公開した試作車には「スカイアクティブ−X(SKYACTIV−X)」という新しいガソリンエンジンが搭載されている。

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マツダは今年10月、世界初の「希薄燃焼」を実現させた次世代エンジン「スカイアクティブ−X」を報道陣に公開した。ガソリンエンジンだが、ディーゼルエンジンと同じ「圧縮着火」が可能で、燃費や応答性、環境性能などが向上する。電動化の流れが加速するなかで、なぜマツダは内燃機関を磨きあげようとしているのか。ジャーナリストの宮本喜一氏がレポートする――。

■スカイアクティブ−Xで独自の戦略を打ち出せる

マツダは10月10日、山口県美祢市にある試験場で「次世代技術説明会」を開催した。同社は2カ月前に“技術開発の長期ビジョン”を発表している。おそらく説明会の目的は、長期ビジョンの中身を、記者たちに「試作車のステアリングを握らせる」という形で伝えることだろう。百聞は一見にしかずと言うことだ。

今回マツダが公開した試作車には「スカイアクティブーX(SKYACTIV−X)」という新しいガソリンエンジンが搭載されている。その最大の特徴は「希薄燃焼」である点だ。ガソリンエンジンでは、シリンダーのなかでガソリンと空気を混合して燃焼させる。その際、ガソリンと空気が最も効率よく燃焼できる混合比率を「理論空燃比」と呼び、その値は14.7と言われている。しかしマツダの次世代エンジンでは、空燃比を30以上にする「希薄燃焼」を行う。つまりシリンダーに入れるガソリンの量を極端に減らしても、性能を損なわないエンジンなのだ。

「希薄燃焼」では、燃焼に必要な燃料が大幅に低減できるため、燃費性能が向上する。また排出ガスも減るため、環境性能でも有利だ。「希薄燃焼」は理論的には優れているといわれていたものの、これまで技術を確立できた自動車メーカーはない。なぜなら空燃比を高めるためには、エンジンの圧縮比をディーゼルエンジン並みに高める必要があるからだ。

裏を返せば、それだけの圧縮比をガソリンエンジンで実現できれば、ディーゼルエンジン並みの燃費、トルク性能、応答性を備えたガソリンエンジンができあがる。しかも、ガソリンエンジンであるため、ディーゼルエンジンの弱点とされてきた出力の伸び、暖房性、排気浄化性にはすぐれている。

■ガソリンとディーゼルの到達点はひとつ

つまり、「希薄燃焼」を実現させた次世代エンジン「スカイアクティブ−X」とは、ガソリンとディーゼル両方の特長を兼ね備えた、一石二鳥のエンジン、ということになる。

今回、試験場には、「スカイアクティブ−X」を積んだ試作車が4台、そして比較対照として同じ排気量の現行アクセラが4台用意されていた。試乗時間は20分間。指定されたコースを実験部のスタッフ同乗のもとで走った。

筆者が試乗した際の印象は「絹ごしのディーゼルエンジン」。もちろん搭載しているのはガソリンエンジンなのだが、ディーゼルエンジンのような力強さを感じたのだ。

エンジンの違いは、豆腐にたとえるとわかりやすい。一般的なガソリンエンジンが「絹ごし」だとすれば、ディーゼルエンジンは「木綿ごし」だ。エンジンの滑らかさに関しては、一般的にディーゼルよりガソリンのほうが上回る。「スカイアクティブ−X」はガソリンらしい滑らかさがありながら、ディーゼルエンジン特有の力強さも感じられた。従来にはない感覚といっていいものだった。

かねてより、マツダの開発エンジニアは「乗用車の場合、内燃機関を究めれば、ガソリンとディーゼルの到達点はひとつ」と語っている。その意味で次世代エンジンは、ひとつの到達点といえるものだと感じた。

さらにマツダは、この画期的なエンジンを搭載する新しいボディー・シャシーの開発状況も公開した。それは「スカイアクティブ・ビークルストラクチャー」と呼ばれている。従来の車体構造の考え方を転換し、快適性や静粛性の向上を図るために、走行時に受ける外的な衝撃などをしなやかに受け流すような構造だ。

今回の試乗では、なめらかな路面の舗装路から、おろしがねの歯のようなざらついた路面に変わる場面があった。そのとき現行のアクセラは振動、騒音ともに大きく変化したのに対して、試作車は路面の変化をほとんど体に伝えず、騒音もほとんど変化がなかった。

クルマはあらゆるパーツを総合的に仕上げるもの。主要なパーツの性能・質が上がったとき、別のパーツも同様の向上を果たさなければ顧客を満足させられる“本物の製品”にはならない。今回、マツダが同時進行で開発している新しいエンジンと車体構造を組み合わせた試作車を公開したのは、その仕上がりに自信があったからだろう。

■課題克服の視点を「地球全体の環境」に移した

マツダの経営は、現在、2016年4月に始まり19年3月に終わる3年間の「構造改革ステージ2」のちょうど中間地点にある。そのなかで今年8月、新たに「サステイナブル“Zoom−Zoom”宣言2030」を提示した。その背景には、今回の次世代エンジンと、今年9月に発表したトヨタ、デンソーとの電気自動車の技術提携があることは間違いない。

最近、電動化すればクルマはコモディティー化する、という議論が盛んに聞かれるようになった。しかし、トヨタもマツダもデンソーも、電動化したクルマがコモディティー化するとは考えていないようだ。むしろ電動化が進めば、従来以上に付加価値で競えるようになる。そしてマツダの場合、電動化での付加価値の基盤が、高効率の内燃機関になると考えているようだ。

マツダは「サステイナブル“Zoom−Zoom”宣言2030」の中で、クルマにまつわる環境問題を単なる技術開発の課題ではなく、「『地球』の課題」として俯瞰的に捉える姿勢を示した。そこでは2030年までに、「Well−to−Wheel(燃料採掘から車両走行まで)」でのCO2排出量を2010年比で50%削減することを目指している。

これはマツダ車の排出するCO2の総量を、燃焼によって生じるCO2だけではなく、化石燃料の採掘現場から車輪を回すまでに生じるCO2に総合的にとらえるというものだ。ちなみにマツダは今年4月までの1年間、2020年までにマツダ生産の乗用車すべてにおいて、平均燃費を2008年比で50%向上させる、と説明していた。2008年とはスカイアクティブ技術の搭載をはじめた節目の年だ。

つまり、マツダは課題克服の視点を「マツダ車」から「地球全体の環境」に移したわけだ。これは将来投入する電気自動車を強く意識した結果だろう。なぜなら、電気自動車は走行時には排気ガスを出さないが、電気を供給する課程では相当のCO2を排出するからだ。

マツダはこれまでも水素ロータリーの試作車をつくり、デミオEVを生産・リース、またアクセラのハイブリッド車を製品化するなど、クルマの環境性能を追求してきている。とはいえ、ここにきて、政策面、技術開発面両方での急激な世界的な“電動化”への対応に拍車をかけてきた。

マツダの小飼雅道社長は、今年8月、「サステイナブル“Zoom−Zoom”宣言2030」を発表するにあたり、「世の中が求める環境性能の要求に対して、“マルチソリューション”で応える」と語っている。今回の試乗会でも、同じ趣旨の発言が聞かれた。

■技術開発で優位に立つことが生き残りの条件

マツダの製品開発姿勢は、以前から一貫して「理詰め」だ。だが多くの消費者は「電気自動車のほうが環境にやさしい」と受け止めている。そうした中で、トータルでCO2を考えてその最適解を持つクルマを使うべき、という主張を伝えるのは生易しいことではない。

実は、この時期に試乗会を開催したのは、そうした主張を届けるためだったとも考えられる。試作車の発売は、まだ1年以上先だ。だが同じようにマツダは2010年の10月、最初のスカイアクティブ技術のときにも発表を先行させた。実際の製品である「CX−5」を発売したのは、技術を公開してから1年4カ月後の12年2月だった。消費者に主張を届けるには、それだけの時間が必要ということだろう。

ただし、もうひとつ別の見方もできる。それは次世代エンジンの開発が当初の計画よりも遅れているのかもしれない、というものだ。

2015年4月の時点では、翌16年4月から19年3月までの3年間の幅で 次世代エンジンを市場投入すると語っていた。しかし、当該期間のほぼ半分を過ぎた今年8月のプレゼンテーションでは、市場投入は当該期間の最後の四半期19年1月から3月の間、と特定された。なんとか間に合わせたとは言える、のかもしれないが、遅れているという印象は否めないだろう。

試作車の公開は、こうしたイメージを払拭する狙いがあったのではないだろうか。新技術を公表することで、付加価値のある製品をつくる力があることをアピールできる。

付加価値とはどういうものか。試乗会で小飼社長はこう語った。

「電気自動車、ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、なんであっても、新しい技術を搭載したことを理由にしてお客さまにそのコスト負担をお願いするということはしたくない」

先端的な技術を投入した競争力のある製品を、これまでと変わらない価格で販売する。マツダは競争力の源泉をそこに求めている。マツダは技術開発で常に優位に立つことで、電動化の時代にも生き残ろうとしている。

(ジャーナリスト 宮本 喜一)