「意識の低い課長」が火種になる! 労働問題専門の弁護士が「管理職の心構え」指南
新年度が始まって1カ月。職場の異動で新たに「課長」になった人もいるだろう。初めてマネジメントを経験する中間管理職の人たちは「会社の研修がなく、何をしたら良いか分からない」「自分の言動が部下へのハラスメントにならないか不安」といった悩みを抱えているかもしれない。
そんな人たちに向けて、企業の労働問題を専門とする弁護士がこのほど、実践的な指南本を出版した。神内伸浩弁護士の『課長は労働法をこう使え!』(ダイヤモンド社)だ。残業やパワハラといった職場のトラブルから組織の運営方法まで、実際の裁判例や相談案件をふんだんに使いながら解説している。
弁護士になる前は企業の人事部に勤務していた経験を生かし、労働法の要点だけでなく、中間管理職の心構えにまで言及しているのが特徴だ。また、どちらかといえば少数派である「企業側の労働専門弁護士」として、使用者側の事情にも配慮しながら労働現場の問題が語られている。
神内弁護士によると、執筆に当たっては、課長をはじめとする中間管理職への強い問題意識があったという。いったい、どういうことなのだろうか。労務管理や部下を指導する際のポイントとともに話を聞いた。(取材・構成/亀松太郎、園田昌也)
●企業が訴えられるとき、課長も訴えられる――「課長」に焦点を当てた労働法の本ということですが、執筆のきっかけはどういうものでしたか?
課長に限らず、企業の中間管理職にあらゆる労働問題が集約されている気がしているんです。日本の課長って、「プレイングマネージャー」が多いですよね。自分自身の仕事と部下のマネジメントの両方をやらないといけない。
しかも「ハイ、今月から課長!」と、役職が当番みたいに回ってくる。何をしないといけないのかは、誰も教えてくれない。そのため「課長は、小学校の日直と同じようなもの」と考えている意識の低い課長があまりにも多いと感じます。
上司と部下に挟まれた課長は本来、職場で労働問題が起きたときに「初期消火」ができる立場にいます。しかし実際には、意識の低い課長がむしろ「火種」になっているケースが後を絶ちません。そこで、法的な見解も踏まえ、日本の「ザ・中間管理職」である課長は何をすべきなのかという点にフォーカスしようと思いました。
――課長が労働法やマネジメントにくわしくないと、どうなるのでしょうか?
課長は、会社側の立場で、自分の部下を指揮命令して、指導する地位にあります。だから、もしも部下が労働問題で会社を訴えたら、すなわち、課長も訴えられる場合があるということなんですね。
――それは怖いですね。当人からすると「えーっ」という感じだと思いますが……。
もちろん、誰を訴えるかは原告が選択するから、課長が常に被告になるわけではありません。ですが、会社が訴えられると、課長は事情を聞かれたり、証人として呼ばれたり、陳述書という形で書面を出したりと、いろいろな手続きが発生するわけです。
私が経験した事案では、本当は会社だけを訴えれば済むんだけど、部下が恨みをもっていて、課長も訴えたというケースがありました。自分の上司を被告として法廷に引っ張り出して、憂さ晴らしをしようということもあるんです。
その課長は「寝た心地がしない」と言っていましたよ。労働法やマネジメントについて何も知らないでいると、そういう問題をいつ自分が起こしてしまうか分からないということなんです。
●部下を過労死させないために知っておくべきこと――課長が一番悩むのは、部下との関係だと思います。部下の労務管理では何を注意すべきですか?
労災で「過労死」と認められる残業時間の数字は、ぜひ覚えておいてほしいですね。過労死は月100時間(2〜6カ月平均80時間)、過労自殺だと月160時間です。実際には、残業が月100時間を超えている人はいっぱいいます。その全員が過労死するかといえば、そうではありませんが、もしも過労死したら、残業時間の長さが問題になるのです。
それは「高速道路と同じだ」と考えると、理解しやすいでしょう。高速道路の制限速度は時速100kmですが、それ以上のスピードを出している車はいっぱいいて、みなが事故を起こすわけではない。でも、もし事故が起きたらどうなるか。スピード違反している車が悪いに決まっていますよね。
「死ななければ、部下に残業させてもいいだろ」と考えるかもしれませんが、「もし部下が死んだら、どうするのか」ということです。長時間の残業には、そういうリスクがつきまといます。そのことを考えれば、日頃のマネジメントが変わるんじゃないでしょうか。
課長にちょっとした法律の知識があれば、「スピードを抑えておこう」とブレーキを踏むことができる。でも、過労死基準などを知らずに「時速140km」とかで突っ走ったら、事故が起きたとき、当然責任を問われますよね。
――企業の現場では、会社や部長の命令で、過重なタスクを「この日までに仕上げろ」と、課長が言われることは珍しくないと思います。このように会社としての目標を達成するために、部下に長時間の残業をさせた場合でも、課長に責任があるのでしょうか。
あるでしょうね。長時間残業が問題になったとき、課長さんたちがよく言い訳するのが「上から指示されて納期が決まっていたから、仕方なかった」というものです。でも、それでは、上から言われたことをそのままやっているだけ。ただのロボットであって、頭を使っていない。
大事なのは、そこに課長としての「AI」を入れて、どうしたら良いのかを考えることです。「現場ではこういう問題がありますよ」と言って、上に投げ返すことができるかどうか。それが本来、課長に問われている部分じゃないでしょうか。でも、実際には、ほとんどの課長ができていませんよね。
たしかに、仕事を期日までにやることは、ビジネス上のミッションなんです。それをどう展開して達成するかを考えるのが、課長の仕事。部下に「違法残業」をさせるというのも一つの判断だけど、「これをやらせたら、違法残業ですよ。どうしたらいいですか」と、上に投げかけるとか、お客さんと折衝して納期を延ばしてもらうとか、いろんなやり方があると思います。
●指導とパワハラの境界線は?――課長が部下を指導していくとき、往々にして行き過ぎて「パワハラ」になることがあると思います。適切な指導とパワハラの「境界線」については、どう考えたら良いでしょうか?
一般的に言われているのは、人格を攻撃するような発言をするとパワハラに当たる可能性があるということです。一方、仕事の仕方そのものへの指摘であれば、指導の範囲に入ると思います。要するに、相手のことを考えて「ハート」を持って言うことが大切です。
課長だって人間だから、「感情を持つな」とは言いません。でも、部下への指導と言いながら自分の憂さを晴らそうとするのは、ダメです。部下の人格を責めるようなことを言ったところで、何の解決にもならないじゃないですか。「なんで、こんなやり方をしたんですか?」「どうして、こういうやり方ができなかったの?」という聞き方をすれば良いんです。
――部下がメンタルに問題を抱えている場合は、どう接したら良いでしょうか?
難しいですね。メンタルの場合、正解はありません。本当に働けないなら、休ませるしかないわけですよ。ただ、部下を休ませたほうがいいのかを判断するためには、医師の診断書がいる。安易に素人判断はしないで、必ず医学的な知見に基づいて判断すべきです。
たとえば、ある部下に遅刻や居眠りが多いなというとき、単に注意するだけでなく、「どうしたんだ」と声をかけてみる。健康面に配慮する言葉を投げかけると、「実は…」と相談が始まるかもしれない。課長が見て見ぬふりをしていたら、部下をマネジメントしたことになりません。
――部下とのコミュニケーションの方法として、本の中では「ITツールに頼りすぎると危険だ」と書いてありますね。現実には、企業の内部でも、メールやメッセンジャーなどのITツールによるやり取りが加速していますが……
依存してはいけないということですね。それから、状況によって使い分けないといけない。たしかにITツールは、データを共有できるし、「言った言わない」ということがなくなるので、便利です。一方で、微妙なニュアンスを伝えないといけないときには、不向きでしょう。
メールだけでコミュニケーションをしようとして、あらぬ誤解が生じたり、変に行間を読んで、人間関係が悪化したりすることもあります。特に部下を注意するときは、どういう手段ですべきか、よく考えたほうが良いでしょう。部下をメールで叱責した上司が訴えられたという事案もあります。
●日本の課長は凄く難しい――そもそも「課長の仕事」とは、なんでしょうか?
上から言われていることを、そのまま下に伝えるだけでは、課長の仕事とは言えません。本来の課長の仕事は、自分の頭で臨機応変に考えながら、上と下の「橋渡し」をすることです。そして、自分のチームを牽引して、ミッションを達成しないといけない。
また、長いスパンで見れば、部下を育てることも仕事です。これは社長や役員にはできない。そこを代行するのが、現場を熟知している中間管理職の役割でしょう。
――最初に「日本の課長はプレイングマネージャーだ」という話がありましたが、プレーヤーをやりながら、同時にマネジメントするのは凄く難しいと思います。
多くの場合、課長が自分でやったほうが早いでしょうが、部下に仕事を任せないと人は育ちません。急がば回れ。「将来的には楽になる」と考えて、下に任せていったほうがいいでしょう。
とはいえ、「どんどん任せればいいんでしょ」と、なんでも仕事を押し付けてしまったら、丸投げしているだけですよね。課長のプレーヤー性とマネージャー性の比率は、現場によっても違うでしょう。どんな比率が最適なのかは自問自答して、それぞれの課長が答えを見つけていくしかないと思います。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
神内 伸浩(かみうち・のぶひろ)弁護士
事業会社の人事部勤務を8年間弱経て、2007年弁護士登録。社会保険労務士の実績も併せ持つ。2014年7月神内法律事務所開設。第一東京弁護士会労働法制員会委員。著書として、『課長は労働法をこう使え!』(ダイヤモンド社)、『管理職トラブル対策の実務と法【労働専門弁護士が教示する実践ノウハウ】』(民事法研究会 共著)、『65歳雇用時代の中・高年齢層処遇の実務』(労務行政研究所 共著)ほか多数。
事務所名:神内法律事務所
事務所URL:http://kamiuchi-law.com/