映画などで描かれる、軍隊の司令官が詰める『指揮所』というと、とにかく暗いイメージがあるのではないでしょうか。かつてはリアルだったそうした描写、今後は変わってくるかもしれません。現場を取り仕切る現役の空自司令官に、指揮所の最新事情を聞きました。

指揮する部屋は「明るい職場」?

 1993(平成5)年に公開されたアニメ映画『機動警察パトレイバー2 the Movie』。その冒頭に、航空自衛隊の「SOC/DC(作戦指揮所/防空指令所)」と呼ばれる戦闘機の管制などを行う部署が描かれています。

 照明が落とされた薄暗い部屋に複数台のレーダーコンソールが並び、多数の管制官がブラウン管のスクリーンにぼんやりと輝く光点を注視する……そのリアルな描写は、ファンのあいだで大きな話題を呼びました。

航空自衛隊が「バッジ(BADGE)」システムを使っていた時代の管制風景。新型の「ジャッジ(JADGE)」は、こうした暗い部屋ではないという(写真出典:防衛省)。

 しかし現在、SOC/DCの様子はガラリと変わったようです。航空自衛隊・南西航空混成団司令の荒木淳一空将(取材当時。「荒」は正しくは「ボウ」の部分が「トツ」)は次のように話します。

「我々自衛官も、防空指令所やそうした場所は『暗い』というイメージしかありませんでしたが、これは昔の『バッジ(BADGE)』という防空システムが使用されていた時代の話です。いまそれに代わり使われている『ジャッジ(JADGE)』は、普通の事務所とほとんど変わりません。市販のパソコンと液晶ディスプレイが並んでおり、操作もキーボードやマウスでやっております。部屋の照明も、ものすごく明るくなりました」(南西航空混成団司令 荒木空将(当時))

 昔に比べて「明るい職場になった」とユーモアを交えて語る荒木司令は、日本全国を北部、中部、西部、南西の4つに分割した「方面隊」のうち、沖縄県とその周辺の防空を担当する「南西航空混成団」の司令官です(取材当時。2016年12月、航空教育集団司令官に)。

「弾道ミサイル防衛」のリアルな姿とは

 航空自衛隊において最も重要なネットワークの中核となる防空システム「ジャッジ」は、かつての「バッジ」に比べ「ガラケーとスマホほどの違いがある」(荒木司令(当時))といいます。

SOC/DCを中心とし、レーダーサイト、早期警戒機などを結ぶ防空システム「ジャッジ(JADGE)」のイメージ(画像出典:航空自衛隊)。

「ジャッジ」とは、司令部として機能するSOC/DCを中心とし、レーダーサイト、早期警戒機、地対空ミサイル、戦闘機に加えて、陸上自衛隊の地対空ミサイルや海上自衛隊の艦船をデジタルネットワークで結ぶ処理システムであり、前述した4つの方面隊もネットワーク化されています。そこには、自動処理によって、日本の領空とその周辺を飛行する全ての航空機の航跡に関する情報が集約され、領空に接近する国籍不明機を監視し、航空自衛隊の戦闘機を発進させ、所要の措置を行うという一連の過程について表示が可能です。

「ジャッジ」にはもうひとつ、重要な役割があります。「弾道ミサイル防衛」です。ミサイル防衛は、南西航空混成団の上部組織である「航空総隊」が指揮を行っています。

「弾道ミサイル対処に関しては、私自身が直接、何かをするということはありません。全ての情報は、弾道ミサイル防衛に係る指揮官を務める横田基地(東京都)の航空総隊司令官のもとに集約され、そこで判断を行います。弾道ミサイルは航空機の10倍にも達するマッハ10近くで飛んでくるので、仮に北朝鮮から飛んでくるとすれば、対処時間は10分あるかないかです。よって迎撃ミサイルを撃てる時間というのも、わずかしかありません。ですから、あらかじめ手順が決められており、システムがほぼオートで動いていきます。よほど『これは違うから撃つな』ですとか、事前にある程度決めている物事以外は、基本的に人間は介在しません」(南西航空混成団司令 荒木空将(当時))

10年で大きく様変わりしている那覇基地の状況

 近年、中国の軍拡もあり、南西航空混成団における戦闘機のスクランブル発進の回数が急増。2016年9月現在では、航空自衛隊全体の半数にあたる月平均30回から40回、ほぼ毎日、那覇基地から戦闘機を発進させる状況になっています。荒木司令(当時)は日本の「防空最前線」の責任者として、この厳しい現状について次のように述べました。

那覇基地の防空指令所(写真出典:航空自衛隊)。

「10年前、私は南西航空混成団司令部の防衛部長という役割で、この那覇基地に勤務したことがあるのですが、当時の南西航空混成団の年間スクランブル数は40回いかなかったくらいです。それが短い期間に大きく様変わりしました。さらに、航空機だけではなく国籍不明の無人機が領空に接近する事例も増えていますし、昔は爆撃機がやってきて爆弾を落とすというのが考え方でしたけれども、いまは射程の長い高速の巡航ミサイルに対処しなくてはなりません。『ジャッジ』のようなネットワークなくして、もはや航空作戦は成立しません」(南西航空混成団司令 荒木空将(当時))

「ジャッジ」は、一般にはほとんど注目されず、その役割についてはまったく知られていませんが、自衛隊の防空システムにおける基幹として重要な役割を担っているのです。レーダーや戦闘機は「ジャッジ」を構成する防空システムの一端末である、と言い換えることもできるでしょう。

最前線に立つ「制服組」の重責と誇り

 最後に、荒木司令(当時)に最前線の指揮官として赴任した心持ちについて尋ねました。

「私自身としては最前線に立つという緊張感もあり、重い責任も感じます。しかしそのために『制服を着た自衛官』としての私が存在しているわけですから、そういう意味では自分の存在意義を確認できる充実感は感じております。沖縄県を含む南西地域という場所は、航空戦力を運用するには特性上、難しい課題があるので、それをどう克服していくか、人一倍、多くのことを考えねばならないですし、ほかの方面隊と比べても、さまざまな難しいチャレンジがありますが、それをどうやって解決していくかというのを、スタッフと一所懸命考えながら、いろいろなことをやっていこうと考えております」(南西航空混成団司令 荒木空将(当時))

「ジャッジ」を運用するのは「制服を着た自衛官」です。荒木司令(当時)らが存在することによって、「ジャッジ」は有効に機能しているといえます。どちらか一方が欠けても、日本の防空は成り立ちません。

【画像】沖縄周辺区域をワシが守るようなデザインの南西航空混成団マーク

那覇基地に司令部を置く、航空自衛隊・南西航空混成団のマーク。戦闘機部隊やレーダー警戒管制部隊、地対空誘導弾部隊などによって構成されている(画像出典:航空自衛隊)。