あと10年で"野球部の中学生"は全滅する
■「稲村亜美もみくちゃ事件」を起こした名門連盟
今年3月、神宮球場で「事件」が起こったのを記憶している方はいるだろうか。「神スイング」で人気となったタレントの稲村亜美さんが、中学生の野球の開会式に招かれてピッチングを披露した後、興奮して殺到した中学生たちに押しつぶされそうになった事件である。ネットでその様子を撮影した動画が話題になり、多くのメディアでも取り上げられたため、主催した連盟は大いに非難されることになった。
この事件で有名になってしまった連盟は、正式名称を「一般財団法人日本リトルシニア中学硬式野球協会関東連盟」という。中学硬式野球界ではもっとも古い歴史を持つ連盟のひとつとして知られる団体だ。阿部慎之助(読売ジャイアンツ)、中田翔(北海道日本ハムファイターズ)、松坂大輔(中日ドラゴンズ)ほか、輩出したプロ選手は枚挙にいとまがない。この「リトルシニア」は、小学生の硬式野球であるリトルリーグの「お兄さん」として創設された。
■中学硬式野球だけで7団体あった時期も
アメリカで戦後盛んになったリトルリーグが、日本で本格的に普及したのは1960年代だ。正式な協会発足は1964年。1967年には「西東京リーグ」がアメリカで開催されたワールドシリーズで優勝を果たし、話題となった。この出来事もあって日本に若年層の硬式野球ブームが訪れたが、リトルリーグは12歳までしか在籍できず、中学校の部活には硬式野球がほとんど存在しない。高校野球との間をつなぐために、1972年にリトルシニアが発足したという経緯がある。
その間に、1970年には別の団体「日本少年野球連盟」(通称「ボーイズリーグ」)が発足した。東京で始まったリトルとリトルシニアに対して、ボーイズリーグは大阪で始まった。こちらも、筒香嘉智(横浜DeNAベイスターズ)や藤浪晋太郎(阪神タイガース)など、出身プロ選手は多い。その後、アメリカの中学生硬式野球組織「ポニーリーグ」の日本版や、ボーイズリーグから別れた「ヤングリーグ」なども発足し、多いときは中学硬式野球団体だけで全国に7団体も乱立していたことがあった(現在は5団体)。
こうして小学生、中学生の期間に硬式野球を経験できる環境が整えられていった。その結果、ハイレベルな高校・大学・社会人、あるいはプロを目指すなら、中学生になったら学校の部活の軟式野球ではなく、硬式のクラブチームに入るのが当たり前という風潮ができあがったわけだ。そして2大勢力として、リトルシニアとボーイズリーグがしのぎを削ってきたと言える。
しかし、その状況に陰りが見えてきているというのが、多くの関係者の共通認識だ。冒頭で紹介した「稲村亜美事件」に揺れたリトルシニア関東連盟では、同じ開幕式でもうひとつの「異変」が起きていた。
「開幕式に参加したチームが199チームで、ついに200チームを割ってしまいました。しかも、入場行進には1チーム25人ずつ参加できるのに、その人数を満たせなくて、10人とか15人で参加しているチームも多かったです」(大会関係者)
1チーム25人で約200チームなら、単純計算で5000人の中学生が参加できたはずだ。しかし、「正確な数は分からないが、おそらく4000人くらいしか参加していなかっただろう」というのが関係者の共通した意見である。リトルシニア関東連盟では「神宮球場で入場行進ができるのは自分たちだけ」ということを自慢にしていて、古参の役員は「子どもたちは神宮球場に入れることを毎年楽しみにしているんだ」と口をそろえるのだが、そのわりに参加者が想定より2割も不足しているのはどういうことなのだろうか。
■「観る野球」と「プレーする野球」の人気の乖離
実は、この点にこそ野球界の深刻な問題がある。「観る野球」の人気と「プレーする野球」の現状に大きな差が生まれてしまい、特に若年層の野球離れが深刻な状態に陥っている。リトルシニアの開幕式でいえば、単純に参加する子どもたちの数が減ってしまっているのだ。そして、もうひとつ大きな問題は、運営する大人たちの間でも正しい現状認識ができていない人が多いことだ。
一時は落ち込んだと言われたプロ野球人気も、日本プロフェッショナル野球機構(NPB)や各球団の努力で観客動員数は持ち直しており、ここ数年は過去最高を更新し続けている。「カープ女子」で知られる広島東洋カープや、球団改革に成功した横浜DeNAベイスターズがその代表例といっていいだろう。両チームとも、10年前には本拠地球場に閑古鳥が鳴いていたのに、近年では毎試合観客が詰めかけ、チケットを容易に入手できないことが問題になっているほどだ。
大学野球にせよ高校野球にせよ、いわゆる“伝統の一戦”や、注目選手が出場する試合ともなれば、球場が満員になることは少なくない。不況の影響で企業スポーツが厳しい運営を迫られているとはいえ、社会人野球もビッグイベントではかなりの観客を動員する。報道でもいまだに野球には別格の地位が与えられており、プロアマを問わず観戦スポーツとしての人気は決して衰えていない。
しかし、高校以降の野球チームに人材を送り込むべき小中学生の野球は、明らかに競技人口が減っている。たとえばリトルシニア関東連盟の場合、登録チーム数は2011年頃をピークに減少傾向にある。リトルリーグ時代からの伝統あるチームが、入団希望者の減少によって次々と廃部や休部に追い込まれているのだ。神宮球場での開幕式に10人で参加するようなチームも多く、中には9人そろわないチームもある。そういったチームが合同チームを作って大会に参加し、何とか持ちこたえているという例も多い。2018年の休部数は6チーム。これは過去に例がない数字だ。
ここには「選択と集中」の傾向が見て取れる。自前のグラウンドを持っていて、大会の実績もよく、評判の指導者がいるチームでは50人、100人と新規入団者が集まっていることも多いそうだ。リトルシニア関東連盟で言えば、東東京の東練馬シニア、西東京の調布シニア、武蔵府中シニア、東関東の佐倉シニア、北関東の浦和シニアなどがその代表例だ。3学年合わせて何百人という大所帯になり、練習で満足にボールを触れないかもしれないチームに、それでも選手は集まってくる。
■チームのマイナス情報はすぐ親たちに流れる
一方で、その近隣のチームには全然選手が入団しないということになる。少子化に加え、子どもたちが希望する地域スポーツも多様化する中で、野球をやりたい子どもは限られているのだ。少しでも良いチームにわが子を預けたい親たちは、「あのチームは指導者が変わった」「あのチームでは内輪もめがあった」などという情報に敏感だ。そうやって競争に敗れたチームは衰退していく。
ほかの中学硬式組織でも、事情は似たようなものだという。あるボーイズリーグの関係者は「ボーイズリーグにおいても競技人口減少に歯止めがかからない状況です。特にボーイズ発祥の関西ブロックの減少は速度を増しています。今では東日本ブロックの選手が人数では上回っているはずです。しかし、その東日本も今をピークに減少に転じると思われます」と語る。
第三勢力のポニーリーグでは、「大会に出場するチーム数自体は減っていないが、リーグ数は減っています」という。この言い回しには少し説明が必要だ。ポニーリーグはできるだけ試合への出場機会を与える方針から、アメリカの本部にならって、ひとつのチームに18人以上の選手がいれば2チームを編成し、27人以上いれば3チームを編成することになっている。そのため、チーム組織のことを「リーグ」と呼び、大会に出場する「チーム」と区別している。
つまり「チームは減っていないがリーグが減っている」という現象は、リトルシニアやボーイズリーグ同様、強豪リーグに選手が集中してチーム数は維持されているが、人数不足で廃部になるリーグも出てきていることを意味する。大会に出場するための合同チームも、やはり増えているそうだ。
■中学軟式野球部員は7年間で12万人減った
ここまで中学硬式のクラブチームを見てきたが、部活の軟式野球はどうだろうか。日本中学校体育連盟(中体連)では、加盟校数と在籍生徒数について毎年詳細な数字を公表している。最新の資料によれば、実は加盟校数では2010年から2017年まで一貫して軟式野球部が1位になっている。だが、その数は毎年少しずつ減り続け、2012年には全国で8919校だったものが、2017年には8475校になった。
生徒数の減少はさらに顕著だ。毎年1万人以上ずつ減り続け、29万1015人から17万4343人まで減少した。その間、生徒数ではずっと2位につけているサッカー部は、2013年まで逆に毎年1万人ずつ増え続けている。それから下降に転じるが、それでも2017年で21万2239人であり、2013年時点からさほど変わっていない。少子化による就学人口の減少を考えるとむしろ健闘していると言えるだろう。対して軟式野球部員は7年間で12万人と、これまでにないスピードで減っている。このペースでいけば、10年余りで中学校の軟式野球部員は0人になってしまう計算だ。
硬式軟式問わず、中学チームに入団してくるべき小学生(軟式学童)の競技人口の減少も深刻だ。これはひとつの例にすぎないが、東京の葛飾区では10年前に約60チームあったのが、現在では35チームほどになってしまっているという。どこの地域で話を聞いても、状況は似たようなものだ。近隣に住む子供たちを集めて野球チームを結成し、野球経験のあるお父さんが監督やコーチを務めて子どもたちを指導するというモデルが、急速に崩壊しつつある。
小学生、中学生の野球離れが進んでいる理由は、さまざまに推測されている。野球遊びができる公園や広場がなくなり、友達同士や親子でキャッチボールをすることすらままならない土地事情に原因を求める意見もある。用具が専門的で費用がかかることも大きな要因の一つとされる。あるいは、旧態依然とした高圧的・強権的な指導法がよくないという意見もある。少年野球チームに子どもを入れると、お茶当番や送迎など親の負担が大きいことも嫌われているという。
■有効な対策が打てないまま時間がたった
どれも理由として正しいだろう。しかし、一番の問題は、このような意見は最近出てきたわけではなく、もう何年も前から指摘されているのに、手をこまねいたまま何も有効な対策が打ち出せないでいる野球界そのものにあるように思われる。高度経済成長の時代、子どもはたくさんいた。そして娯楽は少なかった。黙っていてもみんな野球に親しんでいたのだ。その成功体験から抜け出せないまま、昔ながらのやり方を続けてしまっていることこそが、問題解決への道を遠ざけている。その結果、今や競技人口の減少は危機的状況にあり、日本で野球をする子どもが珍しい存在になってしまう未来すら見えかけている。
野球があまりにメジャーなスポーツでありすぎたため、組織がバラバラに結成され、横のつながりが少ないことも問題だ。いや、つながりが少ないどころではない。競合団体が反目しあい、お互いを敵視していることすら珍しくない。たとえば、地域の軟式学童野球には独立連盟が多く、全日本軟式野球連盟がそのすべてを管理しているわけではない。中学硬式ではリトルシニアとボーイズリーグの敵対関係は有名だ。日本高等学校野球連盟が全国高等学校体育連盟(高体連)に加盟せず、ほかの部活と一線を画していることも問題視されている。最近は雪解けムードがあるとはいえ、プロとアマの対立も根深いものがあった。
野球には、ほかのスポーツのように強力な国内統一組織がないことが、現在では完全に弱点になっている。過去の歴史を虚心坦懐に見直し、野球界が本当にひとつになって子どもたちを呼び戻す動きがなければ、この流れは止まらないのではないだろうか。
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野球審判員
1975年生まれ。広島県出身。早稲田大学卒業。一般財団法人日本リトルシニア中学硬式野球協会・関東連盟審判技術委員。練馬リトルシニア所属。2007年より、国内独立リーグ審判員としても活動している。『わかりやすい野球のルール』(成美堂出版)監修。ツイッター〈@s_awamura〉
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(野球審判員 粟村 哲志)