【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】バルセロナと「未来のフットボール」(1)

 リーガ・エスパニョーラで26回目の優勝へ向けて突き進むFCバルセロナ。だが、グローバルな人気を誇るこのクラブの目標は、ただ勝つことだけではない。医学や栄養学、データ分析、バーチャルリアリティ(VR)など、さまざまな分野の最新鋭の研究を通じて、フットボールの進化に貢献しようとしている。

 これまでバルセロナは、プロジェクトの全貌をほとんど明らかにしていなかったが、先ごろサイモン・クーパーに特別に取材を許可した。バルサの描く未来のフットボールとは、どのようなものなのか。クーパーの現地リポートを4回にわたってお届けする。

 ベースボールキャップをかぶった小柄な男が、高級SUVに乗って選手用の駐車場に入ってくる。ここはFCバルセロナの非公開のトレーニング場。世界最高のフットボール選手リオネル・メッシが仕事場に「出勤」したところだ。


リオネル・メッシらの華やかなプレーの背後で、バルサで新プロジェクトが始動した photo by Getty Images

 僕たちがフットボール選手の姿を見るのは、ほとんどがスタジアムだろう。しかし、選手たちが「労働時間」の大半を過ごすのは、彼らにとってのオフィス、つまりトレーニング場だ。クラブ創設者にちなんで名づけられたバルサの練習場シウタ・エスポルティバ・ジョアン・ガンペールは、バルセロナの街の西端に位置している。

 バルサは今、リーガ・エスパニョーラで26回目の優勝に向けて突き進んでいる。過去5回制しているチャンピオンズリーグ(そのうち4回は2006年以降)では、今シーズンも現在ベスト8にまで進出している。ソーシャルメディアでのフォロワー数は1億9000万人に達し、スポーツ界ではレアル・マドリードに次いで第2位だ。

 メッシとチームメイトは、データやビデオのアナリスト、医師、栄養士などでつくる目立たないチームに支えられている。バルサはスタジアムや社会福祉活動の専門家も雇っている。

 2017年、バルサは「バルセロナ・イノベーション・ハブ」をひっそりと開設した。この組織の目的は、フットボールの未来の開拓に貢献すること。スタッフはビーツのジュースからバーチャルリアリティに至るまで、あらゆることをフットボールと関連づけて研究している。

 バルサの会長ジョセップ・マリア・バルトメウはこのハブを、クラブで「最重要」なプロジェクトとして考えていると、僕に語った。「未来のアスリートは、今よりずっと能力が高くなっているだろう」と、バルトメウは言う。

 バルサは先日、カーテンの向こう側を僕にのぞかせてくれた。こんな日にバルセロナの街で刺激的な仕事に携われる人々がいるとは、世の中はなんて不公平なんだろう……。そんなふうに思うほどすばらしい天気の春の日々に、僕は監督のエルネスト・バルベルデやクラブの理事にインタビューし、イノベーション・ハブの専門家たち(彼らの名前は記事に書かない約束だ)に長い時間にわたって話を聞いた。

 僕たちは本拠地のカンプ・ノウのピッチや、併設されているアイスリンクのカフェや、クラブのメディカルセンターで話をした。スタッフは僕にすべてを話してくれたわけではないが、多くのことを教えてくれた。

 彼らはコンピューターのアルゴリズムによってフットボールに「答えを見つけることはできない」と考えているし、メッシのプレーはロボットに真似できるものではないと知っている。それでも彼らは、今のフットボールに「何か」を加えたいと考えていた。

 ビッグクラブはとくに未来思考だったわけではないが、だんだんと賢くなっている。とりわけ90年代前半にテレビ放映権料がフットボール界に流れ込みはじめてからは、プロフェッショナルになることへの見返りがどんどん大きくなっていった。バルセロナは2017−18会計年度に10億3900万ドル(約1200億円)の収益を上げ、スポーツチームでは初めて10億ドルの壁を越えた。

 トップクラスのクラブは、選手にかつてないほどの高給を払い、その見返りにかつてないほどの貢献を求める。90年代以前のフットボール選手たちは、ロックスターまがいの破天荒な生活をしていたが、そんな習慣はほとんど死に絶えた(まだ試合後のロッカールームでたばこに火をつけたり、街なかでちょっと飲んだりする選手がいないわけではないが)。

 バルサのイノベーション・ハブがフットボール界のトレンドの先駆けなのかどうかは、まったく知りようがない。ライバルのクラブが情報を明かさないからだ。「他のクラブは自分たちの知識を共有したがらない」と語るバルトメウは、どちらかといえば情報共有を支持している。

 ロンドン・スクール・エコノミクス(LSE)の経済学教授で、リーガ・エスパニョーラのアスレティック・ビルバオの理事でもあるイグナシオ・パラシオス・ウエルタは、少なくともフットボール界のデータ分析の領域では「確実に先頭を走っているクラブがある。リバプールだ」と言う。「数学や物理の博士号を持つ4、5人がチームをつくって活動している。おまけに彼らは、フットボールを知っている」

 けれどもパラシオス・ウエルタは、イノベーション・ハブのスタッフに自由にリサーチをさせている点でバルサを称賛する。しかもバルサのイノベーション(革新)は、リバプールより大胆なものかもしれない。

 ハブの16人のスタッフは、バルサのあらゆる関係者と接触し、最高の「革新」をクラブ中にもたらそうとしている。しかもハブの機能は、クラブ内だけにとどまるものではない。「私たちには、世界でも最高の『実験室』がある」と、バルトメウは言う。「なんといっても、このクラブにはさまざまなスポーツをやっている8〜30歳の男女が2500人いるのだから」

 バルサではフットボールだけでなく、バスケットボールからローラーホッケーに至る多くのスポーツで、それぞれ男子、女子、子どものチームを設けている。バルサと提携する新興企業や大学は、自分たちの研究や発見を、これらのアスリートに試してもらうことができる。

 ときにはバルサのスタッフが製品開発を手伝うこともある。こうした試みが画期的な結果につながれば(たとえばハムストリングのケガを早く回復させる方法を見つけるなど)、まずバルサのアスリートたちが最初に恩恵を受ける。

 その後に、クラブは新製品を世界中のスポーツに広めたいと考えている。こうした社会貢献をめざす姿勢は、バルサが掲げる「クラブを越えた存在」(MES QUE UN CLUB:カタルーニャ語)というモットーから来るものでもあるし、少なからず収益増を期待しているためでもある。

 どこかの企業が「FCバルセロナでテスト済み」と銘打った製品を売り出せば、バルサはロイヤリティを得られる。これらの製品が睡眠や栄養に関するものなら、一流アスリートにも一般の人にも同様の需要があるから、利益はさらに大きくなる可能性がある。

 現在バルサには、投資ファンドを立ち上げる計画がある。当面の資金調達目標額は1億2500万ユーロ(約157億円)。スポーツとテクノロジーに関する世界中のプロジェクトから投資先を見つけたい意向だ。

 バルサはフットボールのライバルチームよりも、アメリカのスポーツチームとの間でアイデアを交換している。アメリカンフットボールのサンフランシスコ・49ersや、バスケットボールのゴールデンステート・ウォリアーズなどだ。

 バルサの理事のひとりでイノベーション・ハブを担当するマルタ・プラナに言わせれば、バルサは「スポーツ界のシリコンバレー」になりつつある。ただし、ひとつ大きな違いがある。シリコンバレーにはテクノロジー面の革新を生み出すために失敗を奨励する空気があるが、バルサはそういうわけにはいかない。バルサにとっては、現実の試合で2連敗したら大変なことだ。将来の革新のために現在のパフォーマンスを犠牲にすることは、バルサにはできない。

 それでもバルサは、大半のフットボールクラブよりは長期的な視野でものごとを考えている。昔から理事を務めてきたカタルーニャの商人の家と、14万5000人いるソシオ(会員)の大半が、クラブを共同保有し、生涯にわたってクラブに寄り添いつづける。未来のフットボール選手について彼らが考えるのは、当然の成り行きだ。

 バルサのスタッフのひとりが僕に語ったところでは、イノベーションの難しい点は、アイデアを生み出すことではない。アイデアを実行することだ。もしバルサにそれができれば、メッシとそのチームメイトは大きな利益をこうむる。さらに、その努力はスポーツ全体を変える。

 バルサが取り組むイノベーションの先に何があるのかは、まだ誰にも完全には見えていない。だが、監督のバルベルデに話を聞いたり、データの活用法や移籍戦略、さらには本拠地カンプ・ノウの再開発プロジェクトに至るまで、さまざまな角度から取材を進めていくにつれて、バルサがめざす「未来のフットボール」の輪郭が少しずつ見えてきた。

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