「母の形見も捨てられた」家賃滞納で「追い出し屋」が家財道具処分…被害実態を聞く
家賃滞納などを理由に住人を家から締め出し、家財道具まで撤去する「追い出し屋」。リーマンショック後、社会問題になり法規制も検討されたが、廃案になって以来、手がつけられていないままだ。
4月13日、東京地裁で追い出し屋被害にあった男性が損害賠償を求める裁判があり、男性が勝訴した。判決では、家財を撤去したことを「刑事において窃盗罪または器物損壊罪に処せられるべき行為」と指摘した。追い出し屋については罰する法律がなく、刑事罰の可能性にまで言及するのは珍しいという。
男性の弁護人を務めた「首都圏追い出し屋対策会議」の林治弁護士は、「これを機に改めて追い出し屋の問題を知ってほしい」と話す。追い出し屋問題の背景には何があるのだろうか。林弁護士に聞いた。
●ホームレスになることがほとんど――「追い出し屋」被害は現在どのくらいあるんでしょうか。
一時期と比べて、相談件数が減っていることは確かです。ただ、泣き寝入りしている人もかなりいると思います。相談者はみんな、「自分が家賃を払わなかったからいけないんだ」ということを枕詞のように言います。自分が被害者だと思っていないんです。
実際、いきなり「裁判できませんか」という相談者はいません。「生活に困っています。どうしたら良いでしょうか」と、無料の法律相談(法テラスなど)や消費生活センターから、つながる人がほとんどです。
私たちは生活保護を申請して住まいを確保するなど、まずは生活を安定させるお手伝いをします。その後、相談者にその気があれば訴訟に携わるし、「そこまでは良いです」という人もいます。そもそも、今日を生きることに精一杯で、弁護士に相談するという発想がない人も少なくないと思います。
――追い出し屋の手口はどのようなものでしょうか?
家賃を滞納してしばらくすると、脅迫的あるいは暴力的な取立てが始まることが多いです。ほかの家に聞こえるような大声で怒鳴ったり、保証人でもない緊急連絡先に電話して脅したりとか。
その後、鍵を交換するなどして部屋から締め出し、家財道具を処分してしまうという流れが一般的です。
――追い出された後は?
ホームレスになることがほとんどです。過去の依頼者には、3カ月ほどホームレスだった人もいます。公園や路上で生活して、日雇いの収入があれば、ネットカフェやカプセルホテルに泊まっていたそうです。アパートを借りた後、相談に来られました。
意外かもしれませんが、ホームレス生活ってお金がかかるんです。たとえば、ナイトパック(一泊)3000円のネットカフェで泊まるとすると、1カ月で9万円。十分、家を借りられるじゃないですか。でも、ホームレス状態に陥った人は日雇いの仕事くらいしか仕事を得られないので、まとまった収入を得にくく、少しずつ貯めていくしかない。
着るものにしても、仕事をするわけだから、同じ物というわけにはいかないですよね。でも、洗濯もままならない。特に困るのが下着。その相談者は使い捨てにして、安いものを買っていたようです。荷物を置くところもないから、コインロッカーを使わないといけないし、自炊もできないんですね。こういった日常生活の全てに費用がかかり、アパートを維持していた時よりもお金がかかります。
――家財道具の処分についてはどうでしょうか?
捨てられてショックが大きいのは、お金で買えないものです。手紙や写真、学校の卒業アルバム、中には、お母さんの形見を捨てられたという人もいました。法的には損害賠償を請求するしかできませんが、「お金をもらっても…」と感じる被害者も多いと思います。
損害賠償の話をしましたが、捨てられた家財の認定は困難です。立証が難しいし、仮に捨てられた家財が分かってもその価格がいくらかというのが難しい。なので、基準として、火災保険の家財の再取得額(1人暮らしは300万)をよく使います。これは新品で買った場合の価格なので、この何分の1というような請求の仕方をして、裁判所が判断します。
●追い出されるのは「自業自得」なのか――家賃を払えなかったのだから、自業自得という批判もありますが…
先ほども言いましたが、これは被害者自身が感じていることでもあるんです。確かに、家賃を支払わないことは契約違反ですから、その点は責められることになります。ですが、「家賃を支払えない人には何をしても良い」ということではありません。
本来は、正式な手続きを踏んで、契約解除、明け渡し請求をするという決まりがあります。「追い出し屋」はその手間と費用を惜しむ。鍵をかけて荷物を運び出せば、1日で済むからです。
でも、正式な手続きを踏めば、「家賃半分でいいからすぐに出て行け」とか、「仕事が見つかったので、滞納分を分割して払わせて」とか、柔軟な解決が取れる可能性があります。そもそも、問答無用に追い出してしまうと、ホームレス状態にしてしまうので仕事探しなど、その後の生活に大きな影響があります。
――追い出しを禁止する法律は作れないのですか?
2010年に「追い出し規制法案」が作られましたが審議が進まず、廃案になっています。
今も法制化を求めて、担当省庁に話をしていますが、腰が重いのが実情で「何かしら状況が変わったという事実がないと(法案再提出の)説明が難しい」というようなことを言われています。これについては継続して訴えていきたいと思います。
――このほか、政治に期待することはありますか?
衣食住のうち「住」が、一番お金がかかります。そのため、住まいの問題は「貧困」や「労働」「ジェンダー」「東京一極集中」など、さまざまな社会問題とつながっています。追い出し屋は、問題の「現れ方」のひとつに過ぎません。
最近だと、家賃保証会社が家賃滞納者のブラックリストを共有しているようです。僕らは「『追い出し屋』から『締め出し屋』へ」なんて言っていますが、低所得者が家を借りづらい状況があるようです。ただ、オーナー側が保身に走るのは仕方がない部分もありますよね。
今後は行政が他の先進国で実施されているような、所得に応じた「住宅手当」や「公営住宅の増設」などを検討していく必要があると考えています。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
林 治(はやし・おさむ)弁護士
東京農工大工学部卒。主な担当事件は「追い出し屋」被害事件、派遣切り、生存権裁判など。労働事件は労働者側のみ取り扱う。座右の銘は「実ほど頭を垂れる稲穂かな」。
所在エリア:東京渋谷
事務所名:代々木総合法律事務所