ブルペン捕手・中谷仁が見た「超一流エースたちの流儀」
田中将大(3)

 こんにちは、中谷仁です。私は今、子どもたちに野球を教えながら、自分自身も勉強の日々を送っています。私は選手、ブルペン捕手として16年間プロの世界に身を置いてきました。阪神、楽天、巨人、さらには2013年のWBCで数多くの超一流と呼ばれるエースたちの球を受け、彼らのすごさを知ることができました。そこで、これまで私が彼らと過ごした貴重な時間を振り返り、彼らの人間性、能力の高さに迫りたいと思います。今回もヤンキースでメジャーのキャリアをスタートさせた田中将大についてお話させていただきます。

 昨年のWBCでは弱気な一面を見せていたマー君ですが、シーズンが始まると一転、粘り強さと気迫あふれる投球で前人未踏の24連勝を達成。チームを初のリーグ優勝、そして日本一へと導きました。その姿は、まさしく日本とエースと呼ぶにふさわしいものでした。これからはヤンキースのエースになってもらいたいと願っています。

 では、マー君がヤンキースのエースになるために必要なものは何か。自分自身のピッチングの精度を上げることはもちろんですが、キャッチャーとの呼吸が大事になってくると思います。私もずっとキャッチャーをやっていたのでわかるのですが、バッテリー間の呼吸は結果に直結します。

 日本ではエースとして君臨していたマー君ですが、メジャーでは1年目の選手にすぎません。何年もメジャーでプレイしているキャッチャーにしてみれば、「まずはストレートで勝負してみろ」となるでしょう。不利なカウントでストレートを要求されることもあると思います。その時にどんなピッチングができるかが重要になってきます。

 マー君は開幕してからここまで(現地時間5月7日現在)6試合に登板し4勝無敗と、最高のスタートを切りました。そして彼の投げる試合を見ていて、マー君の考えをしっかり理解してくれているキャッチャーとコンビを組めているな、と感じました。

 日本では、キャッチャーがピッチャーに考え方を伝え、リードするというスタンスでした。でも、メジャーではブライアン・マッキャンをはじめとした捕手たちに「オレは日本でこういう抑え方をしてきた」とか、「打者有利のカウントでは変化球でストライクを取りたいんだ」という自分の投球スタイルを伝えることが大切になります。ここまでのマー君のピッチングを見ると、打者有利のカウントの時に変化球で勝負しているので、しっかりとコミュニケーションが取れているんだと思い、安心しました。

 キャッチャーというのは、タイプ的に表に出ない選手が多いのですが、「オレに任せておけ」とか、「ゲームを支配しているのはオレなんだ」くらいの責任感とプライドを持っています。バリバリのメジャーリーガーともなれば、新人投手に対して、「おまえはメジャーの何を知っているんだよ」と思っていても不思議ではありません。だから、そこはうまくキャッチャーを立ててあげて、いざという時は自分の信念を貫けばいいと思います。

 例えば、完封したピッチャーがいたとします。ヒーローインタビューや新聞のコメントなどで、「キャッチャーの○○さんのリードのおかげです」とか、「キャッチャーの方に引っ張ってもらって、楽に投げることができました」というコメントが出ると、本当に嬉しいものなんです。私なんか、「そんな言葉が出ないかな」と思いながら、ロッカーで帰り支度をしていました(笑)。そうした言葉を言ってもらえるだけで、家に帰って美味しいビールが飲めたりするのです。

 マー君は昔からキャッチャーのことを尊重してくれる投手でした。たまに首を振ることもありますが、基本はキャッチャーの要求通りに投げてくれます。ただ、マー君自身「これでいいのかな」と思う時もあるようで、その時は無理に勝負せずにボールにしてきます。このあたりが彼の賢さであり、すごさでもあります。

 前回のコラムでマー君の洞察力の高さについて触れましたが、こんなこともありました。私が3球続けてスライダーを要求すると、マー君は3球とも微妙な変化をつけて投げてきたんです。例えば、投げるタイミングを遅らせてみたり、意識的に腕を強く振ってみたり、曲がる大きさを変えてきたり......。打者目線に立って、どんな球種が来れば嫌か、どんなコースに投げられるのが嫌かを考えられる。こうした冷静さがマー君のピッチングを支えていると思いますし、サインに首を振らずに自ら"ひと工夫"してくれるマー君は、キャッチャーにとってありがたい存在になるのです。

 メジャーは日本と違い試合数も多く、移動距離も長い。とにかくタフさが求められる世界ですから、ケガにだけは気を付けてプレイしてほしいですね。先程も言いましたが、ここまでのマー君のピッチングを見ると、キャッチャーとの関係はすごく良好だと思います。この関係を築けているうちは、まだまだ勝ち続けるでしょうし、どんどんエースに近づいていると思います。「マー君、マー君」と連呼してきましたが、いつまでこんな世界的な投手を「マー君」と呼んでいいのかな......(笑)。