再開発組合の曲谷健一理事長は「大勢の人が暮らすにぎやかな街になれば」と大きな期待を寄せる。地権者約300人の9割はここに住み、オフィスや店舗もそろう。だが森ビルとしては「世界の人やモノを引き付けるにはまだ弱い」とみる。そこで訴求するのが、国家戦略特区が掲げる「外国人を呼び込む職住近接の空間づくり」に沿った「外国人にも暮らしやすい生活環境」だ。

 例えば出身国と同等のカリキュラムで教育を受けられるインターナショナルスクールのほか、多言語に対応する子育て支援施設や医療施設、スーパーマーケットを整備。専有面積約1000平方メートルの大型住宅や中期滞在向けのサービスアパートメントも設ける。この先は国内外の新旧住民が交わることになるこの街を、どのように地域に根付かせていくかがテーマとなる。

 そのために磨きをかけるのがエリアマネジメントだ。多くの地権者が戻った六本木ヒルズでの成功に裏打ちされた、同社が最も得意とする領域でもある。辻社長は「単純にビルを建設するだけでは、街の魅力は引き出せない」と断言。「街で生まれるさまざまなコミュニティーが交わるきっかけを提供し、対話の仲立ちをしていくこともデベロッパーの役割だ」と強調する。

再開発の機運、周辺にも
 辻社長はかねて「これは森ビルにしかできない案件だ」と強調してきた。高低差がある地形と道路に面さない“あんこ”の部分が多い立地。そして、地権者の多さ。老朽化した都市基盤を整え、職・住や遊び・学び、文化発信といった機能を重層的に組み込む「バーティカル・ガーデン・シティー(立体緑園都市)」構想を掲げる森ビルの本気度が試された場でもあった。

 プロジェクトは再開発区域のほぼ中央に位置する我善坊地区の機能更新を機にスタートした。86年に完成した「アークヒルズ」(東京都港区)に次ぐ開発との位置付けで、やがて桜田通りに面する東側の八幡町地区や北側の仙石山地区が追加。89年には3地区で一体開発の土壌が整った。西側の麻布台地区は新築マンションが多く、当初の計画には入らなかったという。

 再開発組合と並行して、森ビルも独自に布石を打っている。麻布グリーン会館の取得はその一例で、仙石山地区のポテンシャルを高める役割を担ったとされる。ただ、仙石山地区には現在、アークヒルズ仙石山森タワーが建つ。背景にあるのは、バブル崩壊に伴う景気後退。不透明感が漂う中、分離して2段階での事業化に踏み切ったことも同プロジェクトの特徴だ。