パドレイグ・ハリントン=大混戦が一転、最終的には4打差の独走優勝となった(写真/田辺安啓=JJ)

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今年の全英オープンは、タイガー・ウッズ時代が始まって以来、初めて迎えたタイガー不在のメジャーだった。開幕前、英国の地元紙は「今のところ何一ついいニュースがない大会」とまで書いていたほど、盛り下がりが懸念されていたのだが、蓋を開けてみれば、盛り上がり感・満載の大会だった。

盛り上げ役の筆頭は、言うまでもなくグレッグ・ノーマン。元々、優勝争いなどする気は毛頭なく、クリス・エバートとのハネムーンの仕上げと翌週に控えていた全英シニアオープンの予行演習のつもりで彼はロイヤルバークデールにやってきた。そんな53歳の半引退選手が突如としてリーダーボードを駆け上がり、大健闘の末、結局、パドレイグ・ハリントンが全英2連覇を達成。その経緯は、すでに報道された通りだが、4日間を通じて世界の報道が実にバラエティに富んでいたことが興味深かった。

初日はノーマンを含めた過去の全英チャンプたちが上位を賑わすという不思議な現象が起こり、誰もが首を傾げた。長い間、不調に喘いでいるデビッド・デュバルやトッド・ハミルトンまでもが、吹き荒れた雨風の中、どうしてこんな好プレーをしているのか?かつて目前の全英勝利を逃したジャン・バンデベルデは、一時期は全英のテレビリポーターをしていたほどで、彼もまた半引退に近かった。昨年は原因不明の病に苦しみ、ガンが疑われた病み上がりの身。そんな彼らが奮闘していた一方で、やはり過去の全英チャンプ、サンディ・ライルが大叩きの末に途中棄権。そんなライルへの批判が英国中、いやヨーロッパ中から殺到する騒ぎもあった。

パスト・チャンプの栄光を引っさげて出場しておきながら、叩いたからといって棄権したライルは「全英オープンのゴールデンルールを破った男」と書き立てられた。自らの優勝を信じ、派手な出で立ちで自信たっぷりのコメントを口にし続けた末に2位に甘んじたイアン・ポールターは「ナポレオンのような男」と評された。そして、ヨーロッパ人としては実に1世紀ぶりの全英2連覇をやってのけたハリントンは、昨年に引き続き「最高のナイスガイ」と絶賛された。

タイガーが出場していれば、タイガーが優勝してもしなくても、世界の報道はタイガー一色になりがち。だが、今回の全英オープンはタイガーがいなかったおかげで、さまざまな選手に注目が向き、プレーぶりのみならず人間性や魅力までもがフォーカスされた。

その傾向は日本人メディアにも見られた。もちろんそれは8名もいた日本人選手(谷口徹は棄権)全員が予選落ちしたという事情もあったけれど、決勝の取材においては日本人記者たちが上位にいたいろいろな選手に興味を抱き、目を向けていた。「全盛期のノーマンって、どんな人でしたか?」「ポールターって、いい人ですか?」「チェ・キョンジュは?」「ハリントンは?」そんな質問を若手の日本人記者たちから何度も受けた。それは、取材対象が「オンリー・タイガー」「オンリー・ジャパニーズ」だった近年のメジャーでは起こりえなかった現象だった。

全米オープン直後、タイガーの膝の再手術が報じられたとき、ゴルフ界の危機が指摘されたが、米メディアはすかさず「今こそ他選手に目を向けるときだ」と方向転換をうたい始めた。そして、今年の全英オープンは、アメリカのみならず世界のメディアがその方向で報道を行った。もちろん、そうできたのは、タイガー以外の他選手たちが必死の奮闘ぶりを見せてくれたからだ。

タイガーがいなくても、世界のプロゴルフは捨てたもんじゃない――その実証となったことが、今年の全英オープンの最大の収穫だ。(舩越園子/在米ゴルフジャーナリスト)