フリーでもノーミスの安定感ある滑りを見せた宮原知子

 2月23日のフィギュアスケート女子フリー。強さを見せつけたのはSPで1位と2位になっていたロシアの2強、アリーナ・ザギトワとエフゲニア・メドべデワだった。

 後ろにあと2人を残して22番滑走だったザギトワは、ステップシークエンスにいつものしなやかさがなく、後半最初の3回転ルッツを連続ジャンプにできなかったが、終盤の3回転ルッツに3回転ループをつける完璧な連続ジャンプをしてリカバリーした。合計では団体戦で出した自己最高得点には届かなかったものの、156.65点と高得点を出した。

 それに対して最終滑走のメドベデワも、しなやかで表情豊かなノーミスの演技。ザギトワと同じ156.65点を出し、演技構成点の高さでフリーでは1位になった。しかし、合計ではSPで世界最高得点を出していたザギトワに及ばず。合計でザキトワが239.57点で優勝し、メドベデワが238.26点で2位となって熾烈な優勝争いは決着した。

 そんな激戦のフリーで、日本勢のふたりも自身の持つ力を存分に発揮した。

 宮原知子は、最終グループ1番滑走ながら、動じることなくノーミスの演技で自己最高の146.44点を獲得。合計も自己最高の222.38点にして、ハイレベルな戦いの先陣を切った。

「6分間練習が終わってすぐの滑走順だったので、いつもの練習通りだと思って滑りました。演技が終わった瞬間は、全日本選手権以上のガッツポーズが出たけど、もうやることはやり切ったから『ここまできたらメダルが欲しい』と思ってガッツポーズをしました」

 こう話す宮原は、得点を見て自己最高を確認すると、「もしかしたら(メダルの)チャンスもあるかもしれない」と思ったという。ただ、「最後の3人はみんなノーミスで完璧だったから、彼女たちが滑っている時は『やっぱり違う、もう一歩だなと』思いながら見ていました。悔しい気持ちもあったけど、もっと頑張るしかないなと思っていました」と振り返る。

 結局、3位のケイトリン・オズモンド(カナダ)までが230点台に乗せる231.02点を出し、宮原は自己ベストを出しても4位にとどまった。それでも自分の力を出し切った宮原は、「五輪という場は自分がやってきたことを信じて思い切りやれば、しっかり楽しめる試合だというのを感じました」と満足気に微笑んだ。

 一方、坂本花織は前走のカロリーナ・コストナー(イタリア)が、細かなミスをしながらも139.29点を出して合計を212・44点にした滑りを見ていた。

「最終グループで滑るとは思っていなかったので、いつも以上に緊張しました。その上、コストナー選手の次だったので『ヤバイな』と思って……」

 だが、そう言いながらも、いざ始まると滑り出しからゆったりした曲調に合わせるように、大きくメリハリのある滑りを見せた。

 終盤の3回転ループは「腰が前に行き過ぎたので『危ない!』と思って逆に戻したら、ちょっと回転が足りなくなってしまった。何か空中でバラバラになるジャンプだった」とステップアウトになるミス。

 その他にも3回転ルッツはロングエッジと評価されてGOEを減点されたが、団体戦よりは4点強高い136.53点を獲得。合計を209.71点にした。

 今季からシニアに参戦し、その序盤のUSインターナショナルクラシックとロシア杯では、シニアの壁の厚さを見せつけられて自信を喪失しかけた。それでも、スケートアメリカの2位から勢いに乗り、平昌五輪代表をつかんだ。そのあとの四大陸選手権では初優勝と勢いに乗っていた。


大舞台でも動じることなく滑りきった坂本花織

 そして、勢いそのままに五輪という大舞台で209点台に乗せたのは大殊勲だ。

「最終グループになってもメダルを獲るほどの力はないと思って意識はしていませんでしたが、片手の順位くらいには(入りたい)と思っていました。それは果たせなかったですが、最初に目標にしたひと桁順位は達成できたのでよかったです」

 そう話す坂本は、緊張したとはいえ彼女らしさを五輪の舞台で存分に出すノビノビとした演技を見せてくれた。

 その坂本は「自分に甘い性格を中野(園子)先生が知っていて、厳しく指導してくれたのでこの結果を出せたと思う。また五輪に出られるように4年間でしっかり経験を積み、次はショートもフリーもパーフェクトに滑って自己ベストを更新できるようにしたい」と4年後に意欲を見せる。

 宮原もまた、「今回は自分に勝つというよりも、自分を信じるということを意識して滑りました。今回を経験して、是非またこの舞台に戻ってきて、今度こそメダルを獲りたいという思いは強くなってきましたが、4年というのは長い……。自分の体や技術などをいろいろ考えながら、自分のスケートをしっかり磨いてがんばりたいです」と冷静に今後を見据えた。

 ともにこの大舞台を経験して沸き上がった思いは、「またここに出たい」ということ。五輪の舞台はどんなものだったのか、その貴重な経験を日本へ持ち帰り、再び切磋琢磨することで、日本女子のレベルも上がってくるはずだ。

メダルなしに終わった女子だが、初出場ながらも宮原が4位、坂本も6位という結果を残したことは、打倒・ロシアに向けて、一筋の光を見た気がした。

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