地方銀行支店長から酒造会社社長に転身した中村安久氏。銀行員のスキルが経営改革に大きく生かされた(写真:町田酒造提供)

かつて花形の職業とされた銀行員。しかし昨今ではメガバンクが大量人員削減や支店業務の縮小を発表するなど「受難」の時代に突入している。その逆風下でも、銀行員の金融スキルが事業承継に悩む中小企業を立て直す「資産」になりうる事例が生まれている。

奄美大島の黒糖焼酎「里の曙」の醸造元、町田酒造の中村安久社長は元々、同社のメインバンク・鹿児島銀行の支店長だった。同社を担当していた大島支店長時代、創業社長が亡くなり社内は混乱を極めていた。

中村社長は別の支店に転出していたが、創業社長の妻から町田酒造の社長の後継を打診された。「気にいらなければ会社を潰しても構わない」。そう懇願されるほど強い要請に心を動かされた。「(自分の)家族は戸惑いながらも同意してくれた」(中村社長)。意を決し31年勤務した銀行を退職した。

2016年4月に社長に就任。中村社長によると、そのときの社内は「部門間の風通しが悪く、沈滞ムードが漂い、役員間・社員間のコミュニケーションも良好な状態ではなかった。リーダー不在による『決められない経営』」だったという。

銀行員のスキルが経営改善に直結

まず取り組んだのはコスト削減だ。会社の財務諸表などをじっくりと読むなかで、銀行員の経験、金融に関する知識が経営改善に直結した。遊休不動産を売却し3億円分の負債を圧縮。低利融資へ借り換えたことから支払利息が低減した。在庫が嵩んでいたので製造部門を説得し、焼酎の新規製造を1年半にわたり停止するという大改革にも踏み込んだ。

さらに、役員の出張日当を漸次廃止し、広告宣伝費を削減。設備投資や備品購入についても、以前は調達先を精査することなく慣例で固定化していたが「原則、3社以上の相見積もり」を徹底。購入・契約金額10万円以上はすべて取締役会の決裁を必要とするなど、細かいところから全面的に見直していった。

コスト削減によって生まれた余剰資金は従業員の待遇向上に充てた。就任3カ月目に奄美群島では数少ない完全週休2日制を導入。月額2万円の大幅な賃上げを実施した。子育て支援などの諸手当も拡充。改革から3年経たずに同社が実施した働き方改革の取り組みが評価され、2018年10月には鹿児島県知事から「かごしま働き方改革推進企業」として認定されるまでに変貌した。

この働き方改革が奏功し、優秀な人材が自然に集まってくるようになった。海外展開で必須となる英語能力が高い大学院修了者がUターンで入社した。阪急阪神百貨店の外商を務め、販路拡大のノウハウを持った人材も来た。それまでは勘と経験に基づく営業だったが、販売データに基づくエリアマーケティングを導入できるようになった。

諸々の施策が成功し、再建は軌道に乗りつつある。2018年3月期の売上高は21億円。前年比5200万円の増収となった。国外に販路を拡大し、2018年5月にはアメリカ・ロサンゼルスで開催された「国際スピリッツ・コンペティション」で同社の「里の曙ゴールド」が焼酎部門最高金賞を受賞。その後の輸出拡大に弾みをつけ、今春にも独ベルリン、仏パリでの鑑評会でも「金賞」受賞が続いている。

中村社長による数々の施策は、情熱を持った銀行員が事業承継に悩む取引先に身を投じ、銀行時代に培った企業の観察眼と強力なリーダーシップを生かして経営改善を成し遂げた好事例ということができる。

他にも銀行員が取引先の企業に経営者として、事業承継した例がある。群馬県中之条町の沢渡温泉にある老舗「まるほん旅館」の福田智社長は、元々群馬銀行で同社を担当していた営業マンだ。

後継者がおらず廃業も考えていると聞き、手を尽くして承継先を探したが、規約上、源泉の利用権は相続人以外に承継できないことがわかった。そこで自ら後継者になることを申し出て、先代の養子になり事業を引き継いでいる。

後継者の不在、地方で深刻な事業承継問題

中小企業において後継者難は深刻の度を深めている。東京商工リサーチによれば、2018年に全国で休廃業・解散した企業は4万6724件と前年を14.2%上回った。休廃業・解散した企業の代表者の54.7%が70代以上であり、後継者不在のまま社長が高齢化し休廃業を余儀なくされている実態が見てとれる。

また、社長の年齢は地方でより高い。帝国データバンクが調べたところによれば、社長の平均年齢が最も高いのは同率で岩手県、秋田県だった。地域経済に占める中小企業のウェイトを考えれば、事業承継は地域活性化の課題でもある。

事例で紹介した社長の前職の地方銀行の経営環境に目を転じると、こちらもやはり課題が多い。2019年3月期決算をみると、上場地銀78行のうち約7割で減益となった。確実視される人口減少は地方においてより深刻だ。高齢化もあいまって経済活動の縮小が見込まれる中、融資拡大策を主軸とした従来型の経営戦略に現実味がなくなってきている。

代わりに挙げられるのが取引先支援のビジネスモデルだ。信用力や担保がない先に対しても、銀行員の目利き力で事業の将来性を見出すことで資金を提供する。経営アドバイスを提供しながら企業価値向上につなげ、銀行の利益とともに地域の共通価値を創造していこうとする考え方だ。

こうした地銀のコンサルティング機能の実効性を高めるツールとして注目を浴びているのが人材紹介ビジネスだ。2018年3月に改正された地域金融機関向けの監督指針に、銀行の付随業務として、それまでのコンサルティング業務、ビジネスマッチング業務、M&A業務に加え人材紹介業務が明記された。

取引先企業に対する経営相談・支援機能の強化策の1つとして、人材紹介を戦略的に活用すること、そして地元の中小企業が抱える後継者問題、そして人手不足の解決が期待されている。

この監督指針の改正を機に地銀が人材紹介業に参入する動きが相次いでいる。多いのが、全国展開する既存の人材紹介業者と提携するパターンだ。全国から転職希望者を募り、人材不足に悩む企業の求人ニーズをいちはやくつかむ地銀が転職先をマッチングする相互補完の構図だ。

社長の「右腕人材」体系的に育成、取引先へ紹介

企業価値向上を見据えた経営アドバイスの一環としての人材紹介ビジネスならば、労働力としての人材よりむしろ社長の「右腕人材」が文脈に合う。事業承継問題に絡めれば、将来の後継者含みで社長の右腕人材を紹介することだ。

むろん、社長の右腕となって舵取りを補佐するほどの能力をもつ人材は地元にどれほどいるのか、といった課題はある。そこで自行の行員を紹介することが1つの選択肢としてあるだろう。後継者難に悩む地元の中小企業に、将来の後継者含みで転籍するキャリアプランを確立することだ。

町田酒造やまるほん旅館の事例は、銀行員の「経営者としての潜在力」を示している。ただし、これらは情熱をもった銀行員が顧客を思うあまりに自らの意思で後継者になった、いわば個人的な事例だ。この事例をひな形に、銀行の取引先支援の一環として右腕人材の紹介モデルを講じることが必要だ。

銀行員が取引先企業に就職すること自体は昔からあった。その多くは、一定年齢に達した行員の再就職の文脈だ。なかには「天下り」もあっただろう。仮にも銀行の都合が優先されては本末転倒だが、銀行の人材紹介ビジネスにつきまとう懸念であることは否定できない。監督指針にも「取引上の優越的地位を不当に利用することがないよう留意する」とある。

余剰人員の押し付け、天下りの懸念を払拭し、経営アドバイスの一環として人材紹介ビジネスを定着させるには、経営を担うにふさわしい人材を体系的に育成すること、それを入行当初からキャリアプランとして位置付けることが重要だ。

銀行で仕事をしていれば、融資可否を判断するのに必要なレベルで経営診断できるようになる。事業計画にある将来見通しの甘さ、精一杯よく見えるようにした財務諸表のウソを見抜くことはできる。

地銀の人材紹介・育成は「戦略的事業」になる

課題は実戦経験だ。そのために中堅行員が取引先に出向し現場で経営感覚を身に付けることも必要となろう。近年、30歳前後の行員を取引先企業に派遣する取組みが増えている。みなと銀行(神戸市)は、2018年4月から地元企業数社に20歳代後半〜30歳代前半の若手行員を出向させている。

行員が取引先企業に常駐してコンサルティングを実践する例もある。山陰合同銀行(松江市)は2016年から「行員派遣による有償コンサルティング」を始めた。行員1名を1年間右腕人材として派遣する制度だ。

銀行の実務を通じひととおりの経営診断ノウハウをマスターした中堅クラスの行員が、事業運営の知見を得るために取引先企業に出向し、現場の職員と机を並べて仕事する。帰任後は出向中に得た知見を生かし本部渉外部門や営業店でファイナンスとあわせ取引先の経営アドバイスを提供する。

次のステップとして今度はコンサルタントとして取引先企業に有償で出向する。あるいは、将来の後継者含みの右腕人材として企業に入ることもありうるだろう。

冒頭紹介した後継者問題に悩む地元企業の復活劇を、偶然の産物として片づけてしまうのはあまりにもったいない。これからの地銀、銀行員に求められる戦略的事業として参考にすべき点が大いにある。

後継者不在に悩む中小企業にとっての解決策である一方、地域活性化ひいては地銀自体の持続可能性を模索するうえで着地点の1つなのではないか。