Jリーグとウイルスの戦い 今季「降格なし」の決断、弱者を守る“護送船団方式”の正義
【識者コラム】弱いくせに手強い新型コロナウイルス 「降格なし」に表れたJリーグの意思
「ウイルスがズラタンのところへ向かって来ないなら、ズラタンのほうからウイルスへ向かっていくぜ」
元スウェーデン代表FWズラタン・イブラヒモビッチ(ACミラン)は、新型コロナウイルス支援基金を立ち上げた。
自身はすでに10万ユーロ(約1200万円)を寄付していて、病院支援の募金を呼びかけている。ズラタンに向かって来られたら、ウイルスもさぞビビることだろう。
今回の新型コロナウイルスは弱い。ショッカーの戦闘員みたいに弱い。罹患しても、8割は重症化しないと言われている。感染しても無症状の人が多い。しかし、それだけに非常に厄介でもある。次から次へと湧いて出てくる。無症状の人々を媒介して、油断すると爆発的に増殖する。
数が増えれば持病のある人や高齢者から重症者、死者が増えてしまう。弱いウイルスは数だけが恃みで、強い者にコバンザメのように貼りついて人から人へ渡り歩き、機会を得たら弱者を狙い打ちにする。なんとも卑怯卑劣。ズラタンほどの猛者なら「向かって来い、この野郎」と言いたくなる気持ちも分かる。
結局のところ、国民の8割方が感染しないと感染は収束しないそうだ。英国政府は今年の冬に流行ると厄介なので、ピークを早めにして夏には収束させてしまうという作戦らしい。とはいえ、感染者数があまりに急撃だと医療体制が追いつけなくて医療崩壊を起こしてしまう恐れもある。日本の場合は、政府によれば当面急激な増加は回避できているようだが、そうするとそれだけ収束までに長くかかるということでもある。
Jリーグは臨時実行委員会で、今季の「降格なし」の方針を固めた。
競技面での公平さの観点がまずある。例えば、選手やスタッフに感染者が出れば、そのチームは活動を停止しなければならず、試合だけでなく練習もできなくなる。感染の広まり方は地域差があり、競技面での公平性を欠く場合も出てくるかもしれない。
もう一つは、経営への配慮だろう。不況に降格が重なれば、スポンサーの撤退が考えられる。新規のスポンサーを探すのは相当難しい。「降格なし」はリーグの緊張感を欠くことになるが、なんとしてもクラブを守るというJリーグの意思が表れている。
一部の人からはバカげていると思えても…
1993年に開幕したJリーグは、いわゆる“護送船団方式”でスタートした。
世界的には弱肉強食がサッカー界の掟だが、後発のJリーグは突出した存在を認めない代わりに、すべてのクラブが立ちゆくように運営されてきたわけだ。これには良い面も悪い面もあったが、今回の新型コロナウイルス危機にあたって、“護送船団マインド”が前面に打ち出されてきたように感じる。一つの脱落者も出したくない。潰れるところは潰れて良し、という態度ではないわけだ。
新型コロナウイルスが弱いくせに手強いのは、近代社会の弱点をついているからだと思う。欧米の一部の若者が主張しているように、とっとと感染してしまおうという方針なら、ウイルスは確かに早く収束するのだろう。主に老人が犠牲になるが、一部のウイルス弱者のために経済を破綻させるのはバカげているというわけだ。
だが、近代社会はその考え方に同意しない。たとえ不合理でも、センチメンタルでも、1人の命を疎かにしないところに立脚している。Jリーグのウイルスとの戦いは失敗に終わるかもしれない。しかし、そもそも現代社会の戦い方はハンデ戦にならざるをえないのだ。一部の人からはバカげていると思えても、それが正義というものなのではないか。(西部謙司 / Kenji Nishibe)