痴漢裁判「胸はオトリ、お尻が本命」の検察に学ぶ質問術

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■痴漢裁判 検察の「端的な質問」の狙い

裁判では被告人や証人が勝手に発言するのではなく、検察や弁護人(ときには裁判官も)の質問に答える形で審理が進む。

被告人は訊かれていないことについて喋る必要はなく、答えたくなければ黙っていてもいい(黙秘権)代わり、話した内容は証拠として記録される。被告人が何を喋るかは質問次第なのだ。

また、被告人は訊かれたことにのみ端的に答える決まりになっていて、説明を求められなければ「はい」「いいえ」が基本。この条件下、検察と弁護人が火花を散らす。たとえば犯行を否認する痴漢事件の被告人質問はこんなふうだ。

検察(以下、検)「電車に乗ったあなたは仕事の行き詰まりからストレスの塊だった。そうですね」
被告人(以下、被)「塊というか、かなり参っていたのは事実ですが……」
検「はいかいいえで答えてくださいね」
被「えー、はい」
検「そのストレスを目の前にいた被害者にぶつけ、電車の揺れに乗じて胸を触った」
被「考え事をしていて揺れに対応できずとっさに手を上げたらそこに胸が」
検「偶然だったと。では質問を変えましょう。あなた、その直後に同じ右手でお尻にも触ってますよね!」
被「揺れがひどくて」
検「触ったかどうか尋ねているんです」
被「やっぱりぶつかった、かなあ」
検「なぜ胸に当たった手が直後にお尻にぶつかるんですか! 意識的に動かさない限り不自然すぎるでしょう」
被「ですからそれは(しどろもどろ)」
検「もうけっこうです。終わります」

ここでビジネスマン諸氏に覚えてほしいのは、ただひとつつ。

検察の狙いはお尻だということだ。胸に当たったのは偶然で構わない。欲しいのは胸からお尻までの距離である。つまり胸に手があったことを認めさせれば、被告人の不自然な行動が浮き彫りになり、被告人が罪を認めなくても、裁判官に「やってるね」という印象をあたえられる計算が成り立つのだ。

裁判での検察官の使命は有罪の立証。このゴールに向かって、いかに被告人を追い詰めるかが勝負となる。そのために、端的に答えるルールをうまく使った質問術を駆使するのだが、これ、ビジネスシーンでも使えるテクニックではないだろうか。

■「胸はオトリ、お尻が本命」のロジック

あなたが上司だとしよう。あなた(あるいはあなたの上役)の答はすでに出ていて、部下が何を言おうと変えるつもりはない。だからといって事情も訊かないのでは横暴だと思われる。そこで部下を呼び、弁明の機会を与えるフリをして、自分の思うように話を進めたい。

そんなとき、「端的に答えよ」というルールで部下を縛り、弁明の機会を減らすのである。弁明させても答えが一緒なら話させる意味はないし、同情心でも起きたら困るではないか。

自分はそこまで利己的な上司になりたくないと思われる方もいるだろう。もちろん常にそうしろと言うのではない。情に厚いのがあなたの持ち味だと自負するなら普段はそれでいい。

しかし上司たるもの、“素顔のままで”いられないときもあるはずだ。

答えが出ているケースとはどういうものか。

(1)失敗を認めて十分反省している部下に、念押しの意味で事の次第を問う
(2)部下の同僚に示しがつかないので形だけでも叱咤激励をしなければならない
(3)部内(課内)ではすでに失敗の原因がわかり対策も練られている案件について、(自分の)上役から説明を求められている

裁判風に言えば、部下は有罪が確定したが執行猶予がついている状態だ。最後の(3)は、裁判記録を作るようなものか。いずれにしろ大事件ではなく、凶悪犯でもなく、被告人は更生すべく仕事もしている状態。あなたや上役は立場上やむなく“場”を設けたにすぎない。そこにいるのは叱られ役の部下、苦言を呈するためにいる上役、あなたは調停係ですらない進行役だ。

上役は忙しい。部下は恥ずかしい。ならば、余計な口出しをさせず短時間で終わらせることこそ最上の策となる。

このとき、逆らえない相手(部下)を叱るだけではなく、原因も対策もわかっている役得を活かしたいもの。前出の胸(オトリ)→お尻(本命)のような、意表を突く一言で上役の覚えをよくできれば最高だ。

■想定通りの答えを引き出す「絶妙なパス」

たとえば、部下が準備不足のため焦り、半徹夜状態でプレゼンテーションに出かけて玉砕したとしよう。原因としてすぐ思い浮かぶのは寝不足、あるいは半徹夜せざるを得ない状態に追い込まれた甘い見通しや計画性のなさである。

でも、それを言葉にしても何のインパクトもない。

上司(あなた)「端的に答えなさい。あなたはその準備のペースで間に合うと思っていたのか」
部下「いませんでした」
上司「きちんと間に合わせるための段取り表などは作りましたか」
部下「作りませんでした」
上司「そんなことだから前夜になって慌てるんです。つぎからは計画を立て、いまどのくらいの仕上がりかを把握して進めるように」
部下「すみませんでした」

まるで小学校の教師と生徒の会話だ。しかも、あなたがこれを言ってしまったら、やりとりを見守っている上役にはおいしいところが残らない。

間違ってはいない。答えは“つぎは準備を怠るな”に決まっている。でもそれは上役が話を〆るために残しておかなければならない言葉。あなたがすべきことは、上役がすんなりそれを口にするための“絶妙のパス”を出すことなのである。

お尻のために胸があったように、準備を怠るな、のためには何があるか。例えば、こんな「パス」はどうだろうか。

上司(あなた)「準備不足でもプレゼン会議に出た度胸は買います。なかなかできることじゃない」
部下「いえ、そんな……」
上役「つぎからは準備を怠らないようにしなさい」

上司であるあなたは、部下に「いえ、そんな」としか答えられないようなセリフで追い込み、上役が気持ちよく〆の言葉を言える環境を整えるのだ。

いくらでもパターンが考えられそうだし、失敗例を変えてみたり、部下を変えてみたりすることで、的確な言葉を選ぶトレーニングになりそうだ。通勤途中の息抜きに向いているかもしれない。

備えあれば憂いなし。機会はいつ訪れるかわからない。とっさの判断力を磨くためにも、日頃からパスコースの研究に勤しみ、他部署で同様のことが起きたら聞き耳を立てておこう。

(コラムニスト 北尾トロ=文)