最先端の画像処理技術をソフトウエアで提供するモルフォの平賀社長に、話を伺う(写真:Signifiant Style)

スマートフォンをはじめとするさまざまなカメラに、最先端の画像処理技術をソフトウエアで提供するモルフォ。自ら研究者として技術開発に携わり大学発のベンチャーとして起業した平賀社長は、ガラケーからスマホへの変化を海外展開で乗り越え、現在も新たな分野へ進出しようとしています。「新たなイメージング・テクノロジーを創造する集団として革新的な技術を最適な『かたち』で実用化させ、技術の発展と豊かな文化の実現に貢献」するという経営理念を実現するために、どのようにビジネスを展開していくのか、平賀社長のお話を伺います。


当記事はシニフィアンスタイル(Signifiant Style)の提供記事です

2004年創業のモルフォはデジタル画像処理をはじめとするイメージング・テクノロジーの研究開発主導型企業。静止画並びに動画の手ブレ防止補正ソフトウエアや高精度HDR合成ソフトウエア、パノラマ画像生成ソフトウエアなどが国内外の携帯電話やスマートフォンに搭載されている(2011年7月、東京証券取引所マザーズ市場に上場。2017年10月期の売上高は約23億6000万円、営業利益は約8億1000万円。証券コードは3653)。

ガラケー時代、ドコモとの提携で急成長

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):最初に御社の事業概要についてご説明いただけますか?

平賀督基(株式会社モルフォ代表取締役。以下、平賀):現在のメインの事業はスマホのカメラ機能のソフトウエア開発です。B to Bでテクノロジーを提供しているので、普通の方にはなかなかご理解いただけないのですが、手ぶれ補正や、逆光でも人の顔や背景を写るようにするテクノロジーを、スマートフォンのメーカーに提供しています。


モルフォの事業概要(画像:モルフォ社資料より)

村上:2004年の創業当時はガラケーの時代。2007年にドコモと組まれて、2011年に上場なさっていますが、ちょうどその頃、ドコモはサムスン製品を注力的に扱うようになり、御社の業績も急成長の状況から一気に落ちこんだと思います。大きなパートナーがいることのメリットとデメリットについてはどうお感じですか?


平賀督基(ひらが まさき)/1997年、東京大学理学部情報科学科卒業。2002年、東京大学大学院理学系研究科情報科学専攻(博士課程)修了。博士(理学)。在学時より画像処理や映像制作用の技術開発に携わる。2004年、株式会社モルフォ設立、代表取締役社長。2011年、当社代表取締役社長兼CTO室室長(現任)(写真:Signifiant Style)

平賀:2006〜7年ころにドコモに面白い会社だと評価していただいて資本参加してもらい、ドコモ・ドットコムというVCからも出資を受けたんですが、その当時、ドコモはテクノロジーの会社に積極的に支援を行っていました。当時のドコモは、ガラケーをネットに繋げる技術や、javaでアプリ開発をするといった日本の技術を海外に持っていこうとしており、その流れに乗ってわれわれのようなテクノロジーの会社もお世話になることができたんです。大きい会社が支援してくださるとそこからの売上も上がるし、経営も安定するので、非常に良い支援をしていただいたと思っています。当時の大口顧客はドコモとシャープで、その2社で売上の半分くらいを占めていました。

ただ、そうした日本の技術を海外に展開していこうという戦略があまりうまくいかず、そのうちにAndroidやiPhoneが出てきました。ドコモとしてもデバイスのテクノロジーを自分たちでやるよりも、サービスに舵を切っていこうという方針に変わり、メーカーからガラケーやスマホを調達しなくなりました。

われわれのビジネスは、ソフトウエアをお客様にライセンスしてその対価をいただく事業が中心ですが、当時、シャープやNEC、パナソニックといった携帯電話メーカーに提供していたライセンスの費用を、実はドコモが肩代わりしてくれていたんです。「基本的なソフトウエアだからキャリアが負担する」という位置づけで。そのビジネスモデルがガラケーからスマホに急激に変わっていくタイミングで崩れてしまいました。

それでも、2011年のIPOを後押ししてくれたのもドコモでしたし、サムスンと繋いでくれたのもドコモでした。そのころまではドコモとの提携のメリットは大きかったんです。

スマホシフトで苦境に、そして海外へ

村上:IPOを後押しした点でも、ドコモの貢献は非常に大きかったということですが、その直後にビジネスを国内9割から海外9割へと大きく転換していますよね。同時に、それまではキャリアを通じてビジネスを展開されていましたが、デバイスメーカーと直接やりとりしなければならなくなりました。こうした変化をどのように乗り切られたのですか?


モルフォ2014年10月期 決算説明会資料より。スマホの浸透が進展し始める2013年ごろからビジネスが大きくシフトし、急激に海外端末メーカーへの売上構成比が上昇している(画像:モルフォ社資料)

平賀:国内のビジネスがなくなったため、海外でビジネスを作らなければならなくなり、急速に転換せざるを得なかったというのが正直なところです。日本の家電メーカーは、不振事業部門から携帯電話事業にごっそり人材を移していたので、その人材で曲がりなりにも技術開発ができるなら、コストをかけて外部の技術を導入する必要はないという方針でした。対して海外のメーカーは、その端末が良くなることに投資するので、例えばソフトウエアにしても自社の技術と外部の技術をコンペして、良い方を採用するというのが基本的なスタンスなんです。それをチャンスと捉えて、2012年から一気に海外シフトすることにしたんです。

村上:国内と海外では、営業のやり方や契約の進め方でもいろいろ違いがあると思うんですが、急速にシフトするために、人の入れ替えなどもされたんですか?

平賀:人の入れ替えはありましたね。ただ、国内のビジネスがなくなってしまったため、日本でしか営業できない人は成果が出せなくなって辞めていき、結果、海外への営業で成果を出せる人が残ったという感じでした。

村上:業績を振り返ると、あのタイミングで急速に海外シフトできたということが、今の御社の土台になったんでしょうか?

平賀:そうですね。ただ振り返ってみると、あと1年くらい早く海外シフトすると判断できていたら、あそこまで業績が落ち込まなかったんじゃないかとは思います。だから、遅いと言えば遅いんです。

村上:「ドコモの雰囲気が変わったタイミングで海外にシフトできていれば……」ということですか?

平賀:そうですね。目の前の売上に囚われすぎていたんです。国内の顧客の希望することをやっていないと目の前の売上を失ってしまうという感覚があったんですね。実際はその時すでに売上は失っていたんですが、目の前の国内の顧客しか見えていなかった。結果として、2012年に20人程、人を減らすことになってしまったんです。

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):その時期が、上場のタイミングともほぼ重なっていますよね。上場を意識したことが社内の状況をガラリと変える足かせになったというのもありましたか?

平賀:確かに、それは少なからずあったと思いますね。上場を見据えると、どうしてもリスクを小さくする方向に考えが傾いてしまいますからね。

もし、スマホがなくなっても

村上:今でも、業績がiPhoneに代表されるいくつかのデバイスに依存している会社が、世の中には数多くあります。その中で、デバイスの未来を含む市場の流れを先読みできる企業が大きな成長を遂げています。平賀さんは、今の市場の流れをどう感じていますか?

平賀:実は今、スマホシフトで国内売上を失った時期と少し似た状況にあります。われわれの売り上げの10%以上を占めているのはファーウェイとデンソーの2社だけです。売り上げの50%を越えるまでにはさらに5社程度が必要なくらい、顧客が分散しています。しかし、デバイスではスマホが圧倒的に多いんですよ。スマホという市場が今すぐなくなるとは思いませんが、ビジネスとしての旨味がなくなる時期が、5年以内に来る可能性が高いと思っています。ですのである程度、違う事業領域にもリソースを振り分けようと考えています。

スマホで培った画像処理、認識技術をクラウド系のサービスや自動運転の車載カメラ、医療向けの検査機器といった事業に広げていく仕込みをしている段階ですね。

村上:違う事業領域に進出する際、マーケットインで行くのかプロダクトアウトで行くのかによって、組織の作り方も変わってくると思うんですが、中期的にはどちらの方向に進まれるおつもりですか?

平賀:ガラケー時代もスマホシフト後も、お客様から「こういったものがないか?」と言われるケースのほうが多いんです。ただ競争力の強い製品というのは、お客様から言われて作ったものではなくて、自分たちで「こういったものがあったらいいんじゃないか」と考えて作った製品であることのほうが多いんです。だから、将来的にはそちらの方にシフトしていきたいと思っています。

AI時代、「データを制する者が世界を制す」

村上:スマホ以外の分野に進出するために、デンソーなどの大手と組まれていると思うんですが、大手と組むメリットは何でしょうか?

平賀:今われわれが掲げているビジョンは、「画像処理の技術と画像認識の技術を融合させて、カメラにどんどん知能を持たせていこう」というものです。その画像認識の技術を担うのはAIです。現在は「AIバブル」だと言われていて、われわれもAIの部分に力を入れていますが、AIの分野では大手と組まずに自分たちでプロダクトを作っていくことは不可能に近いんです。ディープラーニングの世界では良質な「教師データ」といわれるものが大量に必要です。そのデータを、スタートアップが独自で手に入れることはほぼ不可能なので、データを大量に持っている大手と組み、お互いにいいものを作っていこう、という体制を組んでいます。

村上:ドコモとの提携は売り上げを構築するための提携でしたが、今の提携は、データを保有する大手と組むことでプロダクトに競争力を持たせるためのものということですね。

平賀:そうせざるをえないんです。われわれが今、提携している会社も、その業界でナンバー1かナンバー2というところですが、そうするとデータの集まり方が全然違います。大量のデータを保有するプレイヤーが勝つ世界って、本当に恐ろしいと感じますね。

村上:そうですね。一方、デバイスソフトウエアメーカーとしては、最終的にはマーケットの面を取りたいという欲求があると思いますが、大手と提携することで他企業への展開には制約が出てくると思います。今後、どのようにバランスを取っていくのでしょうか?

平賀:はい、彼らもビジネスでやっているので、どうしても制約はあります。ただ、競争力の高いものが作れれば、大手としても、自分たちだけで利用するのではなく、外販をしていきたいという力学が働くのではないでしょうか。今は制約がありますが、それくらい良いものを作ることができれば、将来的には広く展開していけるのではないかと考えています。

カメラあるところみなビジネスチャンス

村上:今後の成長について、どのような順番で変化を起こしていくお考えですか?

平賀:ここ1〜2年の売り上げの伸びは10%程度でとどまっていますが、ビジネスが飛躍する時というのは、スケールするビジネスモデルが軌道に乗った時ですよね。われわれのビジネスモデルの中でスケールする要素があるのは、ライセンスで1コピーごとに課金するロイヤリティモデルです。このモデルが成立しているのが、実はスマホの分野だけなんです。

ですから、そうしたモデルを他の分野にも広げていきたいと考えています。それは車載かもしれないし、医療かもしれないし、ファクトリーオートメーションかもしれない、監視カメラかもしれない。カメラがあるところならわれわれの技術が入る余地はいくらでもあるのです。今はその余地があるところにとにかくトライしていっているという状況です。いずれ、筋が良さそうな領域を取捨選択するフェーズが来ると思っています。

また、もう1つ挑戦しようとしているのが、IoTの分野です。IoTの分野では、クラウドコンピューティングとエッジコンピューティング(端末の近くにサーバーを分散配置し、よりモノに近い位置でデータを処理するという考え方)の連携が今後主流になってくるはずです。エッジ側のデバイスに提供する技術はすでにあるので、クラウド側にもわれわれのテクノロジーを提供し、双方を連携させて、全体としてわれわれの技術を使っていただく世界を実現したいと考えています。そうなった場合、今まではエッジ側でテクノロジーを提供して課金するというビジネスモデルだったものが、サービス全体に課金するビジネスモデルに変化します。そのために、クラウド系の技術にも色々取り組んでいるところです。

村上:なるほど。そこは画像関連技術を持っている多くの会社が狙う部分で、大企業との競争になるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?

平賀:われわれの強みはエッジ側の処理技術で、スマホでも、よりチープなデバイスでも、高度な画像処理を実現しています。その点では大手より先を行っていると思います。一方でクラウドの部分は、弱いといえば弱いので、そこは課題ではあるのですが、必ずしも自社だけでやる必要もありません。

村上:今の御社は、利益も出ていて株価も悪くない状態で、30億超の資金があります。ある意味、「踊り場」と見ることもできると思います。次なる成長に向けて、その資金をどのように活用していくのですか?

平賀:財務戦略はまだ決めきれていないんですが、一つ取り組もうとしているのが、スタートアップへの投資です。テクノロジーの目利きができるメンバーが社内にいるんです。すでにコンセプトという10人程度のスタートアップに資本参加させてもらっています。ただ、なかなかスケールしないんですよ。

朝倉:テクノロジーが好きな研究者肌の方は、あまりビジネススケールに強い意志がない場合もありますね。

平賀:僕もそうですけど、研究者っていいテクノロジーに触れていられれば幸せ、というところがありますしね。

村上:平賀さんご自身の時間の使い方についてお聞きします。経営に割く時間が増す一方で、テクノロジーの強みもキープしなければ、そもそも会社の軸となる競争優位性がなくなってしまいますよね。経営者とCTOという役割を、どのように使い分けられているんですか?

平賀:IPO直後までは、半分以上は自分でエンジニアリングしていました。ただ、ここ1〜2年、ウィークデイは8割が経営で、開発が2割くらい。でも優秀なエンジニアがいるので、大丈夫だと思っています。本音を言うと、理想は自分のすべての時間をエンジニアリングに当てたいんですけどね(笑)。

イニシアチブは誰が担う?

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):これから新領域に進出する際、個別の技術開発プロジェクトというよりは「このデータとこの技術があればこんなことができる」という、ビジネスディベロップメントとプロダクトディベロップメントの両側面を持つプロジェクトになっていくように思います。そのプロジェクトを始めるイニシアチブはどういう方が担われているんですか?

平賀:営業だろうが技術だろうが管理職だろうが、思いついた人がやる感じですね。

村上:では、さらに開発資金を投じるかどうかの判断はどのようにされているんですか?

平賀:開発にかける資金の振り分け方は、われわれくらいの規模の会社ではそれほど悩むことはありません。1つのプロジェクトを、3〜4人で半年ほど進めたところでお客さんに見せてみて、「良い」と言われればさらに改善して行き、「お客さんから引きがなければやめる」という方針なので。

村上:では、ある程度自由にマネジメントされているんですね。

平賀:そうですね。ただ、コスト意識はちゃんと持ってもらうようにしています。どのプロジェクトにどれくらい工数を割いているかは可視化しています。それをもとに、月1回の幹部会で開発を続けるかどうかの判断をしているので、完全に放置というわけではありません。

村上:現状では一つひとつのプロジェクトへの投資額はそれほど大きくないということですが、今後ライセンスで売れるものを出していくとなると、少し骨太のプロダクトを開発するフェーズが来ると思います。そのための組織づくりなども今後進めていく予定ですか?

平賀:それも必要ですが、デンソーや医療系のエスアールエルと業務提携をし、一緒に研究開発をさせてもらっているので、その中から骨太のものが出てくるのではないかとも思っています。

AI時代にバリューを出す人材

小林:御社がこれから非連続に成長していくためにいちばん不足しているものは何だとお考えですか?

平賀:それで言うとあらゆる面で足りていないでしょうね。たとえば人材も、今日本は景気がいいということもあって、なかなかいい人材を採用できないんです、エンジニアでも、エグゼクティブでも。

村上:大手と提携してビッグデータへのアクセスがある点は、エンジニアの採用にとって強みではないですか?

平賀:今はAIバブルですから、AIの経験がある学生が当社に就職するパターンはあまりありません。今、プログラムのチャレンジ問題をウェブに載せて、それが解けたらレジュメを送っていいという応募をやっているんですね。そこから数学系や物理系の学生が応募してくるケースが多いんですが、地頭もいいし数学的センスもあるので、1年くらい経験すればAIの分野でもトップクラスの人材になるのではないかと考えています。そういう人たちを育てるほうがいいと思っています。

今のAI人材のバブルを見ていると、1980年代〜90年代に「ソフトウエアエンジニアが足りなくなる」と言われていた時期に似ている気がします。今では、IT・ソフトウエアの分野で、下請け・孫請けにいる人達がブラックな環境で働かざるをえないように、AIの分野でも、5年もしたら同じことが起きるんじゃないかと思っています。

朝倉:なるほど。エグゼクティブ人材で言うと、昨年、課徴金納付命令勧告が出て、その後経営陣の変更がありました。これは勧告も影響しているんですか?

平賀:経営陣の変更は課徴金とは別の文脈です。ただ、バックオフィスの人材のテコ入れはしています。勧告については異議申し立てをしていて、結論はまだ出ていませんが、われわれの方にも改善しなければいけない部分があったことは確かなので、そこは変えていかなければならないと思っています。

ここは意見が分かれるところだと思いますが、バックオフィス系はルーティン業務が多くて、昨日やっていたことを今日も当たり前にやり続けるという文化を持つ人が多いんです。ただ、それでは進歩がない。これからAI化によってルーティン業務が置き換えられていくと、そういった人材も、付加価値を出さなければならない。そういう意味でも、バックオフィスは業務のやり方から変えていかないといけないという意図もあり、人材の面でテコ入れを行っています。


モルフォ 2017年10月期(画像:株主説明会資料より)

村上:なるほど。今日はモルフォの事業の変遷について詳しくお聞かせいただき、ありがとうございました。

(ライター:石村研二)