あるテレビ番組では、東大生を過剰に「変人」扱いして笑いをとっている。この番組を見た東大出身者たちは何を思うのか? (写真:ロイター/アフロ)

あるテレビ番組では、東大生を過剰に「変人」扱いして笑いをとっている。しかし、その内容は差別的かつ下品なものばかり。この番組を見た東大出身者たちは何を思うのか? 東大卒でライターの池田渓氏による『東大なんか入らなきゃよかった 誰も教えてくれなかった不都合な話』より一部抜粋・再構成してお届けする。

東大卒は同窓生が少ない地方の職場で逆学歴差別を受けることが少なくない。時には露骨にいじめられることもある。僕の所属していたサークルの後輩である吉岡聡くん(29歳)が自らの経験を話してくれた。

サークルの創設記念パーティーでおよそ5年ぶりに会った吉岡くんは、聞けば「地元の就職先でひどい目にあった」と言うではないか。

パーティーに参加するために関西から出てきていた彼は、まだ数日は東京に滞在するとのことだったので、翌日の昼に時間をつくってもらい喫茶店でインタビューを行った。吉岡くんは東大文学部を卒業後、地元の兵庫県で市役所職員として働き始めた。公務員になろうとする東大生の多くは、学生のうちに国家公務員採用総合職試験(旧・国家公務員I種試験)もしくは国家公務員採用一般職試験(旧・II種試験)をパスして卒業後は中央省庁に入る。

地方公務員になった東大生が直面した悲劇

地方の市役所職員になった吉岡くんはレアケースで、田舎の公務員になるようなものは東大のなかでは「落ちこぼれ」とされる。東大は毎年卒業生の進路を公開しているが、彼が卒業した年に地方公務員になった東大生は数人しかおらず、インターネット上の匿名掲示板にある就職カテゴリーのスレッドでは「東大を出ていながら地方公務員になったやつがいるぞ」と話題になっていたそうだ。

当初、吉岡くんは大学院への進学を考えていた。それが学部で卒業して地元で市役所の職員になることを選択したのは、親御さんが病気を患い、なるべく近くにいてあげたかったからだという。しかし、その職場で彼は初日からいじめにあってしまった。

「新人には先輩がついてしばらく指導をするものだと思っていました。入って半年は試用期間とされていましたし。でも、職場に初めて出た日、先輩に開口一番、『東大生なんやから見てたらわかるやろ』とだけ告げられてそれっきりなんです。業務マニュアルくらいあるかなと思ったのですが、一切ないんですね。

上司とされる女性にどんな仕事をすればいいのかを尋ねたら、『私らは忙しいねん。あんたの相手なんてやってられんから、勝手にしとき』と言われてしまいました。面食らいましたね。

仕方なくフロアのゴミ掃除をしたり、そのあたりに乱雑に置かれた段ボールを開いてひもで縛って片付けたりして時間をつぶしていました。あれは、意図的なネグレクトだったと思います」

そう語りながら当時のことを思い出したのか、吉岡くんは口を大きく鋭角の「へ」の字に歪めた。

「でも、いつまでもゴミ掃除をしていたわけじゃないでしょう?」

「ええ。初出勤から1週間がたったころに新年度の業務分担が発表されて、そこでようやく前任者の引き継ぎという形で業務内容を知ることができました。ただ、それまでは完全に放置です。話しかけてすらもらえませんでした。所在のなさに、社会人になって1週間にして心が折れかけましたね」

たまたま職場全体が忙しい時期で誰も彼の相手をできなかったのかもしれないが、知らない環境で延々と放置されるというのは、当事者でなくても想像するだけでなかなかつらいものがある。

「原因はハッキリしています。ぼくの直属の上司と部内の先輩です。その人たちは関西大学の出身で、それまで職場では『高学歴で頭がいい人』として周囲から持ち上げられていたんです」

関西大学の出身者はほかにも何名かいて、職場では大学名を冠した派閥ができていたそうだ。そんなところに東大卒の吉岡くんが入ってきてしまったものだから、「その人たちがすっかりすねてしまった」と彼は言った。

「事あるごとに皮肉や当てこすりをされて、ずいぶんとやりづらかったですねぇ。なにかにつけて『自分(お前)は東大出で頭がええのかもしれへんけど、うちらはそうやないねん』と言われてなじられました」

「自分ほんまはアホなんちゃうか」

特定の人に対する皮肉や当てこすりを関西の人は「いじり」というのかもしれない。しかし、「いじり」も「いじめ」も「他者をないがしろにする」という点で行為の本質は同じだ。いじる側は軽い冗談のつもりでも、いじられている側が不快に感じるならば、それはいじめである。こんなこと、小学校の道徳教育レベルの話だ。

「先輩たちは新人のぼくが知らないことがあると大喜びするんですよ。『東大を出てるのに、自分ほんまはアホなんちゃうか』なんてことをよく言われました。そこで『そうなんですよ。東大にもぼくみたいなアホはいるんですよ』なんて言って下手に出て、業務のやり方を習得していきました。その場で口だけでもアホだと認めておけば事がスムーズに運ぶので。正直、屈辱ですよ。でも、からかうのはやめてほしいと訴えても、まともに聞き入れてはくれません。こちらは1人なのに対し相手は大勢ですから」

おそらく吉岡くんの職場の人たち、そのなかでも「そこそこの学歴」の人たちによる、東大卒という彼の学歴を敵視したいじめはあったのだろう。

単純に気に入らなかったということもあろうが、自分たちの立場を脅かすようになる前に、吉岡くんとは職場内での「格付け」を終えておきたかったのかもしれない。

テレビをネタにいじられる

「嫌だったのは、ちょうどぼくが就職したころにテレビで『さんまの東大方程式』というバラエティー番組が始まったことです。ゴールデンタイムにやっていて、定時であがった職場の連中がけっこう家で見ていたんですね。放送された後しばらくは、その番組をネタによくいじられました」

「さんまの東大方程式」は2016年からフジテレビ系列で放送されているトークバラエティー番組だ。


なぜ「さんまの方程式」で東大生たちが傷つくのか? (写真:時事通信)

司会の明石家さんまとスタジオのひな壇に並べられた数十名の現役東大生が繰り広げるトークが人気を博し、毎年春と秋の改編期の特番として、この本を書いている2020年8月時点で第8弾までが放送されている。

「あるときの放送では、女性経験がない東大の男子学生がフォーカスされたんでしょうね。その話を引っ張ってきて、『吉岡も東大やし、童貞やろ』とからかわれました。

またあるときは、東大生に昆虫でも食べさせていたのでしょうか、『自分も虫食ったりすんの? きしょ(気持ち悪い)』なんて理由もなく中傷をされたりもしました。

関西において明石家さんまの影響力って大きいんですよ。『さんまがやっていたみたいに、俺らもうちの職場にいる東大をいじろう』ってなもんです。たまたまつけたテレビでやっていても5分と見たことはないのですが、東大関係者にとってあれほどうっとうしい番組はないです」

この本を書くにあたって僕も過去の放送回を取り寄せて視聴してみたが、確かに番組は僕たち東大の卒業生にとって見るに堪えないものだった。番組では、基本的に東大生を「変人」扱いすることで笑いをとっていたからだ。

もちろん、バラエティー番組なので、台本があり演出があり、素材に過剰な編集を施した結果なのだろうが、いずれにしても、この番組は世間の東大生に対する偏見を大いに助長するものだ。

例えば、「東大生の歪んだ恋愛事情」と題し、「東大生と結婚したい肉食女子」なるものを連れてきてスタジオの東大生とお見合いさせるというコーナーがあった。そこでは「東大生の遺伝子がほしい」などと下品な言葉を口にする女子大生を目の前にして、慌てふためく朴訥な東大生男子をスタジオ中でからかっていた。

多くの東大生は中学高校の時期を受験勉強に捧げて東大に入っている。東大生を多く輩出する進学校には男子校も多い。

2019年時点の東大生の男女比が男性80.7パーセントに対し女性19.3パーセントということを考えると、二十歳(はたち)かそこいらの東大生(とくに男子)など大半は恋愛未経験者だろう。そんな彼らの未発達な恋愛観を「歪んでいる」と称し、異性経験がないことを全国にさらして辱める。こんな悪趣味なことがあるだろうか。

編集者には資料として8回分の録画映像を取り寄せてもらっていたが、僕はどうにもいたたまれなくなり、最初に手にした1回分しかまともに視聴することができなかった。

アスペルガーいじり

「さんまの東大方程式」については、もう1つ気になることがあった。おそらくコミュニケーション能力の低さからであろう、皮肉が通じず、さんまとの会話がかみ合わない、話を振られて挙動不審になる東大生を笑いものにしていることだ。

ここまでにも散々書いてきたが、東大生にはコミュニケーションに苦手意識のある人が多い。そのなかには、はっきりとした病識があり、医療機関で「自閉症スペクトラム(ASD)」という診断を受けている人もいる。2013年にDSMというアメリカ精神医学会の診断基準が改訂される前までは、「アスペルガー症候群」という診断名が使われることも多かった。

アスペルガー症候群は脳機能の障害により認知発達に偏りがもたらされる発達障害の1つだ。知能の停滞はないが、「臨機応変な対人関係が苦手」「特定の事柄に強い興味を持つ」「パターン化した行動を好む」といった特徴がある。

データが発表されていないので正確な値はわからないが、東大内にアスペルガー症候群の人がそれなりの割合でいることは、内部を知る人間なら実感していることだろう。東大生や東大出身の教員は、しばしば仲間内で「私はアスペ(アスペルガー症候群)ですから」という自虐を口にするし、実を言えば、僕も自身にいくらかその傾向があることを自覚している。

そのため、東大も学内に「コミュニケーション・サポートルーム」なる支援室を設置し、東大生の発達障害に関わる悩みの相談に応じている。

おそらくアスペルガー症候群の特性と膨大な量の暗記を要求する東大入試との相性がいいのだろう。アスペルガー症候群の人は興味を持つ事柄に対して尋常ならざる集中力を発揮して取り組む傾向にあるし、反復して脳に刷り込むことで覚える「単純記憶」も得意だ。

僕たちは幼少時から、ポケモンの名前なんて全種類言えて当たり前だったし、動植物の種名や天体の名称、電車や自動車の車種など強い興味を持った物事はすっかり記憶することができた。その興味のベクトルが教科書や受験参考書に向けば、入試で点がとれてしまうのも道理だ。

「後の人生できっと汚点になりますよ」

「さんまの東大方程式」の出演者がアスペルガー症候群かどうかはわからないが、仮にそうだったとすれば、ズレた受け答えをしたり、挙動不審になったりしているさまをみんなで笑うというのは人として最低の所業だ。


そういう笑いを番組制作者や世間の人たちが求めているのかもしれないが、ひな壇に並んでいる東大生たちが番組の「いじり」で慌てふためくさまを見るにつけて、僕には後輩たちがひどい「いじめ」を受けているように感じられてならなかった。いじられている彼らは笑顔こそ浮かべていたが、その笑みのなかには卑屈さが見えるような気がした。

吉岡くんは言った。

「現役の学生たちはまだ若いからわからないのかもしれないですけれど……芸能界で生きていこうというのならいざ知らず、あんな番組に出演して、テレビ的に誇張されたキャラクターと実名とをセットで全国にさらしたことは、後の人生できっと汚点になりますよ」

僕もその意見には強く同意する。