2021年1月から始まる「大学入学共通テスト」では、初めて記述式の問題が導入される。その採点をめぐり、文部科学省は「アルバイトの大学生も認める方針である」とNHKが報じた。予備校講師の小池陽慈氏は「大学生に任せるべきではない」と強く反対する。その理由とは――。
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■予備校関係者震撼「大学試験の採点にバイト大学生」

2019年7月4日、大学入試関係者を震撼させるニュースが流れた。

大学センター試験の後継として2021年1月から実施される「大学入学共通テスト」の採点者に、なんと“大学生”が採用される可能性があるというのだ。

これまでの「センター試験」は、すべての教科で“マーク式”の問題が出題されていた。よって“採点者”は必要なかったが、後継の「大学入学共通テスト」は、生徒の「思考力」を試すという名目のもと、国語と数学で“記述問題”が出題されることになったのだ。

もちろん記述問題は、機械にかけて一斉に採点などということはできない。そこでは当然、“人力”による採点が不可欠となる。すなわち、“採点者”が必要となるわけだが……。

例年、センター試験は、約50万人が受験する。「大学入学共通テスト」でも、受験者数は同じレベルになると見込まれる。つまり、50万人分の答案を、きわめて短い一定の期間内に、正確に採点することが求められるのである。そして文部科学省は、その正常な運営には1万人の採点者が必要であると想定している。では、その“1万人”を、果たしてどうやって確保するのか。

■“シロート学生”に記述式解答の採点を公平にできるのか

これまでそれは、民間業者との連携のもと、プロの採点者や大学院生などでまかなうとされてきた。ところがそこに、「アルバイトの大学生」も採用する方針であることが明らかになったのだ。

再来年から始まる「大学入学共通テスト」には、初めて記述式の問題が導入されます。その採点には、およそ1万人が必要とされていますが、アルバイトの大学生も認める方針であることが、文部科学省への取材で分かりました。(NHK NEWS WEB<「共通テスト」採点にバイト学生 認める方針 疑問視の声も>2019年7月4日)

このニュースに触れて、「大学生に大学入試の記述答案など採点できるのか」と思った人も多いのではないだろうか。私は現在“予備校講師”として現代文を指導しているが、講師になる以前、5年ほど大手の予備校で「現代文」の全国模試の採点者を担当していたことがある。

その予備校の採点者は、大学生では採用に応募することすら許されず、私も大学院に進学してから採用されたのだが、研修や、模試のたびの会議、それに実際の採点に対する本部からの指摘など、一連の採点作業が入念に行われるため、当初は本当に驚いたものだ。

あの現場を直接に経験していればこそ、「大学生に大学入試の記述答案など採点できるのか」という意見が出るのは、当然のことと思われるのだ。

■“優秀な大学生”なら一定レベルの採点も不可能ではない

ただし、「大学入学共通テスト」の「国語」の記述問題に関するかぎり、人選を間違えなければ、つまり優秀な大学生であれば、あれを“採点できない”ということは、必ずしも言えない。

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それはひとえに、「大学入学共通テスト」国語の記述問題の特質による。

「大学入学共通テスト」国語の記述問題は、大量の枚数を短期間で正確に採点する――のみならず、受験生が少しでも正確に“自己採点(センター試験同様、受験生は同テストの結果いかんによって最終的な出願校を決定するので、即時の自己採点を要求されることになる)”することができるように、解答が“一義的”に決まるよう、さまざまな仕掛けがなされているのだ。

例えば、本文や資料について話し合う【会話文】で解答の方向を“誘導”する。あるいは、設問に過剰なまでの“条件”を付して、解答をにおわせる。

したがって「大学入学共通テスト」の国語の記述問題では、同テストとは別の試験(私大や国公立大の2次試験など)の記述問題にしばしば認められるような、“許容できる解釈にそこそこの幅がある”という事態がそれほど発生しないと推測される。採点者のチーフなどを配置して細かい点をきちんと調整するなら、“優秀な大学生”であればある程度の機械的作業で一定レベルの採点も不可能ではない。

■「共通テスト」記述問題採点者に大学生採用は断固“否”

では、それなら「大学入学共通テスト」の記述問題採点者に大学生を採用することは“アリ”なのだろうか?

答えは、“否”である。断固として、“否”である。

先に触れたとおり、私は、長い間模試の採点者をしてきた。その中で、いろいろな経験をした。例えば、私の採点に、受験生から「納得できない」と質問をもらうことはたびたびあった。それは場合によって、クレームとなることもあった。受験生も必死なのだ。

日々のたゆまぬ努力の成果をすべて答案用紙にぶつけた結果、“納得のいかない”採点結果が返却されてきたなら、文句の一つも言いたくなるのは当然だろう。そして考えてみてほしい。

“たかが模試”でも、そのようなことは起きるのだ。

ましてやこれが、実際の進学先を――すなわち場合によっては自分の未来を――決定づけることになる入学試験本番であるならば、得点開示の結果、“採点ミス”や“納得のいかない採点”が判明した場合、それに対するクレームは、より激しくなるだろう。

そうしたプレッシャーを、つい先日まで自らも受験生であった大学生に負わせることは、果たして「国の政策」として許されることなのだろうか。

■大学生採点者は受験生50万人への「責任」を負えるのか

もちろん、実際にこのシステムが運用される際には、少なくとも形式上は、大学生採点者が何かしらの“責任”を問われることや、“クレーム対応”の矢面に立つことはないだろう。彼らを統括するチーフや責任者が、一切を請け負うはずである。

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しかしながら、仮に自分が受け持つ会場や地域から、受験生の将来を左右しかねないような重大な採点ミスが出たことが発覚したなら、あるいはそれに対するクレームが入ったなら、たとえそれが自分の採点答案であるかどうかわからないにせよ、重く責任を感じる“大学生採点者”は必ずいるはずだ。とりわけ、そういった業務に誠実にとりくむ、まじめな学生であるならば。

さらに気になるのは、仮に本当に大学生を採用する事態になったとして、そこで実際に採用されることになるのは何年生の学生なのかということだ。

まさか、つい前年まで高校生、あるいは受験生であった大学1年生は、採用の対象とはならないだろう。かといって4年生を卒業間際の1月以降に採点へと駆り出すことも考えにくい。となると実際に採用の対象となるのは、大学2〜3年生である可能性が高い。

だが、大学2年生の1月は、本来なら、自らの研究したい方向もそれなりに見えてきて、それに向けて勉学にいそしむべき時期だろう。3年次に、本格的なゼミが始まる大学もあるに違いない。少なからずいる有為の学生であるならば、いよいよ始まる大学での本格的な学習に向け、それぞれの勉強にじゅうぶんな時間を費やしたいはずである。

ましてや3年生なら、多くの大学・学部で次なる4年次に始まる卒論ゼミを見据え、その下準備に専心することを望むはずだ。

そのような、大学生にとって本来最も大切な“本分”であるべき勉学の時間を、今回の措置は犠牲にしてしまう可能性があるのではないだろうか。下手をしたら、学生が断りにくい状況が作り出され、“ボランティア”という名の強制労働すらありうるのではないか――というのは考えすぎだろうか。

■文科省の「暴挙」を許してはならない

私は、大学受験業界で“飯を食う”人間として、今回の入試改革を受け、それに対応した多くの教材を執筆し、また、映像授業の撮影もしてきた。私自身の長年の夢でもあった、受験参考書を単著で執筆するという機会も手にすることができた。「共通テスト対策講座」が満載の内容で、すでに原稿は編集者に送り、校正の段階に入っている。

だから、本当のことを言えば、怖い。

もし、自分を含め、われわれ教育業界の人間が今回の文部科学省の施策に対して異を唱えることによって「大学入学共通テスト」の実施が延期、もしくは中止になってしまったなら、長年の夢であった単著デビューも“お蔵入り”になってしまう可能性があるのだ。

せっかく皆で協力しながら教材を作り、そして撮影した「共通テスト対策講座」の映像授業も、おじゃんになってしまうこともありうるのだ。

でも、それでも強く訴えたい。

「大学入学共通テスト」の採点者に大学生を採用することだけは、だめだ。絶対に、だめだ。

教育業界の方も、そうでない方も、「どうか、お力をお貸しいただきたい」と私は声を大にして言いたい。この国の教育のために。この国の将来を担う、若者たちのために。文科省の「暴挙」を許してはならないと思う。

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小池陽慈(こいけ・ようじ)
予備校講師
1975年生まれ。早稲田大学教育学部国語国文科卒、同大大学院教育学研究科国語教育専攻修士課程中途退学。現在、大学受験予備校河合塾、および河合塾マナビスで現代文を指導。7月末刊行予定の紅野謙介編著『どうする? どうなる? これからの『国語』教育』(幻戯書房)で大学入学共通テストに関するテキストを執筆。

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(予備校講師 小池 陽慈 写真=iStock.com)