外務省が発表する「海外在留邦人数調査」によると、海外に在留している日本人は120万人弱(平成23年10月1日現在)。先日のアルジェリアにおけるテロ事件を受け、海外での生活には予測不能の危険が身に降りかかる可能性もあるということを、多くの日本人が再認識させられたはずだ。

とはいっても、必要以上に過敏になる必要もないという。日本企業の人材を海外でサポートする危機管理会社「ワールド・プロ・ヘルプ(WPH)」の中村紘代表は、こう語る。

「メディアで大きく報道されるテロや誘拐事件は、海外駐在員の最大のリスクのように思われがちですが、実はまれなケースといっていい」

だが言い換えれば、報道されない危険はどこの国でもありえるということ。輸入業を営むGさん(40歳)は「氷点下のモスクワで脂汗が止まらなかった」と漏らす。

「商談をまとめるためにモスクワに行きました。交渉の相手は、いかにもって感じのガラの悪そうな手下を従えたマフィアのボスでした。なんで商談にマフィアが出てくるのかわからなかったのですが、とにかく失礼なことがあったら殺されるかもしれないとビビりまくりでした。結局、とても不利な条件で商品を仕入れるハメに……。大手商社の方に『一般的なビジネスにもマフィアが関わっていることがある』と聞かされたのは、日本に帰ってから」

ロシアでは金持ちの商売のおこぼれをもらってマフィアが資金を稼ぐというビジネスモデルが確立されているために、日本のビジネスマンも遭遇する確率がかなり高いようだ。

一方、工作機械メーカーのエンジニア・Hさん(33歳)は、大気汚染が深刻な北京で毎日のように車にひかれそうになり、ツバをかけられたこともあるそうだ。

「タクシーの運転手にも気を使います。これだけでも日本に帰りたいぐらいですが、北京から出張で西安の四ツ星ホテルに滞在したとき、夜中の1時頃に電話が鳴ったんです。こちらが日本人であるとわかっている様子で、売春のあっせんでした。僕は遠慮しましたよ(笑)。早朝、騒ぎがするので、廊下に出てみたら、日本人のオジサンが警察に連行されているところでした。その後、オジサンがどうなったかは知りません」

中国に関しては、中国人の態度やマナーなどに対して不満が多く、赴任先としての人気度はワースト1位という結果となっている。

そして海外生活でもっとも気をつけなければならないのが、上記のような“対人”トラブルよりも“対環境”の危険だ。

「年間、500人ぐらいの日本人が海外で死亡していますが、実は病気やけがによる死亡が90%以上と最大のリスクとなっています。2011年にタイを襲った大洪水のときもそうでしたが、洪水による被害よりも感染症のほうが怖い。医療機関が機能不全を起こし、適切な治療が受けられなくなる。すると感染症がさらに拡大することになり、運が悪ければ命を落としかねない」(前出・WPH中村代表)

海外で働く日本人にとって最も重要なのは「その国の情報をできる限り集めること」と駐在経験者は口をそろえる。

「情報を知っていてもテロリストから身を守ることはできないかもしれません。しかし、情報によって危険を回避できることのほうが圧倒的に多いことは間違いありません」(前出・WPH中村代表)

(取材・文/鈴木英介)