地下トンネル内の点検を行う鉄道会社の現場社員たち(撮影:尾形文繁)

昨年以来の一時期、鉄道のトラブルに関する報道が相次いだ。代表例は昨年12月に発生した新幹線の台車に亀裂が入った問題だろうが、そのほかにも東急田園都市線で2回の停電が発生するなどさまざまなトラブルがあった。

これらのトラブルの原因はそれぞれ異なるが、鉄道に限らず近年指摘されることが多いのは「技術伝承」の問題だ。鉄道トラブルの多発を受け、石井啓一国土交通大臣は2017年12月19日の記者会見で「一連の事故や輸送障害の背景には、設備の老朽化・複雑化に加えまして、現場要員の高齢化や若手技術者の不足等の構造的な問題もあると考えられます」と述べている。

「事故」は減っているが

鉄道だけでなく、近年は現場での技術力が必要な仕事で人員の削減やアウトソーシングなどが進んでおり、それによって若い世代への技術伝承がうまくいかなくなるなどして、日本のものづくりや技術に対する信頼低下を生んでいると指摘されることが多い。その背景には、不況による採用抑制などが影響しているのではないだろうか。


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そこで、鉄道の現場職員の年齢構成や人数がこれまでどのように変化してきたかを見ることで、実際にこれらの問題がトラブルや事故に影響しているのかを考えてみたい。

まず、実際に「事故」が増えているかどうかを見てみよう。国土交通省が毎年度発表している「鉄軌道輸送の安全に関わる情報の公表について」によると、2016年度の鉄道運転事故の件数は715件。運転事故とは、列車と人との接触(自殺以外)や踏切事故、列車の衝突、脱線、火災などといった事故だ。約30年前の1987年度には1456件なので、事故の件数は減少傾向にあることがわかる。

一方で「輸送障害」の件数は増えている。これは、列車の運休や旅客列車の30分以上の遅延などを指すもので、たとえば自殺や動物との衝突、地震など自然災害による障害が含まれる。2016年度の輸送障害の件数は5331件。国土交通省の資料によると、1987年度には1842件だったため、この30年で大幅に増えたことになる。

このうち、鉄道係員や車両、施設に起因する「部内原因」は1987年度には910件だが、2016年度は1373件。事故は減っていても、利用者が「トラブル」と感じる列車の遅れや運休などが鉄道内部の要因で起こるケースは増えているのだ。

職員数は減り続けてきた

トラブルの背景にはさまざまな要因があるが、ここで注目されるのが鉄道の現場を支える職員数が減少し続けてきたことだ。輸送障害の増加と「部内原因」が増えていることについては、2000年代半ばの時点で国土交通省・交通政策審議会の「鉄道部会」においても指摘されており、ここでは現場の職員数の減少についても述べられている。

2007年に開催された第2回の同部会資料では、年々増加傾向にある輸送障害について「特に係員の誤りや車両の故障による『部内原因』が徐々に増加傾向にあることは懸念要因」と指摘し、さらに鉄道の現場の職員数について「本社に比べ現業、特に駅務員、車両、電気、工務部門で職員数が激減している」としている。


実際にどの程度職員数は減ったのか。「鉄道統計年報」に掲載された職員数を比較すると、1987年度に約16万4600人だったJR7社の現業部門(現場)の職員は、2000年度には約11万6000人、2015年度にはほぼ半分の約8万7000人まで減少。その一方、1987年度には約2万7000人だった本社部門の人数は2015年度には約2万9800人に増えている。

民鉄(大手私鉄・中小私鉄・公営交通などの合計)はJRほどではないものの、1987年度には約8万7000人だった現業部門の人数は、2015年度には約7万人となっている。

旧国鉄は合理化のため1982年度を最後に新卒採用を中止しており、分割民営化によってJRが発足するまで新規の採用はなかった。さらに、主に鉄道の現場を担う高卒社員の採用は1991年度にJR東日本と東海が開始するまで行われていなかった。人員削減もさることながら、採用を控えていた時期があることで職員数が減る結果となったのだ。

これが現在のJR各社の社員の年齢構成に大きな影響を及ぼしていることは、JR各社の現在の年齢構成を見るとよくわかる。たとえばJR西日本が公開している「データで見るJR西日本2017」によると、2017年4月1日現在、同社の社員は2万9150人。平均年齢は40.6歳だが、55歳以上の社員が7870人、30〜34歳が6080人なのに対し、40〜44歳は1500人、45〜49歳は800人、50〜54歳は2450人である。

国鉄末期にあたる年代は50〜54歳(1963〜67年生まれ)となるだろうが、最も少ないのはそれより下の45〜49歳だ。この数字からは、国鉄分割民営化のあおりで採用が一時行われていなかったことに加え、1990年代以降の景気低迷からいわゆる就職氷河期にかけて採用が抑制されていたことも見えてくる。このように一時期続いた採用抑制が年齢のギャップを生み、若手と高齢のベテランをつなぐ中間層が少ないという現状につながったといえる。

外注化や分社化も進んだ

一方、いわゆる就職氷河期の時代には別の流れも起こっていた。アウトソーシングや分社化の流れだ。

2000年代、日本の各企業では、コア業務を正社員が行い、そうではない業務を子会社や下請、非正規にさせるという分業体制が進んでいった。それにより、人件費の削減や効率的な企業運営を行うという流れが定着した。鉄道業界でも分社化は行われており、たとえば東武鉄道は、鉄道車両の保守を「東武インターテック」、保線を「東武エンジニアリング」、駅業務を「東武ステーションサービス」に分社化している。線路の工事などを外注するのはどの鉄道会社でも一般的だ。

この状況について、前記の交通政策審議会・鉄道部会の「技術・安全小委員会」は、「鉄道事業者において経営効率化の視点から進められているアウトソーシングは、アウトソーシング先が自社の子会社等であり、人事交流等により技術継承の機会が持てる場合は良いが、まったくの別会社である場合には、技術の継承が困難となるおそれがある」と指摘している。

東急電鉄田園都市線で昨年秋に連続した停電トラブルと、これを受けて行われた緊急点検について報じている、2月12日付東洋経済オンライン記事「田園都市線『トラブルゼロ』への長い道のり」では、田園都市線を運行する東急電鉄においても2000年代以降工事のアウトソーシングが進み、それに伴う若い世代への技術伝承が課題の1つとなっているとの現場担当者の声が紹介されている。

これはもちろん同社に限ったことではない。一概には言えないが、冒頭で紹介した石井国交相の言葉にもあるように、これらの施策の結果として生まれた「現場要員の高齢化や若手技術者の不足等の構造的な問題」が相次ぐトラブルの原因、あるいは遠因となっていることは否定できないだろう。景気の低迷による採用抑制や、コスト削減のため積極的に進められた外注化の流れが、ここにきてさまざまな課題を生むことになったのである。

鉄道会社の信頼は現場が支えている

そんな中で、鉄道各社は中途採用に力を入れるようになってきている。たとえば前記記事「田園都市線『トラブルゼロ』への長い道のり」では、東急電鉄の担当者が「『当社社員が実際に現場に触れる機会を増やさなければ』と、人材も増やしていきたいとの意向を示す」と、現場の人員を増やしていく考えを示している。

また、JR東日本は社会人採用・経験者採用を大規模に行っている。同社は、トラブルの発生は「人的側面だけを原因にすることはできない」としているが、職員数が減っている状況の中で社会人採用を積極的に進めていることは、鉄道事業における年齢構成のゆがみを少しでも改善しようという意思の表れだろう。

鉄道の現場の仕事は、鉄道業の屋台骨を支えるということで重要な仕事ではあるものの、直接的に利益を生む性格のものではなく、削ればそのぶん経費が削減できるという側面があるのは事実だ。しかし、関連事業で利益を上げるにしても、それを支えているのは鉄道の信頼性である。鉄道の現場を支える人材の充実は、企業グループ全体の信頼と収益性を支えるうえで極めて重要なのだ。