ラウドルップ、ストイコヴィッチ、リュングベリ…ユーロでプレーした歴代外国人Jリーガーを振り返る
デンマーク代表(1996、2000)
豊富な運動量で攻守にわたり動き回り、正確なキックで攻撃を組み立てたゲームメーカー。故郷のヴェイレやオーデンセ、名門コペンハーゲンなどデンマーク国内のクラブで実績を残し、デンマーク代表として66試合に出場した。ユーロ1996年大会に参戦し、3試合でプレーしたが、グループリーグ敗退と結果を残すことはできなかった。
大会終了後、浦和レッズに期限付き移籍で加入し、ミカエル・ラウドルップ以来となる史上二人目のデンマーク人Jリーガーとなる。10番を背負い、セットプレーのキッカーを任されるなど期待は大きかったが、フィットできずにわずか5カ月間のみで退団した。国立競技場で行われた柏戦では、現在も浦和のリーグ最多得点試合タイ記録である7-0の勝利に貢献した一方、試合終盤に退場処分も味わった。
ユーロ2000年大会では2試合に出場するも3戦全敗でグループリーグ敗退。2年後の日韓ワールドカップではベスト16入りを果たしている。
■アルパイ・オザラン
浦和レッドダイヤモンズ(2004-2005)
トルコ代表(1996、2000)
2002年の日韓ワールドカップでベスト4入りに貢献したトルコを代表する屈強なセンターバック。ユーロは1996年と2000年大会に出場。1996年は3試合にフル出場したものの、3戦全敗でグループステージ敗退となった。クロアチア戦では相手FWに故意のファウルを犯さなかったことでフェアプレー賞を受賞したものの、それが失点につながったことで批判の対象にもなった。4年後の2000年大会では1勝1敗1分の2位でグループリーグ通過を果たし、ベスト8入り。自身も4試合連続スタメン出場していたが、準々決勝で相手DFフェルナンド・コウトを殴り、退場。またしても敗因となってしまった。
日韓ワールドカップ後はアストン・ヴィラで活躍をつづけたが、代表戦でディヴィッド・ベッカムを挑発し、英国民を敵に回したことでイングランドを追われることとなった。韓国でのプレーを経て、2004年に浦和レッズに加入。ラフプレーによる退場癖は相変わらずだったが、ナビスコカップ決勝進出、クラブ初のステージ優勝など、わずか10試合の出場ながらクラブ史に大きな足跡を残し、ファンに愛され、語り継がれる存在となった。
■ロレンツォ・スターレンス
大分トリニータ(2001)
ベルギー代表(2000)
ワールドカップに3度出場したベルギーを代表する守備的MF、またはリベロ。器用さはないが、豊富な運動量と統率力を携えており、破壊的なミドルシュートを武器にキャリア全体で100ゴール以上を決めるなど、得点力も備えていた。
豊富な運動量で攻守にわたり動き回り、正確なキックで攻撃を組み立てたゲームメーカー。故郷のヴェイレやオーデンセ、名門コペンハーゲンなどデンマーク国内のクラブで実績を残し、デンマーク代表として66試合に出場した。ユーロ1996年大会に参戦し、3試合でプレーしたが、グループリーグ敗退と結果を残すことはできなかった。
大会終了後、浦和レッズに期限付き移籍で加入し、ミカエル・ラウドルップ以来となる史上二人目のデンマーク人Jリーガーとなる。10番を背負い、セットプレーのキッカーを任されるなど期待は大きかったが、フィットできずにわずか5カ月間のみで退団した。国立競技場で行われた柏戦では、現在も浦和のリーグ最多得点試合タイ記録である7-0の勝利に貢献した一方、試合終盤に退場処分も味わった。
ユーロ2000年大会では2試合に出場するも3戦全敗でグループリーグ敗退。2年後の日韓ワールドカップではベスト16入りを果たしている。
浦和レッドダイヤモンズ(2004-2005)
トルコ代表(1996、2000)
2002年の日韓ワールドカップでベスト4入りに貢献したトルコを代表する屈強なセンターバック。ユーロは1996年と2000年大会に出場。1996年は3試合にフル出場したものの、3戦全敗でグループステージ敗退となった。クロアチア戦では相手FWに故意のファウルを犯さなかったことでフェアプレー賞を受賞したものの、それが失点につながったことで批判の対象にもなった。4年後の2000年大会では1勝1敗1分の2位でグループリーグ通過を果たし、ベスト8入り。自身も4試合連続スタメン出場していたが、準々決勝で相手DFフェルナンド・コウトを殴り、退場。またしても敗因となってしまった。
日韓ワールドカップ後はアストン・ヴィラで活躍をつづけたが、代表戦でディヴィッド・ベッカムを挑発し、英国民を敵に回したことでイングランドを追われることとなった。韓国でのプレーを経て、2004年に浦和レッズに加入。ラフプレーによる退場癖は相変わらずだったが、ナビスコカップ決勝進出、クラブ初のステージ優勝など、わずか10試合の出場ながらクラブ史に大きな足跡を残し、ファンに愛され、語り継がれる存在となった。
■ロレンツォ・スターレンス
大分トリニータ(2001)
ベルギー代表(2000)
ワールドカップに3度出場したベルギーを代表する守備的MF、またはリベロ。器用さはないが、豊富な運動量と統率力を携えており、破壊的なミドルシュートを武器にキャリア全体で100ゴール以上を決めるなど、得点力も備えていた。
