「ミラ トコット」を囲む奥平総一郎社長と”女性7人衆”(撮影:大澤誠)

“女性7人衆”がプロデュースした女性のための軽自動車――。

ダイハツ工業は6月25日、若い女性客の獲得に向けた新型軽乗用車「ミラ トコット」を同日から全国一斉に発売した。同型車種ではライバルのスズキが「ラパン」で快走しており、ダイハツが追い上げを図る。ダイハツの奥平総一郎社長は「女性ならではの感性と意見を大事にした車」と強調した。


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ミラ トコットは2009年にダイハツが発売した「ミラ ココア」の事実上の後継車。同社で最も廉価なミラシリーズの一種で、価格は税込み107万4600円〜142万5600円。月間販売目標は3000台。2017年には高齢者ドライバーが比較的多い 「ミラ イース」を約6年ぶりにフルモデルチェンジしており、「ミラ トコット」の追加でターゲットを広げていく。

「今はシンプルの時代」

ミラ トコットは若い女性向けだが、あえてカワイイ系を強調していないことが特徴だ。「『女性=”カワイイ“物好き』という従来の固定観念を覆すのが大変だった。昔はデザインを盛るという発想だったが、今はシンプルの時代。女性の感性の変化を新型車にも落とし込んでいった」。こう話すのはトコットの開発に携わり、同日の会見で登壇した西山枝里・商品企画室副主任だ。


開発責任者の中島雅之チーフエンジニアは、一から見直すために女性ばかりの特別チームを編成した(撮影:大澤誠)

西山副主任はこれまでのクルマ作りでは、開発の最終段階で関わることが多く、そこでコンセプトを変えることはほぼ不可能だった。だが、今回は企画・開発の初期段階から参画し、徹底的に議論し尽くしたという。

その西山副主任を呼んだのが開発責任者である中島雅之チーフエンジニアだ。中島氏は「ミラ ココア」をゼロから見直すため、西山氏も含めて女性ばかり7人の特別チームを編成。製品企画から1人、商品企画から2人、デザインから3人、生産管理から1人と幅広い部署から呼び集めた。平均年齢は20歳後半で、新型車のターゲット層とほぼ同じだ。

中島氏は「ミラ ココア」の開発にも携わったが、「ココアをマイナーチェンジしていく中で、若い女性がココアは可愛すぎて乗れないという声も出ていた。そこでトコットでは女性メンバーで徹底して市場調査するようにした」という。


シンプルな四角いラインと水平基調のデザイン、丸いヘッドランプが特徴の外観デザイン(撮影:大澤誠)

女性7人は若い女性に読まれているファッション雑誌を買い集め、おしゃれな人気カフェに何度も出掛けて、流行をつかんでいった。そこで行き着いた一つのコンセプトが、あるカフェのインテリアで見つけた「ブリキのバケツ」という。機能を絞ったシンプルなデザインそのものだ。

だが、シンプルというコンセプトはなかなか周りに伝わらなかった。西山氏は「男性が多い社内で『車は派手にメッキを着けた方がいいに決まっている。こんな安っぽい車のどこがいいのか』と指摘されることが少なくなかった」と打ち明ける。それに対して「いや、そうじゃない」と否定しても、「シンプル=安っぽい」という考えが依然として根強かったという。

役員を前にして担当同士が喧嘩したことも

中島氏も女性陣とともに最後まで戦った。一番苦労したのは1分の1のクレーモデルを作り直したことだ。最近のクルマ作りは3Dを活用してモデルを一回作り込めば良く、作り直しは異例だった。

中島氏は「ほかの人に十分理解してもらっていない中でやったので、すこぶる安っぽい形でできてしまった。それでもう一回作り直してくれと言った。そこではわれわれを理解してくれるモデラーとデザイナーに絞った。理解してくれない人は触るなと。役員を前にして担当同士が喧嘩したこともあるほどだった」と振り返る。


ひとつひとつのパーツを大きくし、すっきりシンプルにした運転席周りが特徴(撮影:大澤誠)

見た目はシンプルだが、安心・安全にはこだわる工夫を満載した。ボンネットの先端の高さを上げることで、運転席に座ったままでもボンネットの先端を見やすくし、前にいる車や壁との距離感をつかみやすくしたほか、一般的に後ろ上がりになっている車の横のライン「ベルトライン」をあえて水平にし、後方をすっきりと見やすくした。女性が扱いやすくするため、パワーステアリングの操舵力も大幅に軽くした。

非常にシンプルな新型車。女性目線で徹底して作り込んだ車は、男性中心の車づくりの現場を変えることはできるのか。社内外に賛否がある中でのダイハツの新たな挑戦は、今後の試金石となりそうだ。