1年ぶりにUS(全米)オープンに出場するためにニューヨークへ帰って来た錦織圭は、さらに精悍な顔つきになっていた。もともと色白の彼の肌は褐色に日焼けして、たくましさを増したように見え、彼の大きな双眸(そうぼう)には、明るい未来を予感させるような光が瞳の奥に宿っていた。

 マスターズ1000・トロント大会(7月25〜31日)では、準決勝でスタン・バブリンカ(大会時5位、スイス)をストレートで破って初めて決勝に進出し、ノバク・ジョコビッチ(1位、セルビア)には敗れたものの準優勝に輝いた。当初は6月のグラスシーズンに発症した左わき腹の筋膜炎の回復具合が懸念されていたが、その不安を払しょくした。

「夏はすごくいい滑り出しでした。カナダ(トロント大会)も内容的には100点ではないけど、決勝まで行けました」

 このように語った錦織は、自身3回目のオリンピックとなるリオデジャネイロ大会(8月4日〜14日)の3位決定戦で、ラファエル・ナダル(5位、スペイン)を2時間49分におよぶフルセットの激闘で破り、初めて銅メダルを獲得。「オリンピックも最終日まで残って、初のメダルも取ることができました」と自信を深めた。

 日本男子テニス選手の五輪でのメダルは、1920年アントワープオリンピックで銀メダルを獲得した熊谷一弥以来、実に96年ぶりだった。

 マイケル・チャンコーチも、錦織のリオでの活躍ぶりを高く評価した。

「(メダル獲得は)もちろん素晴らしい成果だと思います。ラファ(ナダル)を破ることは決して容易なことではありませんでしたからね。私は誇りに思いますし、今回のオリンピックは、圭にとって成功と言っていいと思います」

 続くマスターズ1000・シンシナティ大会(8月14〜21日)では、さすがに疲弊して3回戦で敗れた錦織だったが、今季最後のグランドスラムであるUSオープンに向けて順調に調整をしている。

「リオの後、体力的にまったく持たなかったので、シンシナティはしょうがなかった。終わってから、しっかり1週間休めた。これからまた長い2週間が続く。やっぱりピークをこのUSオープンに持っていきたかったので、その意味ではいい準備ができていると思います」

 USオープンで、錦織(7位、8月22日付け、以下同)は、ロジャー・フェデラー(3位)の欠場によって、ひとつ繰り上がって第6シードになり、ドローのボトムハーフに入った。

 1回戦の対戦相手は、ベンジャミン・ベッカー(97位・ドイツ)。過去の対戦成績は錦織の2勝1敗。錦織が勝ち上がると、2回戦では、予選勝ち上がり選手同士の対戦の勝者と対戦する。

 順当に勝ち進んで、シード順位どおりに対戦相手を想定すると、3回戦は第25シードのフィリップ・コールシュライバー(27位、ドイツ)で、錦織の1勝0敗。4回戦は第12シードのダビド・ゴフィン(14位、ベルギー)で、錦織の3勝0敗。

 そして、準々決勝では第2シードのアンディ・マリー(2位、イギリス)との対戦が予想され、錦織の1勝7敗。直近の対戦であるリオ五輪準決勝でも、ストレートで錦織が敗れている。マリーは、リオで金メダルを獲得した後もシンシナティ大会で準優勝しており、好調を維持している。シンシナティの決勝では、さすがに疲れの見えたマリーだったが、錦織は、その強靭な体とメンタルに驚かされると同時に、マレーと自らの差を実感したようだった。

「マリーがあれだけ疲れていても、決勝まで行けるというのは、怪物的な体力を持っているなと感じた」

 現在、錦織は世界のトップに君臨するジョコビッチ(1位)とマリー(2位)の存在の大きさを改めて思い知らされている。

「今はジョコビッチとマリーのレベルが一段、二段みんなより上なので、僕にとってももちろん、ちょっと高い壁になっている。これから、そこをどうやって切り崩してくかが課題になっていくと思います」

 錦織の悲願であるグランドスラム初制覇のために、ジョコビッチとマリーは、乗り越えなければいけない壁であり、彼が実力を上げるための指標にもなっている。その意味では、今回のUSオープン準々決勝で、錦織がマリーと対戦することになれば、そこがひとつのヤマになるだろう。

「(錦織の)ハードコートシーズンは、とても安定して、ポジティブな結果だととらえています。ここ数カ月で、ラファやバブリンカに勝ったわけですから、USオープンに向けた準備としては上々です。もちろん道のりは長いですが、ここ(ニューヨーク)での2週間も素晴らしいものになるといいですね」

 チャンコーチがこう語って期待を寄せる錦織が、この夏に積み上げた経験を活かしながら、USオープンで最大限の力を発揮できるかどうか。グランドスラム初制覇への大いなるチャレンジが始まる。

神 仁司●文 text by Ko Hitoshi