東大AO入試の問題点

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■「スーパー高校生」がSFCを選んだ理由

東京大学が2016年度入試から学校推薦制によるアドミッション・オフィス(AO)選抜制を一部導入すると予告発表し、話題を呼んでいます。一昨年導入を発表した「秋入学」を昨年になって取り下げるというお騒がせ前科のある東大とはいえ、今度こそは本気で考えているようです。ただ、これ、特に目新しい話ではありません。

1999年、中央教育審議会は画期的な答申を出しています(※1)。答申は、戦後半世紀の教育の発展とその課題を指摘するところから始まり、21世紀を見据えて「初等中等教育の役割」「高等教育の役割」を論じた上で、両者の接続と入学者選抜の在り方を提言しました。ここで既に、入学者選抜の具体的な改善方法としてAO入試導入の必要性が示されています。国立大学でも、00年度から東北大学、筑波大学、九州大学が導入するなど86大学中46の大学で採用されているのです。私立だと、慶應義塾大学、早稲田大学をはじめ469もの大学が実施しています。要は、「あの東大」がAOを取り入れるというのが騒がれているわけです。

これまで導入の気配も見せなかった東大が宗旨替えした背景には、大学を改革したいという熱意だけでなく、「東大離れ」現象への危機感も作用しているのではないでしょうか。

たとえば、中学2年生のときにiPhoneアプリ「健康計算機」を開発して中学生プログラマーとして脚光を浴び、その後も各方面で活躍して「スーパーIT高校生」と呼ばれた灘高校の「Tehu(てふ)君」こと張惺(ちょう・さとる)さんは、東大を受験せず、AO入試で慶應大学湘南藤沢キャンパス(通称SFC)に進学しました。「ペーパー試験の一発勝負で自分の価値を判断されてはたまらない」と、その理由を述べています。わたしは彼と直接、大学選びについて語り合う機会を得ましたが、そもそも大学で決められたカリキュラムに沿って学ぶよりも現在社会で広く認められている自分の活動を広げることに意味を感じているということでした。

Tehu君だけではありません。わたしの周囲にいる高校時代から活発に社会活動をしている子たちの中にも、東大ではなくAO入試の私立を志望する者が大勢います。そういえば、高校生起業家として有名になり注目を集めた「うめけん」こと梅崎健理さんも東大でなくSFCに在学していますよね。

彼らは、センター試験の点数を1点でも余計に稼ぐための勉強にのみ励む高校生活を送ってはいません。自分のやりたいことを見つけ、それに向かってまっしぐらに努力した結果で大人も顔負けの成果を挙げています。東大に入るためのペーパー試験をクリアーするために使う時間や労力は、無駄なものにしか思えないのでしょう。このままでは、独創的な才能を持った高校生には忌避され、東大は偏差値秀才ばかりの大学になってしまう、そんな危機感を持つのは、むしろ正常な感覚です。

99年の中央教育審議会答申は、大学側が明確なアドミッション・ポリシーを示すことを求めていますが、今回の推薦制AO入試の予告発表では「東京大学推薦入試のアドミッション・ポリシー」が明確にされました。その中で「入学試験の得点だけを意識した、視野の狭い受験勉強のみに意を注ぐ人よりも、学校の授業の内外で、自らの興味・関心を生かして幅広く学び、その過程で見出されるに違いない諸問題を関連づける広い視野、あるいは自らの問題意識を掘り下げて追究するための深い洞察力を真剣に獲得しようとする人を東京大学は歓迎します」とまで、きっぱり宣言しています。一般入試を受ける「入学試験の得点だけを意識した、視野の狭い受験勉強のみに意を注ぐ人」が気を悪くするのではないかと心配してしまうほどです。

■「公平性批判」に負けず面接を続けられるか

なるほど、東大側の覚悟のほどはわかりました。真剣に、新しいタイプの学生を求め彼らを育てていこうという気持ちを固めているようです。いいことだと思います。ただ、それがすんなり実現するかというと、かなり厳しい障害があるように感じます。

まず、選抜方法の問題です。このAO入試は、書類審査や面接だけでなくセンター試験の受験を要件としています。文系は5教科または6教科で8科目、理系は5教科7科目を受験した上に「概ね8割以上の得点」を要求されるのです。これでは、「入学試験の得点だけを意識した、視野の狭い受験勉強」にも目を向けなければならなくなる場合があるでしょう。

また、合格発表がセンター試験後の2月になるために、不合格の可能性を考えて他大学を滑り止め受験しなければならない受験生も少なくないと思われます。これでは、AO入試の長所である早期に入学が決まることのメリットがありません。一般的なAO入試は秋の段階で合格発表があり、そこから卒業までの期間は「自らの興味・関心を生かして幅広く学」ぶために活用できます。SFCなど多くの大学が合格者に課す入学前学習課題は、4月からすぐに大学での学びを活発に展開できるようにする狙いがありますが、2月ではその効果もほとんど出せません。

出願が高校の校長の推薦を条件とし、各学校男女1名ずつ(男子校、女子高は1名だけ)に限っているのも感心しません。才能ある生徒が多数いる学校の場合や、校長が生徒の真の力に気づかない場合には、本来受験すべき者が機会を奪われる可能性があります。受験者を絞るのは、夥しい数が押しかけて試験事務を厖大なものにしてしまうのを恐れての措置でしょうが、ここは他大学同様、個人の意思で受験できるようにすべきです。

入試制度の運用も心配です。AO入試が始まると、必ずや、面接の公平性についての批判が出てくるでしょう。点数化されたペーパーテストでなく面接による主観判定で合否を決めるわけで、不合格者の不満もあるでしょう。それはどこの大学のAO入試でも同じなのですが、東大となると格別です。

実際、京大などほとんどの大学医学部入試に課されている面接が、東大にはありません。ちょうどわたしが文部省(当時)医学教育課長をしていた90年代半ば、コミュニケーション能力や医師になる使命感が著しく欠ける学生が多発したために、学力に加え面接でそれらの点を観るという考え方が広まり、東大でも一旦は導入されました。しかし、結局公平性批判に押されて廃止されてしまった歴史があります。

99年の中央教育審議会答申では「『公平』の概念の多元化」が強調され、「いわゆる1点差刻みの客観的公平のみに固執することは問題である」として選抜方法の多様化、評価尺度の多元化の意義を社会全体が認めてほしいと訴えています。審議会担当課長としてその基となる議論をつぶさに聞いていたわたしの印象では、入試において「公正」は絶対的条件だが「公平」については過度にこだわる必要はないとの趣旨でした。でも、それが東大ということになると簡単ではなさそうです。

加えて入学後の問題もあります。大学が学生を選ぶだけでなく、学生が大学を選ぶという観点からすれば、大学側は魅力ある授業を提供しなければ優秀な学生を集めることはできません。東大法学部で行われている大教室での300人一斉授業など、果たしてAO入試組を満足させることができるでしょうか。なにしろ、わたしが在学していた40年前と同じ授業形式なのですから、驚いてしまいます。

今回の東大の推薦入試がうまくいくためには、これらの深刻な課題を乗り越えることが不可欠です。相当に難しい。でも、関係者の努力で乗り越えることに成功すれば、東京大学は大きく生まれ変わるでしょう。

明治以来、常に最大規模の国家予算を投入され最優秀と目される研究者を集めてきた東大は、それに見合った教育成果を挙げることを求められています(※2)。そのためには、学ぶ意欲に満ちた学生を集めなければなりません。Tehu君のような若者に見限られているようではおぼつかない。今回の推薦入試は、東大が日本を代表する大学であり続けられるかどうかの鍵を握っていると言えるでしょう。

※1:文部科学省 中央教育審議会「初等中等教育と高等教育との接続の改善について(答申)」(1999年12月16日)
※2:国立86大学の「運営費交付金」(平成25年度)は高額順に、1位東京大782億円、2位京都大520億円、3位東北大446億円、4位大阪大437億円、5位筑波大392億円、6位九州大388億円、7位北海道大357億円、8位名古屋大301億円、9位広島大244億円、10位東京工業大201億円。

(答える人=寺脇 研(映画評論家、京都造形芸術大学教授))