■東京都区部のマンション価格は平均で7600万円

首都圏(東京、神奈川、埼玉、千葉)の新築マンション価格の上昇傾向が続いている。東京都内では、駅に近い好立地のマンション開発が進み価格上昇が顕著だ。不動産経済研究所によると、2019年上半期(1〜6月)東京都区部の平均価格は7600万円台に達した。

一方、価格高騰により新築マンションの売れ行きは鈍化している。通常、契約率が70%を超えると新築マンションの需給はタイトだといわれる。足元の契約率は66%台にまで落ち込んだ。これは、価格の上昇が行き過ぎた結果、首都圏新築マンション市場には潮目の変化が表れつつあることを示唆している。

東京都中央区晴海に建設中の2020年東京五輪・パラリンピックの選手村。奥は勝どきのタワーマンション群、手前は晴海客船ターミナル=2019年6月25日(写真=時事通信フォト)

今後、10月の消費増税を控えて駆け込み需要の増加が予想され、首都圏の新築マンション価格は高値圏で推移するとみられる。ただ、その後は需要の反動減の影響もあり、需給は少しずつ緩むだろう。それに加え、わが国の景気回復を支えてきた海外経済の動向や人口動態の変化も、首都圏のマンション価格にマイナスの影響を与えるものと見られる。

■チャイナ・マネーが東京湾岸エリアなどに流入していた

マンション価格は、国内外の要因に影響されて上昇してきた。大きな影響を与えた要因の一つが、中国の投資(投機)資金=チャイナ・マネーだ。チャイナ・マネーが東京湾岸エリアなどのマンションに向かい、価格が押し上げられた。

チャイナ・マネーがわが国に向かった背景には、リーマンショック後、中国の富裕層などは中国国内の規制強化や経済の先行きを懸念して、人民元建てで保有していた資産を海外に移し始めたことがある。その際、わが国のように社会の基盤が安定した国の不動産は、中国人投資家にとって資産価値の保全を図るために魅力的だった。

オーストラリア、カナダ、ニュージーランドなどでも、同様の理由からチャイナ・マネーが不動産市場に流入し住宅価格は高騰した。すでにオーストラリアやカナダの政府は、住宅価格抑制のために海外投資家による不動産取引にかかる税率を引き上げているほど、チャイナ・マネー流入の影響度合いは大きかった。

また、2012年12月以降、わが国経済は緩やかに回復した。基本的に株式や不動産などの資産の価格(価値)はGDP(国内総生産)成長率に連動する。景気が上向くにつれ、新築マンション価格は上昇した。

2013年4月には、日銀が“量的・質的金融緩和”を導入した。この金融政策は、短期から超長期までの金利に低下圧力をかけることで、国債から株式や不動産など、相対的にリスクのある資産への資金流入を促した。この結果、投資資金が新築マンションを中心とする不動産市場に流入した。2014年4月の消費税率引き上げ(5%から8%へ)を控えた“駆け込み需要”もあり、2013年の首都圏マンション契約率は79%に達した。

その後は駆け込み需要の反動減によって契約率は幾分か低下した。それでも、首都圏への人口集中などが支えとなり、マンション需要は引き締まった状況が続いた。その上に、人手不足、資材の価格上昇などが重なり、東京23区を中心に新築マンションの価格には上昇圧力がかかった。

■首都圏マンション市場に見られる潮目の変化

ただ、2016年には首都圏における新築マンションの契約率が60%台に落ち込み始めた。2018年の契約率は62%にまで落ち込み、本年上半期は66%台だった。

不動産市場において、首都圏のオフィス需要は堅調であり、商業用不動産の市況は好調さを維持している。三鬼商事によると、今年6月の、千代田、中央、港、新宿、渋谷区の平均的なオフィス空室率は1.72%だった。

一方、首都圏の新築マンションの需給には、明らかに潮目の変化が見える。不動産経済研究所によれば2019年上半期、首都圏新築マンションの発売戸数は、前年同期比で13%減少した。東京都区部を中心に、マンションの売れ行きは鈍化している。

新築マンション需要のゆるみの原因は、あまりに価格が高くなってしまったことにある。子育てなどのためにある程度の床面積のあるマンションや戸建て住宅を探している知人と話をすると、東京都23区内で満足のいくマンションを手に入れることはかなり難しいと考える人が多い。そうした感覚を持つ人が増え、新築マンションの契約率が低下している。

■中国政府の監視強化で「チャイナ・マネー」は減少

また、チャイナ・マネーの変調も見逃せない。近年、中国政府は資金の持ち出しを厳しく取り締まっている。良い例が、海外不動産を積極的に買収してきた大連万達集団(ワンダ・グループ)だ。同社は、政府から資金の海外持ち出しをにらまれ、金融機関からの信用供与を絶たれた。

これは中国政府による資金持ち出しへの警告だ。習近平政権は、自らの支配基盤を整備するために、海外への資金流出を容認しないという断固とした姿勢を表明した。資金供給を絶たれたワンダは、一時経営が危ぶまれるほどの状況に陥った。

中国政府の監視強化により、海外不動産市場に向かうチャイナ・マネーは減少した。各国政府の規制強化も重なり、オーストラリアなどでは住宅価格の上昇に一服感が出ている。東京の湾岸エリアなどのマンションの販売動向に関しても、チャイナ・マネーの流入減少が相応の影響を与えているものとみられる。

■消費税率引き上げで「駆け込み需要」が押し上げか

今後の展開を考えると、短期的に首都圏のマンション市場では新築物件を中心に価格は高止まりするのではないか。ただ、未来永劫、資産の価格が右肩上がりの展開を続けることはありえない。いつ、どの程度のマグニチュードで進むかは予想が難しいが、どこかでマンション価格はピークを迎え、調整局面を迎えるだろう。

当面は、10月に予定されている消費税率引き上げ(8%から10%)の影響が重要だ。10月の税率引き上げを控え、購入資金の負担が増える前にマンションを購入しようとする人は増えるはずだ。これが、マンションの駆け込み需要につながり、一時的にマンションの販売が押し上げられるだろう。

ただ、これは一時的な変化だ。税率が引き上げられた後は、駆け込み需要の反動減からマンションの需給は緩むだろう。これは、前回の消費税率引き上げ時にもみられた。また、人手不足や資材価格の上昇を受けた建設コストの増加も、マンション価格の高止まり要因となるだろう。

■長期的には「マンション価格は頭打ち」といえる理由

やや長めの目線で考えると、首都圏のマンション価格は頭打ちの展開を迎え、徐々に価格が調整する可能性がある。まず、わが国の景気動向が重要だ。近年の日本経済は、国内独自の要因によって自律的に回復してきたとは言えない。わが国の景気回復のかなりの部分が海外の要因に依存している。

足元、米中の摩擦や中国経済の減速など、世界経済の不確実性は高まっている。ここから先、世界全体で景気の勢いが一段と強くなることは考えづらい。米国や中国などの経済成長率が鈍化傾向をたどるようだと、わが国でも所得環境の悪化懸念などが高まるだろう。それは、マンションの販売減少につながる要因だ。

加えて、わが国では少子化と高齢化、人口の減少が3つ同時に進んでいる。これは住宅需要の低下要因だ。総務省が公表した「平成30年住宅・土地統計調査結果」(総務省統計局)を見ると、1998年に9.5%だった住宅の増加率は、2018年3.0%まで低下した。長期的に考えると、これまで人口が集中してきた首都圏でも人口の増加ペースが鈍化し、マンション需要は一段と緩む可能性がある。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫 写真=時事通信フォト)