プーチン大統領肝いりの巨大なプロジェクト・ヤマルLNGプラント(写真:NOVATEK)

地の果てと言われる北極圏のヤマル半島。今、そこが世界のエネルギー開発のホットスポットとなっている。

年間1650万トンを産する巨大なLNG(液化天然ガス)工場で、昨年12月、3つのトレインがフル稼働を開始した。北極海を通ってLNGをヨーロッパとアジアに輸出する巨大プロジェクトの完成だ。プーチンによるプーチンのためのロシアの戦略プロジェクトである。

開発の主体はロシアの民間エネルギー企業ノバテク(NOVATEK)。しかしこのヤマルLNGプロジェクトはウラジミール・プーチン大統領の直轄といわれている。2010年に不毛の北極圏のツンドラで港と空港とガス田の開発を始め、巨大なLNG工場を建設した。完全稼働までわずか8年。北極圏のエネルギー開発と北極海航路の実現を同時並行で進めようというプーチンの国家戦略の肝となる。

巨大マニアのロシアらしいプロジェクト

さらに今、第2期として「アークティックLNG2」プロジェクトが動き出そうとしている。

ヤマルLNGがヤマル半島の陸上に建設されたのに対して、アークティックLNG2工場は、対岸のギダン半島に建設される。正確にいえば、ヤマル半島とギダン半島に挟まれたオビ湾の湾内に、巨大な人工島ともいえるプラットフォームを据え付け、その上にLNG工場を設置しようというものだ。

1つのプラットフォームの上に1つのトレインが設置される。プラットフォーム上への工場トレインの組み立ては、現地で行わない。LNG工場の乗った巨大な艀(はしけ)ともいえるプラットフォームを別の場所で組み立て、その巨大な構造物をそのまま運んでオビ湾に備え付けてしまおうという計画だ。

海底油田などで用いられるGBS工法というものだが、桁外れに大きい。大きさは長さ300メートル、幅は152メートル、重量は44万トンだ。この北極海に向けた特殊な巨大構造物を造るための造船所をロシア北部の港町ムルマンスクに新たに建設し、そこで組み立てたうえ、北極海のオビ湾まで運ぶという壮大なプロジェクトだ。

第1期のヤマルLNGプロジェクトは陸上に建設されたと書いたが、LNG工場を156のユニットに分けて、それを中国やインドネシアの造船所で建設し、艀の上に載せて北極海まで運び、ヤマルのツンドラの上で組み立てた。いわゆるモジュール工法であり、巨大な構造物を北極圏まで運ぶことは第1期プロジェクトで経験済みともいえる。ただ、さらに巨大化した構造物を運ぼうという計画は巨大マニアのロシアらしい。


このアークティック2に日本が資本参加する交渉が今、大詰めを迎えている。おそらく大阪で開催されるG20に合わせた日ロ首脳会談で三井物産がJOGMEC(独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構)の支援を受けて権益10%を獲得することが発表されるだろう。

日本にとっては、そして三井物産にとっても、サハリン2プロジェクト以来の本格的なロシアのエネルギープロジェクトへの参入となる。サハリン2と同じく三菱商事も参入する可能性がある。もしも妥結すれば、日本が北極海の資源開発に初めて参入し、北極海航路をめぐる地政学にプレーヤーとして参加することになる。

そもそもなぜ日本がこのプーチンプロジェクトに参加することになったのか。そして日ロ双方の思惑は何か。

野望むき出し、先行する中国

今、北極圏で存在感を強めているのが中国である。中国は北極海の沿岸国ではないが、一帯一路の一環として氷上のシルクロードの構築を目指し、「隣接する国」として積極的に北極海航路の実現に参加するとしている。その1つが北極海の資源開発、特にヤマルへの積極的な姿勢である。

すでに第1期のヤマルLNGプロジェクトにCNPC(中国石油集団)が20パーセント、シルクロード基金が9.9%の権益を獲得した。第1期は日本の日揮、千代田化工がフランスのTecnipとともにLNG工場の建設を請け負い、実体としてはプラント建設に実績のある日本の力が示されたプロジェクトなのに、資本の面では中国に先行された形となっている。

さらに今年4月26日、北京から衝撃的なニュースが東京に飛び込んだ。中国のCNOOC(中国海洋石油集団)とCNPCがアークティック2の権益をそれぞれ10%、中国としては20%獲得する契約をノバテクとの間で締結したのだ。一帯一路の国際会議で中ロ首脳会談が行われ、プーチン、習近平両首脳を前に大型契約が締結された。北極圏のLNG開発での中国の存在感がますます大きくなることを示す。

中国と並ぶ存在感を見せているのはヨーロッパのフランスだ。フランスの大手メジャー・ㇳタール(TOTAL)がノバテク本体の株式16%を所有するとともに、ヤマルLNGプロジェクトの20%、アークティック2プロジェクトの10%の権益を獲得している。フランスと中国がヨーロッパとアジアの主要なパートナーとなっている。そこに日本がアークティック2の10%の権益を獲得してようやく参画することになる。

日本がロシア北極圏のLNG権益を確保するのは、第1にエネルギー安全保障の観点からである。

これまでLNGの市場には、ロシア、アメリカという主要な天然ガス生産国が参加してこなかった。しかし世界のLNG需要が増える中で、アメリカがシェールガス革命でガスの輸出国となり、ロシアもパイプラインからLNGに生産をシフトする。米ロにカタールなど中東が主要なLNG生産国となる時代を迎える。


ヤマルLNGプロジェクトのガス採掘サイト(2018年8月筆者撮影)

日本はこれまでLNG輸入で天然ガス需要の全部を賄ってきた。国内にLNGを受け入れるインフラはすでに整っている。その世界最大のLNG輸入国としての強みを活かして、アメリカ、ロシア、そして中東のLNG権益をバランスよく確保しておきたい狙いがある。

アークティック2の10%の権益を獲得すれば、10%のガスを受け取る権利が生じる。ヤマル1も同様だが、アークティック2の強みはガスの生産コストがべらぼうに安いことだ。カタール並みといわれている。さらに極地でのLNGは運転コストが中東などよりも安い。摂氏30度のところよりも氷点下の極地で冷やしたほうが熱効率は良いのだ。

長期契約中心のこれまでのLNGとは異なり、短期あるいはスポット中心の販売を見込んでいる。北極海航路が順調に運航できるかどうかが、そのカギとなる。順調にいけば北極海のLNGがスポット中心の新たなLNG市場の先導役となるかもしれない。

日本が参加することには、LNGをパイロットプロジェクトとして具体化される北極海航路を中国の独占物にはさせたくない、というロシア側の思惑がある。日本としては中国とも協力しつつ、今後天然ガス需要が増える東南アジア、そしてインドを見据えて、北極海航路とインド太平洋を結節する主体となりたい。その第1歩としてアークティック2の10%の権益がある。

注目すべきは政府系のJOGMECが深くコミットしていることである。日本の国益にとって重要なプロジェクトという位置づけであり、2016年のJOGMEC法の改正を受けて、今後ㇳタールと同様にノバテク本体の資本を取得する方向に動くかもしれない。そうなれば日本の存在感はさらに強まるだろう。

ノバテク大株主はプーチンと個人的つながりを持つ

ロシアの北極海政策の肝となるプロジェクトで、プーチン個人の強い関与もうかがわせるのはノバテクの大株主ゲンナジー・チムチェンコの存在である。ノバテクの最大の株主はCEOのレオニード・ミヘルソンでおよそ28%、次の大株主は取締役会のメンバーであるチムチェンコで、およそ23%を所有している。

ミヘルソンはもともとガスパイプライン建設の技術者で1990年代のノバテク創設に関わり、ノバテクをガスプロムに次ぐロシアのガス会社に育て上げた有能な技術者兼経営者だ。しかしプーチンとの個人的なつながりは薄い。それに対してチムチェンコは原油のトレーダーで、ロシアの原油輸出の3分の1は彼の会社を通じて輸出されると言われる。そして、プーチンと極めて近いことで知られている。

もともとパイプライン中心のガス会社だったノバテクをヤマルLNGに引き込んだのはチムチェンコである。チムチェンコはまず、ヤマルのLNGライセンスを取得してそれをノバテクに売却し、次にノバテク本体の株式を購入した。いわばスワップ取引の形だが、ノバテクはヤマルLNGの主体となり、チムチェンコは大株主としてノバテクの経営に参画することになった。2008年のことである。プーチンがチムチェンコを通じて、ヤマルLNGプロジェクトを有能なマネージャーであるミヘルソンに任せたともいえるだろう。


ヤマル半島のサベッタ港に接舷するLNGタンカー(2018年7月筆者撮影)

連携を強めるロシアと中国。しかし微妙な戦略のズレも見える。ロシアはユーラシア、すなわち旧ソビエトの統合を唱え、北極海航路もその枠の中で自らの影響圏の中に押さえておきたいと考えている。中国の一帯一路と氷のシルクロードはそうしたロシアの思惑そのものを飲み込む可能性がある。中国は「ロシアのユーラシアの統合と一帯一路は統合(integrate)される」という。これに対してロシアは「ユーラシアの統合と一帯一路は共存(coexistence)する」としている。

北極海航路への日本の参画はロシアにとって中国とのバランスを取るという意味でも重要であり、また日本を通じて東南アジアやインドへの販路拡大という可能性も広がる。

実はアークティック2にはサウジアラビアのアラムコも参入に向けて交渉を進めていた。サウジアラビアも20%以上の権益を求めていたといわれるが、結果的にはロシアはサウジアラビアよりも中国を選択した形となった。ロシアとしては、おそらくアメリカとの対立が深まる中で、中国との関係を重視するとともにLNGの安定した売却先という面から中国を選択したのだろう。

しかし今は交渉を中断しているが、今後、サウジアラビアの参画も再浮上してくるかもしれない。ロシア北極海と中東はヨーロッパとアジア市場において競合相手ではあるが、相互乗り入れすれば、競合が相互補完関係に変わるかもしれない。

北極海航路と北米航路の結節点になる北方4島

アークティックLNG2への日本の参画は北方領土問題、日ロの平和条約交渉にはどのような影響を与えるだろうか。直接には絡めるべきではないというのが私の考えだ。ロシアのエネルギープロジェクトへの日本資本の参画は、エネルギー安全保障の観点と経済合理性の観点から判断すべきだろう。中東情勢が不安定化する中で、ロシアが安定したエネルギー供給を続けることはエネルギー消費国の日本の利益となる。

経済合理性を見極めることは重要だが、プーチンプロジェクトゆえの利益とプーチンプロジェクトゆえのリスクをどう判断するのか。経済合理性だけでは詰め切れない部分を政治が後押しする。そこにはエネルギーにおける日ロの戦略的な補完関係を強化することで領土交渉の環境を整えたいという思惑があるかもしれない。

また、ヤマルへの参画は直接は領土交渉には結びつかないが、北極海航路のパイロットプロジェクトという面で、北方4島と北海道東部の将来像に大きな意味を持つかもしれない。この島々は、北極海航路の中継基地として最適の位置にあるとともに、アメリカと結ぶ北米航路の最短距離の地点にある。つまり北極海航路と北米航路が結びつく結節点にもなりうる。

日ロの地政学的な共通利益を深め、日ロの将来像を描く中で、領土問題を解決に導こうという新しいアプローチにおいて、4島と北海道東部に北極海や北米大陸から来るLNGの積み替えや貯蔵の基地を作るという構想が生まれてくるかもしれない。アークティック2LNGへの参画はそうした日ロの将来に向けた一歩となる可能性がある。日本も参画した北極海をめぐる資源開発ゲームはまだ始まったばかりだ。世界のエネルギー地図をどのように変えていくのだろうか。