数多くのレギュラー番組で司会を務める中堅芸人のカリスマ、東野幸治さん。人の心にズケズケと土足で踏み込むその芸風から「白い悪魔」と呼ばれることもあります。

そんな東野さんが2月27日に著書『この素晴らしき世界』(新潮社)を上梓しました。この本では、東野さんが個人的に気になる吉本芸人約30人を取り上げて、独自の切り口で彼らの素顔を描き出しています。

意外にも、攻撃的な芸風の東野さんは共演者から怒られたりしたことはほとんどないそう。MCとして数多くのクセのある芸人やタレントを相手にしてきた東野さんが、人との距離の取り方について語ってくれました。

〈聞き手=ラリー遠田〉


【東野幸治(ひがしの・こうじ)】1967年生まれ、兵庫県出身。1985年から芸人として活動。ダウンタウンを慕って上京し、『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ系)などで人気を博す

「人なんて好きになれない」と思っていたほうがいい。斬新すぎる東野流・人付き合い

ラリー:
東野さんは絶妙なポジションで、クセのある有名人たちとたくさん付き合ってきたじゃないですか。

クセのある人がめんどくさくて苦手って人は多いと思うんですが、そのあたりの人付き合いって、どうすればうまくいくんですかね?

東野さん:
僕、人と話すときに好き嫌いじゃなくて、興味で話してるところがあるんですよ。

嫌いな人でも「こういうところが嫌い」って部分が面白かったりするじゃないですか。何でも面白さに落とし込むと、嫌いっていうのも許容できるし、笑けてくる。



ラリー:
嫌いな人に興味が持てる…?

東野さん:
嫌いな人のほうが近付きたくなるんですよね。

めちゃくちゃ好きな人とずっといるよりは、いろんな嫌いな人を見て回るほうが興味ある。

「好き」って、いくら好きでもそこで終わりですから。新たな発見はないじゃないですか。


「好きはそれ以上に発展しない」という東野理論。新しすぎる

ラリー:
むしろ嫌いなほうがいいと。

確かにこの本でも、品川(祐)さんとか西野(亮廣)さんとか、世間で嫌われていると言われる人のほうが、“筆がノってる”感じがするんですよね…!

東野さん:
そうなんです。本人たちには申し訳ないんですけど、ホンマにもう(スマホで書く)親指が踊りだして止まらないんですよね(笑)。



ラリー:
たとえば東野さんが会社員だったら、みんなに嫌われている上司のことも「なんでこんな嫌なやつなんだろう?」ってむしろ興味を持てるんでしょうか?

東野さん:
そうですね。だから僕、サラリーマンでもそこそこ出世してたと思うんですよ。嫌いな上司もやっぱりちょっと楽しいというか。

次の人生があったら、めちゃくちゃ勉強してええ大学卒業して、ちゃんとした一流企業に勤めたいですもん。『新R25』ってそういう人が読んでるんでしょ?

ラリー:
そうですね、ビジネスパーソンとか、それを目指す若者とか。

東野さん:
僕は会社勤めなんてしたことないですし、その辛さは分からないですけども、やっぱり人に興味を持って近付いていくのはいい、と思うんですよね。

嫌いでも。だいたい相手も分かるじゃないですか。「こいつ、俺に興味ないな」とか。

そういう人との距離感って鍛えていったら多少はうまくなるんで、がんばっていただいたらいいと思います。

ラリー:
好きじゃなくても興味は持てる、ということですか?

東野さん:
極端に言うと、人なんて好きになれないって思ってるほうがいいんじゃないですか。マイナスから入るほうが。



東野さん:
人にはマイナスから入って加点するように付き合うと、自分が傷つかないっていうのが、学生時代から培ったネガティブ思考です。

ラリー:
それってむしろネガティブなようでポジティブでもありますね。

東野さん:
それはありますね〜。

僕、日常生活がものすごい楽なんですよ。

テレビで「心がない」とか「毒舌」とか言われてるから、ご飯食べに行って「ありがとうございます」とか言うだけで「めちゃめちゃいい人じゃないですか!!」って思われる。イチコロなんですよ

辛いことがあっても「切り離す」ことで、病まないで済む

ラリー:
確かに「人なんて好きになれない」と割り切れたら楽になりそうなんですが、普通の人はなかなか東野さんみたいな境地に達することはできないようにも思いますが…

東野さん:
別に境地じゃないですよ。僕もまだ旅の途中なんで。むしろ「好きになれない」って切り離しちゃうのは、自分を守る術でもあるんですよね。

辛いことがあっても「これは自分が経験したことじゃない」って思ってますから。ビリー・ミリガン(※)方式ですね。


※ビリー・ミリガン=1970年代アメリカで、三人の女性に対する強姦・強盗事件を起こし逮捕された人物。解離性同一障害を患っており、24人もの別人格を持っていた。ダニエル・キイスによるノンフィクション『24人のビリー・ミリガン』で有名


たとえがめちゃくちゃ怖い東野さん

ラリー:
別人格を作るんですか…

東野さん:
レギュラー6本なくなったのも僕じゃない。別人格がこんな目に遭ってるんだって思えば、僕は何も傷つきません。そうやって生きてます。

真正面からぶつかっていかないほうが、円形脱毛症にもならないし、心を病むこともないです。

ラリー:
ひょっとして東野さんが「心がない」とか言われちゃうのはそのせいですかね?

東野さん:
ははは、そうですね。自分のキャラクターとして「心がない」っていうのがあったら、何かのときに使えるし。手持ちの武器はたくさんあったほうが得じゃないですか。それはそれでありがたく受け取って、ポケットにしまってるって感じですかね。


たしかに傷つかないために「切り離す」のはいいテクニックかも

「大物に毒を吐いても怒られないテクニック」って?

ラリー:
本の帯では東野さんのことを「毒舌を吐き続けても絶対に嫌われない男」と書いてありますが、そういう自覚はあるんですか?

我々視聴者としても、東野さんって割とそういうイメージがあるんですけど。



東野さん:
自分としては言いたいことや気になることをしゃべってるだけのつもりなんですけどね。もしかしたら無意識で他人の嫌なところを突いてるのかもしれないです。

ラリー:
テレビで見ていると、結構深く切り込むなあ、と思うんですけど、相手がそんなに嫌な感じがしていないように見えるんですよね。それで結果的に面白くなるっていう。

テレビで目上の人にも結構突っ込んだ質問をすることがありますが、意外と怒られたことはないって聞きました。

東野さん:
ないです、ないです。怒られないですね。

ラリー:
それはなぜですか?

東野さん:
テクニックを使ってるからじゃないですかね。イラッとしたとしても、その現場では怒りづらい感じに持っていってるというか、外堀を埋めていってるというか。



東野さん:
一番簡単な方法は、笑顔で近付いて、自分が同じ被害に遭ってる立場でしゃべることですね。「いや〜、大変ですよね?」って。

「あれはさすがにキツいですよね。自分やったら、あれはちょっと納得いきませんわ」とか。

並走すると人って怒りづらいんです。向かい合うと喧嘩になりますけど、横並びになると怒れないです

ラリー:
なるほど!

東野さん:
ちょっと前、あるタレントさんが奥さんにモラハラしているんじゃないかっていう騒動があったときも、「いや〜、ビックリしましたよ。あんなふうに言われるとちょっとね、どうなんすか?」って。そしたら普通に機嫌よくしゃべってくれました。

「割り切ってるし、諦めてる」けど…諦めてる人ほど仕事がうまくいってもいい

ラリー:
テレビのMCってそういう役割ですよね。話題の人がゲストで出てきたら、聞きにくいことも聞かなきゃいけないし。

東野さん:
申し訳ない気持ちもあるけど、こっちはそれでお金もらってるからある程度は聞くようにしてます。

たまに自分で自分が嫌になることもありますよ。何の仕事してんのやろ、って。



東野さん:
世の中の人ってそういうテレビは「ゲスい」とか「人の傷口に塩塗ってる」みたいなことを言うたりするけど、むしろ、それを見たい人が山ほどいるんですよね。

だからしょうがないですよね。どっちに軸足踏むかっていうだけで。タレントさんとか芸人さんで「そういう仕事は嫌や」って人もいてるし、それは当然やと思うし…

そうやって自分が楽しいこととか面白いことをやりたいっていう人もおれば、テレビに面白い番組や自分がやりたい番組はないけど、それでもテレビに出たいっていう人もおる。じゃあどうするってなったときに、テレビで自分に一番向いているのは何かって考えるしかないんですよね。

ラリー:
今ではそれが東野さんの個性になっている感じはします。

東野さん:
結果的にはそれでご飯食べさせていただいているから、継続してたら何とか形になるねんなあ、みたいなところはありますけど。

ラリー:
東野さんは以前、自分のことをフロアディレクターみたいなものだと言っていましたよね。

東野さん:
ほんとそうですよ。“撮れ高”を考えてやってます。

素材を与えられて、料理をして、あとは盛り付けをお願いします、みたいな感じでディレクターにお渡しするっていう仕事ですよね。流れ作業の最後から2番目くらいの

ラリー:
流れ作業って…そこまで割り切ってるんですか!?

東野さん:
割り切ってます。別に自分なんか映さんでええから、しゃべってる誰かを映してください、って感じです。

あんまりこんなこと言いたくないですけど、諦めてるし。



ラリー:
諦めてる!?

東野さん:
一生懸命やってる人は、たぶんこんなん聞きたくないじゃないですか。だからあんまり言わんようにしてるんですよね。

でも、もう期待してないところもあるし、かと言って別にふてくされてるわけでもないし。前のめりに絶望してるっていう感じです。


「でもね…」

東野さん:
でも、諦めてていいと思うんです。諦めてるからこそ、まわりに嫉妬しないで楽しめるんですよ。

「諦めててまわりに興味を持てるタイプ」と、「自分がパフォーマンスしたいタイプ」とに分かれるとして、みんながみんな、パフォーマンスを頑張る必要はない

諦めてる人がうまくいってもええんちゃうか?って思います。

ラリー:
諦めてるからこそ仕事がうまくいくことがある、と。

東野さん:
そうなんですよ。パフォーマンスしてる人のステージの袖で見てるみたいな感覚なんですよね。あんまり自分で芸能人っていう認識もないし。好感度なんて別に必要ないかぁっていう感じ。

でも、「これやから仕事があるんやろな」と思うところもあります


こんな仕事論なかなか聞くことない…けど真理な気がします

ラリー:
でも、そのなかで個人的に聞きたいことを聞いていこうっていう気持ちもあるんですよね?

東野さん:
だから、1〜2割増しぐらいで納品するって感じですよね。言われた仕事はやりつつ、それの1〜2割増しを続けてたら次の仕事が来るのかなって感じです。やりすぎると期待値が上がるから、次がダメだったときに困るじゃないですか。だからあんまり盛り上げすぎないようにはしてます。

ラリー:
やっぱり、ネガティブなようでポジティブな気もしますね。

東野さんは実は多趣味だし、興味の幅も広いじゃないですか。

東野さん:
そうです、そうです。なんか楽しいことやりたいっていう感じはいつもありますよ。だからこういう本も書くし、YouTubeも始めたし。

YouTubeとかから、早く新しいお笑いスターが出てきてほしいんですよ! 「もっと楽しませてほしい」って思います。ステージの袖から見てるんで(笑)。



東野さん:
だいたい趣味多くていろんなことチャレンジする人って爽やかじゃないですか。

僕みたいに爽やかじゃないけど趣味が多いってなかなかレアケースですよね。

だからいろいろやっていきますよ、よろしくお願いしますって感じです。



〈取材・文=ラリー遠田(@owawriter)/編集=天野俊吉(@amanop)/撮影=飯本貴子(@tako_i)〉

東野さんのテクニックと芸人愛が詰まった『この素晴らしき世界』はこちらから!



そんな東野さんが、絶妙な距離感とテクニックを持って執筆した“毒舌を吐き続けても絶対に嫌われない男による「吉本バイブル」”。

2月27日に新潮社から発売されています。

東野さんが「親指が踊りだして止まらなかった」という、芸人愛にあふれた文章を、ぜひご堪能ください!

キングコング西野亮廣さんによる「東野幸治論」も特別収録…。こちらも注目です!

東野幸治 『この素晴らしき世界』 | 新潮社
https://www.shinchosha.co.jp/book/353161/