2007年には胃がんのため胃の半分を切除する大手術を受けながら、わずか半年後には復帰を果たした藤原喜明。今も不定期ながらさまざまな団体のリングに上がり続け、一昨年には大仁田厚との電流爆破マッチまで行っている。
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 コンプライアンスだ、なんだと口うるさい昨今、少し際どい表現をすれば、すぐに「問題発言だ」「差別だ」などと批判を受けてしまう。

 プロレスの世界でもこれは同じで、例えば、ジャーマン・スープレックス・ホールドが「原爆固め」と呼ばれることは、今ではすっかりなくなってしまった。被爆者差別の意図はないのだが、強烈な破壊力=原爆と表現することが問題だというわけだ。

 ならば、アトミック・ドロップ(原爆落とし)はどうなるのかという話なのだが、最近は「尾てい骨割り」などという和名もあまり聞かれない。そもそも、この技を使う選手自体を見かけなくなったのは、やはりそうした昨今の事情を鑑みてのことなのだろうか?

 これ以外でも昭和のプロレス界においては、今の基準ではとても通用しないような表現が頻繁に使われてきた。

 全日本プロレスがアブドーラ・ザ・ブッチャーらを主役に迎えて開催していた『ブラックパワー・シリーズ』などは、今なら即座に開催中止に追い込まれるだろう。

 蝶野正洋のケンカキックにしても、使い始めの頃には「ヤクザキック」と呼ばれていたはずだが、この名称変更も暴対法などへの配慮からと思われる(アメリカでは今でも「マフィアキック」と呼ばれているそうだが…)。

 そんな時代にあって、そのものズバリ、いまだ“組長”を通り名としているのが藤原喜明だ。

 かつて『プロフェッショナルレスリング藤原組』を主宰していたから、その組長ということで問題ないという判断なのだろうが、そもそも藤原組という命名の時点でヤクザチックなムードを醸し出している。しかし、それでも問題視されることはなかった。
「さすがに長州力を花道で襲って藤波辰爾との名勝負数え唄をぶち壊したときの“テロリスト”は、今では使えないでしょうが、それでも組長が許されるのは、とにかく藤原の人柄によるところが大きい」(プロレスライター)

「寡黙な関節技職人」「練習好きで若手の面倒見もいい親分肌」「リングを下りれば酒と冗談が好きなオジサン」「陶芸やイラスト、浪曲などもたしなむ多芸な粋人」「がんを克服してリングに復帰した努力の人」など、藤原の人間性に対する多くのイメージはこんなところだろう。

 いずれも日本人の多くが好みそうな性質で、だからこそ批判的な声が起こらないというのはあるだろう。そうは言いながら、藤原の実像となるとまた話は違ってきて、単純な好人物にとどまらない面もあるようだ。
「意外ときちんと計算しているところがあって、例えば、プロレス界入りに際して新日本プロレスを選んだのは、『全日や国際と比べて大型選手が少ないから、身長185センチある自分は出世しやすい』との考えたからだったと、のちに自ら語っています」(同)

★ヒールにも似た特異な試合運び

 前座時代も、格上相手の試合においてはたっぷり関節技でいたぶっておきながら、最後だけはキッチリと負けて、ニヤリと不敵な笑みを浮かべてリングを下りる姿がたびたび見られたものだった。

 人のよさと計算高さ、その両面を兼ね備えたところが藤原の魅力とも言えそうだ。試合ではシビアな攻めに徹しながら、いったんリングを離れればテレビのバラエティー番組でチャック・ウィルソンと相撲も取るし、それどころかアダルトビデオの監督&出演もやってのける。

 そんな藤原の名勝負といえば、「第一次UWFにおけるその戦いの方向性を示すことになった佐山聡戦」「新日復帰時にアントニオ猪木への挑戦権を懸けた前田日明戦」「猪木引退に向けたファイナルカウントダウン」「G1クライマックスで長州力を破った一戦」といったあたりになろうか。

 おもしろいのは、いずれの試合においても相手の方が主役であるところだ。
「長州戦も藤原が勝ったということより、長州が負けたということに対するインパクトが強かったですからね」(同)
 まずはねちっこい“関節地獄”で先手を奪うのが定番スタイルで、実はこれ、ヒールの試合運びに通じるものがある。

 関節技と反則攻撃を入れ替えると分かりやすいが、関節技(反則)に手をこまねく相手が逆転して、喝采を浴びるというケースだ。もしくは、相手がなすすべもなく押し切られてしまうこともある。

 いまだに教えを乞う後進も多いという極め付きの技術を持ちながら、試合自体はヒール風という、これもまた藤原の持つ二面性であろう。
 単純明快が好まれる昨今とは違い、昭和のプロレスは何かにつけて奥深い。

藤原喜明
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PROFILE●1949年4月27日生まれ、岩手県出身。
身長185㎝、体重102㎏。得意技/脇固め、アキレス腱固め。

文・脇本深八(元スポーツ紙記者)