バレーボール女子世界最終予選兼アジア予選は、日本が最終日前にイタリアから2セットをとった時点でリオデジャネイロオリンピックの出場権を獲得し、最終的には3位で通過を決めた。イタリア戦で最も活躍したのは主将・木村沙織だったが、今大会を通して振り返ると見えてきたのは、眞鍋政義監督のある覚悟だった。それは「セッター宮下遥とリベロ佐藤あり紗を軸とするチーム」を作り上げること。

 もともとこの2つのポジションには、絶対的と言える強力な前任者たちがいた。言わずと知れたセッター竹下佳江とリベロ佐野優子である。ロンドン五輪で銅メダルを獲った後の第2期眞鍋ジャパンは、常にこの2つのポジションの後継者については迷い続けてきた。

 2013年夏のワールドグランプリで19歳の宮下がシニアAデビューを遂げたが、秋のグランドチャンピオンズカップではロンドン銅メダリストの中道瞳がメインで宮下は招集されなかった。2014年のワールドグランプリでも最初は中道スタメンで、途中から宮下が起用されるようになり、史上初の銀メダルを獲得。このまま宮下中心でいくかと思われたが、秋の世界選手権では再び中道がメインで起用された。2015年春に中道が引退し、ようやく宮下固定かというところだったが、昨秋のワールドカップはベテランの古藤千鶴がスタメンでスタート。またしても途中から宮下がメインで上げて大会を終えた。

 宮下はハンドリングに秀でた選手というわけではない。また、トス回しも競ってくるとサイドに偏る傾向にある。全日本についてもあまり欲がなく、所属する岡山シーガルズへの思いが勝ると発言していたこともあった。そのあたりが現役時、ハンドリングに優れたセッターで、常に調子のよい選手をチェックしての配球にこだわった名手・眞鍋監督には物足りなかったのだろう。

 だが、今大会は宮下をメインで起用。1−3と敗れた韓国戦、3−2と薄氷を踏んだタイ戦、切符のかかったイタリア戦でも宮下がトスを上げ続けた。眞鍋監督に「大会前に宮下にどんな言葉をかけましたか?」とたずねても「いっぱいありすぎて、ひと言じゃ言えませんよ(笑)」とかわされてしまったが、「サーブ、レシーブ、ブロックを含めて、今、日本で一番のセッターであることは間違いありません」とは答えてくれた。

 過去、ある男子実業団チームの監督に、なぜハンドリングに優れた低身長のセッターではなく、高身長のセッターを使い続けるのかをたずねたことがある。彼は「ハンドリングのよさももちろん大切なことですが、セッターも6人のプレイヤーのひとり。ブロック力、サーブ力、レシーブ力、そして、もちろんハンドリングなどセッター固有の資質。それらを総合して判断しているのです」と語り、その高身長セッターで見事リーグ優勝を果たしたのであった。

 今大会の眞鍋監督も同じ判断を下したのだろう。宮下のリベロ顔負けのレシーブ力、タイ戦の第5セット7−12の絶体絶命のところで、タイのタイムアウトやレッドカードなど平常心を失うような場面を乗り越えてサービスエースを奪うなど、ミスをしないで攻め続けたサーブ力、ブロックの穴にならない177cmの高身長。危うい橋ではあったが、なんとか宮下は渡りきった。

 そしてもうひとつのポジション、リベロ。こちらも2013年グランドチャンピオンズカップで佐藤を起用して銅メダルを獲ったが、翌2014年度、眞鍋監督は佐野を全日本に呼び戻した。「コーチ兼任で」という名目であったが、当時眞鍋監督がチャレンジしていた「ハイブリッド6」(※)という戦術には佐野の力が不可欠と考えたからだ。
※眞鍋監督が考案、命名した戦術で、ミドルブロッカーの位置にサイドアタッカーを置いて、より複雑で多彩な攻撃を狙う

 しかし、年度途中で佐野は全日本を辞退。世界選手権にはまた佐藤を招集し、もうひとりのリベロ、筒井さやかと交代させながら使った。2015年度、佐藤は全日本の招集を断った。現役生活を終えようと決心していたからである。所属する日立リヴァーレの松田明彦監督に説得されて現役は続けることにした佐藤は、故郷・宮城で開催されたワールドカップの試合をテレビで見て、「あの場に自分がいたら」と後悔した。

 今大会、眞鍋監督はリベロについても明確な方針を立てていた。佐藤に大会前に「お前に託すからな」と声をかけていた。昨秋のワールドカップでは、レセプション(サーブレシーブ)専門リベロとディグ(スパイクレシーブ)専門リベロを1試合の中でも併用していたが、今大会は佐藤に統一した。

 これはワールドカップ中にFIVB(国際バレーボール連盟)から発表された「FIVBはベンチ入りメンバーを14名での運用を進めていきたいが、リオ五輪は従来通り12名となるだろう。IOCの選手数をできるだけ増やさないというポリシーに従わなければならないからだ」という談話があり、それを受けて、オリンピックではリベロをひとりに絞らねばならないことに対応するためとみられる。

 今大会序盤の格下相手だったペルー戦とカザフスタン戦では、佐藤は安定した力を発揮した。懸念されたのは手首を故障していて、得意とするオーバーハンドでのセットアップができないことくらいだった。

 しかし、大事な韓国戦では多彩なサーブに揺さぶられ、レシーブを乱されて丸山亜季に代えられることとなった。タイ戦では韓国戦でのミスの記憶からか、レセプションの守備範囲が狭くなってしまい、レセプションアタッカーに守備の負担を強いてしまった。

 佐藤はこのタイ戦を機に気持ちを切り替えて、またレセプションの範囲を広くとるようにした。そして、ファーストタッチはふんわりと高く上げてセッターの宮下に余裕を持たせるようにした。ドミニカにはストレートで勝利し、イタリア戦でも何度となくブロックフォローや強打を上げるファインプレーを見せた。

 最終戦のオランダとのゲームでは、2人とも控えに回ったが、アップゾーンではこの2人が手を握り合って祈ったり喜んだりする姿が見られた。大会後、佐藤は宮下について、笑顔で語ってくれた。

「遥とはレシーブで一緒のボールに反応してしまうことがあるので、2人でいこう! 最後までつなごう!って会話はよくします。目と目を合わせたり、手を合わせたり握ったりはよくしますね。年下だけど安心しますし、頼もしく思います」

 チームスポーツでは、ギリギリまでメンバーを固定せずに競い合わせることもあるが、この場合チームが安定せず、細かいところまで詰められないというデメリットがある。今回、眞鍋監督は2つの重要なポジションを固定するという賭けにでたわけだが、2人は何とかそれをこなしてみせた。

「世界トップのセッターとリベロである竹下、佐野がいたころは、この2人がアタッカーを支え、育ててきました。今度は逆にアタッカーがセッターとリベロを育てる番。よくやってくれたと思います」

 眞鍋監督は大会をそう振り返り、締め括った。しかし、大会前から唱えてきた「化学反応を起こしたい」というテーマは実現することはなかったという。メンバーは登録された18名に井上愛里沙をプラスした19名から競わせると明言。来月行なわれるワールドグランプリでオリンピック本戦への熾烈なメンバー争いが始まる。しかし、今大会の修羅場を乗り越えた宮下と佐藤は、かけがえのない経験を得て大きくリードしていることは間違いないだろう。

 2つのポジションに軸ができたことで、サーブレシーブやつなぎの連携、セッターとアタッカーのコンビネーションの精度が上がり、日本の目指すバレーが追求できる。リオ五輪本戦でのメダル獲得に向けてのアドバンテージとなるだろう。

中西美雁●文 text by Nakanishi Mikari