弾道ミサイルの脅威への備えとして導入が決まった「イージスアショア」ですが、その検討段階では「THAAD」という迎撃システムの名前も挙がっていました。導入競争に敗れたものの、迎撃率は100%といい、今後も日本と無縁ではなさそうです。

イージス艦とPAC-3のすきまを埋める「THAAD」

 2017年に、日本政府は北朝鮮による弾道ミサイルの脅威を受けて、これを迎撃するためのシステムとして「イージスアショア」の導入を決定しました。このとき、「イージスアショア」と導入を競っていたのが「THAAD(サード)」こと「終末高高度地域防衛」と呼ばれる迎撃システムです。結果として「THAAD」はこの競争に敗れた形です。


アメリカ陸軍が運用する弾道ミサイル迎撃システム「THAAD」(画像:アメリカ陸軍)。

「THAAD」は、地上配備型の弾道ミサイル迎撃システムです。落下してくる弾道ミサイルに対して迎撃ミサイルを発射し、これを直撃させて破壊する「ヒット・トゥ・キル(直撃破壊)」という方法で地上の都市や施設を防衛するものです。

 ところで「弾道ミサイル迎撃」というと、イージス艦やPAC-3という名前をニュースなどでよく耳にするかと思いますが、こうしたものと「THAAD」は一体何が違うのでしょうか。

 そもそも発射された弾道ミサイルを迎撃するタイミングには、大きく分けて3つの分類があります。ひとつ目は、弾道ミサイルが発射されて空高く上昇していく「ブースト段階」、ふたつ目は、上昇して大気圏外付近を飛翔しながら最高高度に到達し、そこから徐々に高度を落としていく「ミッドコース段階」、そして3つ目は、弾道ミサイルが目標に向かって落下していく「ターミナル段階」です。言葉だけでイメージしにくい方は、離れた場所にホースで少し上向きに水をまくところを想像してみてください。水が上向きに進んでいるのが「ブースト段階」、そこから水の高さが頂点に達する前後が「ミッドコース段階」、そして水が地面に向かって勢いよく落ちていくのが「ターミナル段階」です。

 このなかで、イージス艦とそれに搭載されている迎撃ミサイル「SM-3」はミッドコース段階での迎撃を、PAC-3はターミナル段階での迎撃をそれぞれ担当しています。「THAAD」はPAC-3と同じくターミナル段階での迎撃を担当しますが、PAC-3よりも高い高度で弾道ミサイルを迎撃します。つまり、まずはイージス艦が迎撃を行い、次に「THAAD」、最後にPAC-3が……というように、それぞれ担当している迎撃の高度が異なっているわけです。言い換えれば、「THAAD」はイージス艦とPAC-3の中間にあたる存在といえます。

強みは機動力と迎撃率と…

 さきほど説明したように、「THAAD」は地上に落下してくる弾道ミサイルをターミナル段階で撃ち落とすための迎撃システムで、弾道ミサイルを撃ち落とすための迎撃ミサイル、その迎撃ミサイル8発を搭載する発射器、弾道ミサイルを探知したり迎撃ミサイルを誘導したりするためのAN/TPY-2レーダー、「THAAD」と衛星やイージス艦などほかのミサイル防衛用システムとを結びつける射撃管制通信装置という4つの装備から構成されています。

 実は、これらの装備は全て輸送機などによって輸送することが可能で、これにより「THAAD」は世界規模で必要な場所に速やかに展開できる能力を有しています。実際に、2013年には北朝鮮による弾道ミサイルの脅威を受けて西太平洋に浮かぶグアム島に急遽配備されたり、また2017年には同じく北朝鮮の脅威を受けて韓国への展開が行われたりしました。こうした能力は、もし日本列島が弾道ミサイルの脅威にさらされた場合に、アメリカ軍が日本に「THAAD」を緊急展開できることにもつながり、日本にとっても重要な能力です。

 さらに、「THAAD」はその能力の高さも強みのひとつです。2006(平成18)年以来、「THAAD」は15発の弾道ミサイル標的に対して迎撃試験を実施し、それらすべての標的を見事迎撃することに成功しています。つまり現在までの迎撃成功率は100%ということです。

 2000年代後半からアメリカ陸軍で部隊配備が開始され、2018年現在、主として「THAAD」を運用しているのもアメリカ陸軍ですが、アラブ首長国連邦やサウジアラビアなど中東への輸出にも成功しています。

発展性や将来性も大きな強み

 加えて現在、その能力をさらに高めるための段階的なアップグレードが行われています。具体的には、これまでは弾道ミサイルの迎撃に際して「THAAD」のレーダー自身が捉えた目標に対して迎撃を行う仕組みだったものを、今後はイージス艦などほかの場所に配置されたセンサーで捉えた目標情報をもとに迎撃ミサイルを発射して目標を迎撃できるようにしたり、あるいは「THAAD」のAN/TPY-2レーダーと発射器などをそれぞれ離れた位置に置くなど、従来よりも「THAAD」の各構成要素を柔軟に配置したりすることにより、防護範囲をさらに広げることができるようになるとされています。


車力(青森県)と経ヶ岬(京都府)を中心とした半径1000kmの範囲。AN/TPY-2レーダーの探知範囲を示したものではない(国土地理院地図を加工)。

 ちなみに、「THAAD」のAN/TPY-2レーダーには、弾道ミサイルの早期探知を目的とする「前方配備モード(探知距離約数千km)」と、迎撃ミサイルの管制などを行う「ターミナルモード(探知距離約数百km)」というふたつのモードがあり、とくに前者の前方配備モードのAN/TPY-2は、北朝鮮の弾道ミサイルを早期に探知することを目的に、レーダー単体として青森県の車力と京都府の経ヶ岬に配備されていることから、日本にとっても他人事ではない存在です。

 このように長大な探知距離をほこるAN/TPY-2によって「THAAD」は弾道ミサイルの飛翔を遠く離れた彼方から探知できるわけですが、こうした能力を、上に見たような「THAAD」のアップグレードによってさらに引き出せるようになれば、弾道ミサイルの探知をより効率的に行えるようになるでしょう。

 また、すでに破壊された弾道ミサイルの破片が空中に飛び散っていて目標の識別が難しいといった、より複雑で困難な環境でも弾道ミサイルを迎撃できるよう、「THAAD」自身の信頼性向上なども行われていく予定で、こうした取り組みによって、「THAAD」はより確実に弾道ミサイルを迎撃できるようになるでしょう。

日本で採用に至らなかったのはナゼ?

 このように、「THAAD」は非常に高性能な弾道ミサイル迎撃システムなのですが、ではなぜ、冒頭で触れたように日本は「THAAD」ではなく「イージスアショア」を採用したのでしょうか。

 これにはさまざまな理由が考えられます。まずは、使い道の広さの問題です。実は「THAAD」は弾道ミサイル防衛専用のシステムで、戦闘機や巡航ミサイルなどを迎撃することはできません。一方で、イージスアショアは運用するミサイルを使い分けることで、弾道ミサイルから戦闘機までさまざまな目標を迎撃することができます。つまり「THAAD」よりイージスアショアの方が、使い道が広いわけです。


「THAAD」の射撃管制通信装置とそのオペレーター(画像:アメリカミサイル防衛局)。

 さらに、カバー範囲の問題もあります。「THAAD」の迎撃ミサイルの射程はおよそ200kmといわれています。これでは、約2000km以上の長さがある日本列島の大部分をカバーするためには多数の「THAAD」を導入する必要があります。そうなれば、導入費用も非常に高額になる可能性があります。たとえば、2017年にアメリカ国務省が発表したところによれば、先述したサウジアラビアへの「THAAD」輸出に関して、その費用は発射器44基や迎撃ミサイル360発など、7個部隊分で合計約150億ドル(約1兆7000億円、レートは2017年10月当時)だったそうです。仮に日本が多数の「THAAD」を導入する場合、それなりの導入費用を覚悟する必要があるでしょう。

 しかも、「THAAD」を運用するためには安全などの観点から、人のいないある程度広い土地が必要となり、「THAAD」の導入数が増えれば、それだけこのような土地を全国に用意しなければなりません。

 そうしたことを考えれば、たった2基で日本全域をカバーできるイージスアショアのほうが、日本には向いていたといえます。

 このような理由で日本での採用には至らなかった「THAAD」ですが、今後の北朝鮮情勢次第ではアメリカ軍が日本に「THAAD」を展開する可能性も捨てきれません。つまり、日本と「THAAD」が全く無縁というわけではないのです。

【写真】敵方には脅威か、強力な「THAAD」用レーダー


「THAAD」用のAN/TPY-2レーダー。地上用レーダーとして、青森県の車力や京都府の経ヶ岬にもこのレーダーのみが配備されている(画像:アメリカミサイル防衛局)。