少しばかり旧聞に属するが、今年6月に開催されたル・マン24時間レース。一般的には事実上トヨタとポルシェの一騎打ちとなった総合優勝(LMP1クラス)の行方が注目されたが、今年のル・マンで最もアツく、劇的だったのは、じつは”GTEプロ”クラスだった。

 同クラスはいわば”夢のスーパーカー選手権”ともいうべきクラスで、今年はフェラーリ488にポルシェ911、さらにアストンマーティン・ヴァンテージにフォードGT、そしてこのシボレー・コルベットという5メーカーのガチンコ激突だった。

 そのレース展開は最終ラップまでトップ2台が同一周回で争う超激戦! 残り約10分時点までトップだった63号車コルベットを97号車アストンが最終ラップ直前に抜いた。しかし、コルベットも最後まであきらめず僅差のまま最終ラップ……と思った矢先、コルベットのフロントタイヤがバーストして万事休すという劇的な幕切れとなった。



 今年のル・マンで歴史的な激闘を繰り広げたコルベットは、そもそもこの種のスポーツカーレースでは優勝争いの常連なのだ……といっても「アメリカ車=おおざっぱな直線番長」というカビの生えた固定観念をいまだにお持ちの向きは「ル・マンカーと市販車は別物でしょ?」と反論するかもしれない。

 それは事実ではある。ル・マンを走ったコルベットは正式名称を「C7.R」といい、GTEプロのレギュレーションに合わせたエンジンや市販版よりさらに幅広いボディをはじめとして、細部までレース専用の仕立てである。

 しかし、C7.Rが市販されているコルベットと「まるで別物」かといえば、断じてそんなことはない。C7.Rの基本的なレイアウトはコルベットそのままである。

 今のコルベットは日欧の名門スポーツカー/スーパーカーのすべてのなかでも、もっとも理知的な機械といっていい。コルベットのツボはおおざっぱの正反対の緻密で精密であり、直線番長とは真逆の超絶コーナリングマシンなのだ。速く走るために、なにひとつ妥協していない正義のオーラがビンビンである。



 現在市販されるコルベットには大きく3種類あって、基本は自然吸気エンジンを積んだ”Z51”で、もっとも高性能なのはワイドボディにスーパーチャージャーエンジンを積む”Z06”である。ただ、ル・マンを走ったC7.Rはレギュレーションの都合で5.5リッター自然吸気エンジンを積んでいるから、その意味ではZ06と同じ高性能ワイドボディと自然吸気を組み合わせた中間モデル”グランスポーツ”が、ル・マンカーにもっとも近い市販コルベットといえる。今回の取材車はそのグランスポーツだ。

 コルベットはいわゆる”FR”で、フロントにエンジンを搭載して後輪を駆動する。ただ、普通はエンジンと一体でフロント側に置かれる変速機を後輪軸と一体化してリアに置く”トランスアクスル”という方式である。

 これによって普通はフロントヘビーになりがちなFRにもかかわらず、コルベットの前後重量配分はわずかなリアヘビーなのだ。

 さらに、巨大なV8エンジンも、びっくりするくらい低く、そして運転席側にメリ込むくらい後ろ側に寄せられて搭載される。そのV8エンジンも”OHV”という、ちょっとしたマニアなら「古臭い!」と誤解しそうなメカニズムなのだが、じつはこれもエンジンを低重心化するのに理想的な構造なのだ。



 つまり、コルベットの全身は”低重心”と”前後重量配分”というスポーツカーの正義を突き詰めたツボに満たされているわけだ。

 そんなコルベットは、実際にも曲がりはじめればクルクルと素晴らしく俊敏かつ超正確に旋回しつつ、アクセルを踏めばドシッと後輪に荷重がかかってロケットのように加速する。本来はZ06用のワイドボディに自然吸気エンジンを積んだグランスポーツは、そもそもエンジンよりシャシーが勝っているのでサスペンションは意外に柔らかい。それでも前後左右にムダな動きがまったく出ないのは、地を這うように低重心で、前後重量配分がドンピシャで、ボディやサスペンションが超絶に高精度につくられているからだ。

 自慢のV8エンジンの歯ごたえも、ただピュンピュン回るだけの軽薄なそれではなく、ある種重厚なタメをともないながら、最後は絞り出すようにカン高いサウンドで、ズッバーンと回り切る。これぞモノホンの高性能エンジンである。

 スポーツカーといえば欧州車……と信じて疑わないクルマ好きのみなさんも多いと思う。たしかにル・マンなどで活躍する名門スポーツカーは大半が欧州車だが、非欧州でもコルベットだけは別格。いやホント、この最新7代目コルベット(通称C7)にかぎっては、ポルシェやフェラーリ、アストン、マクラーレン、ランボルギーニもまとめて真っ青の神様級スポーツカーと断言したい。

 そんなコルベットの本質を知るマニアは日本にも少なくなく、コルベットはけっして安くないながらも、いつも品薄状態である。

 拝啓トランプ様。僭越ながら、日本人にもっとアメ車を売りたいなら、ひとまず「日本向けにコルベットをもっと輸出しろ!」とツイートするのがもっとも即効性のある政策と思います(なんちゃって)。



【スペック】

シボレー・コルベット・グランスポーツ・クーペ

全長×全幅×全高:4515×1970×1230mmホイールベース:2710mm 車両重量:1600kgエンジン:V型8気筒OHV・6153cc最高出力:466ps/6000rpm最大トルク:630Nm/4600rpm変速機:8ATJC08モード燃費:--km/L乗車定員:2名車両本体価格:1210万円

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