使用者責任を認めた裁判例(2018年1月22日、東京地裁)があります」

Q.忘年会クラスターの発生で業務に支障を来した場合、主導者は何らかの法的責任を問われるのでしょうか。

牧野さん「クラスターが発生すれば、業務に支障が出ることが通常予想できますので、主導者にはクラスターが発生しないよう、予防措置を十分に実施する義務があります。そのため、主導者が管理職かどうかにかかわらず、不法行為責任を問われる可能性があります。予防措置が不十分な場合には、主導者は不法行為責任の注意義務違反とされ、主導者に加えて、会社も使用者責任を問われるでしょう」

Q.もし、重症化して亡くなった社員がいたら、会社や上司の法的責任を問うことはできるのでしょうか。

牧野さん「亡くなった社員が糖尿病などの基礎疾患があった人であれば、感染による重篤化が通常予見できますので、予防措置が不十分であれば、会社や上司は安全配慮義務違反により、損害賠償義務を負う可能性があるでしょう」

Q.忘年会で感染したと認められた社員がいて、その家族にも感染して重症化した場合、会社や上司の責任は問えるのでしょうか。

牧野さん「家族内で感染する可能性が高ければ、家庭内感染が通常予見できますので、予防措置が不十分だった場合、会社や上司は安全配慮義務違反により、損害賠償義務を負う可能性があるでしょう」

Q.「感染が怖いから」と忘年会参加を拒否した社員に嫌がらせをしたり、仕事上で不利益な扱いをしたりした場合、法的問題はありますか。

牧野さん「忘年会参加は本来、『任意』参加が基本ですので、『感染が怖いから』と忘年会参加を拒否した社員に嫌がらせをしたり、仕事上で不利益な扱いをしたりした場合はパワハラに該当します。会社や上司の安全配慮義務違反となり、損害賠償請求を行うことが可能です」

Q.労災申請はできるでしょうか。

牧野さん「厚生労働省は新型コロナウイルス感染症の労災補償における取り扱いについて、4月28日付で地方労働局に対して通達を出し、その特性を踏まえた適切な対応を指示しています。これは調査によって感染経路が特定されなくても、業務により感染した可能性が高く、業務に起因したものと認められる場合は当分の間、労災保険給付の対象とするという内容です。厚労省のホームページでもこの通達を公表しています。

ここで問題になるのは、忘年会などの懇親会が『業務』に当たるかどうかです。懇親会は原則として、『業務』に当たりませんが、例外的に(1)懇親会が会社主催(2)強制参加(3)会社が費用負担、かつ(4)残業代や手当を支給している場合には、事業主の支配・管理下にあったとして、懇親会が『業務』に当たるとされる場合があります」

Q.政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会は「感染リスクが高まる『5つの場面』」として「飲酒を伴う懇親会等」「大人数や長時間におよぶ飲食」「マスクなしでの会話」といった事例を挙げた緊急提言を公表し、注意を促しています。これらは忘年会で想定される場面でもありますが、この提言が持つ意味は。

牧野さん「分科会の緊急提言によって、会社や上司の安全配慮義務や、管理者ではない社員の不法行為責任の注意義務の基準や程度が具体的に示されたといえます」