いまやCDよりライブの売上高のほうが大きい

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■「音楽不況」は間違い、ライブ市場は3倍超

大みそか恒例の『NHK紅白歌合戦』(以下、紅白)。昨年11月24日に出場者が発表され、「当落」が大きな話題になった。「話題」にはなったが、その実状はどうだろう。音楽CDの市場は縮小を続けている。ヒットチャートは知らない歌手ばかり、「最近のヒット曲って何?」と聞かれてもピンとこないという人も多いはずだ。それでも「紅白」は40%前後の視聴率を記録している。

「音楽不況」という言葉が喧伝されて久しいのに、なぜ「紅白」は話題を集めるのか。実はその問いは「前提」を間違えている。今は決して「音楽不況」の時代ではないからだ。

たしかに音楽CDの市場規模はピーク時の半分以下になっている。日本レコード協会によると、1998年の生産金額は5879億円(シングル・アルバム合計)だったが、2015年には1801億円にまで落ち込んでいる。

しかしその一方で、ライブやコンサートの市場はこの10年で3倍以上に拡大している。コンサートプロモーターズ協会によると、会員社の05年の総売上高は1049億円だったが、15年は3186億円で、CD市場を大きく上回っている。このため人気のある歌手ほど公演のチケットが取りづらくなっており、人気歌手が勢揃いする「野外フェス」は年々規模を拡大させている。

2016年は「チケット高額転売問題」も取り沙汰された。悪質な業者が人気公演のチケットを買い占め、転売サイトで価格を吊り上げている。こうした問題が注目されるのも、ライブやコンサートに対する需要が、かつてなく高まっているからだ。

さらに、音楽の買い方も、「1枚単位」から「月額単位」に変わりつつある。国際レコード産業連盟(IFPI)によると、定額制の音楽配信サービスによる収益が寄与し、15年には世界全体の音楽ソフト市場が17年ぶりに回復基調となっている(※1)。日本でも各社が配信サービスを提供しており、16年9月には世界最大手の「Spotify(スポティファイ)」が日本でのサービスを始めた。

つまり「売れない」のはCDというパッケージだけで、ポピュラー音楽に対する興味や関心自体は失われるどころか、むしろ高まっていると言えるわけだ。

これまでは「モノ」を通じて、情報を受け取ったり、共感を味わったりするのが当たり前だった。だからこそ、パッケージの制作と流通に携わることが、コンテンツビジネスの基盤となった。しかし、今、多くの人々は「モノ」より「体験」を求めている。ライブやコンサートでは、音楽を聴くだけでなく、一緒に行った友人や同じアーティストのファン同士で時間と空間を共有することができる。そこでの一体感は「モノ」では得られない。

こうした潮流は音楽だけではない。たとえばプロ野球では、テレビ放送の視聴率は奮わないが、球場での観客動員は増えている。音楽も、スポーツも、「イベント消費」が主軸になっているわけである。

そうした事実を踏まえると、ここ数年の年間高視聴率番組の1位が「紅白」もしくは「W杯サッカー中継」となっているのは象徴的な事実と言えるだろう。どちらも「生放送」であり、視聴者は一体感を得られる。たとえばツイッターをチェックしながら観ていれば、ほかの視聴者と番組の感想を共有できる。ライブの疑似体験ができるわけだ。

「紅白」の番組内容や構成、演出も、こうした近年のエンタテインメント消費の構造変化に合わせた進化を果たしている。最大の特徴は、「歌を聴かせる」だけの番組ではなくなってきていることだろう。音楽だけでなく、その年のエンタテインメントやカルチャーの話題を総ざらいするような構成になっている。

たとえば13年には、連続テレビ小説『あまちゃん』にからめた特別コーナーが展開され、小泉今日子や薬師丸ひろ子が劇中の登場人物として「紅白」の舞台に立った。14年は大ヒットした映画『アナと雪の女王』が大きく取り上げられ、イディナ・メンゼルと神田沙也加が主題歌「レット・イット・ゴー」を歌った。15年には嵐と『スター・ウォーズ』の新作がコラボレーションをした。

16年も話題性重視の傾向は続いている。映画『君の名は。』の大ヒットにより、主題歌「前前前世」を手掛けたRADWIMPSが初出場。さらに約5年ぶりに音楽活動を再開させた宇多田ヒカルが、連続テレビ小説『とと姉ちゃん』の主題歌で初出場。また、ネット動画が世界中で話題になったピコ太郎も登場した。

一方、常連の大物歌手は、少しずつラインアップから外れている。13年には北島三郎、15年には森進一が“勇退”を宣言。16年は細川たかしが出場を辞退し、和田アキ子が不選出となった。NHKはかねてから選考基準として「今年の活躍」「世論の支持」「番組の企画・演出意図に合致するか」の3点を挙げている。その中でも近年は特に「今年の活躍」が重視されており、そのことが大物歌手の不出場の背景にある。

ちなみに、演歌というジャンルでも世代交代は進んでいる。三山ひろしや山内惠介などの若手歌手は継続して出場し、初出場する市川由紀乃は4月発売のシングル「心かさねて」で9万枚を売り上げた実績をもつ。過去の貢献や知名度よりも、「今年の活躍」を重視したのだろう。

16年11月、私は『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)という本を書いた。その論旨は以下の通りだ。かつてのような「世代を超えた国民的ヒット曲」は、今の時代には存在しない。しかし、ヒット曲がなくともアーティストは長くキャリアを重ね、ライブを主体に活動を続けることができるようになっている。それによって音楽シーンは多様化が進み、アイドル、アニメ、ロック、演歌など、それぞれのジャンルで熱狂的な人気を誇る歌手がいる。今の日本の音楽シーンは、とても面白い――。

そうした前提で考えると、最近の「紅白」は、コアなファンを多く抱える各ジャンルの歌手を網羅した、いわば「日本のポップカルチャーの見取り図」として機能しているといえる。出場者の一覧を見て、知らない名前があるのも不思議ではない(※2)。「紅白」の番組構成は、「世代を超えたヒット曲」の存在しない現在の音楽ビジネスの構造変化に対応したものになっているのだ。

ただ、16年の紅白には、一つだけ大きな問題があった。年末での解散を発表したSMAPが出場を辞退していることだ。彼らの代表曲『世界に一つだけの花』のCD購買運動が起こるなど、SMAPの解散を巡る騒動は16年のエンタテインメントにおける最大のトピックだった。それだけでなく、90年代、00年代、10年代を通して「時代の顔」であり続けたグループであっただけに、不出場は残念でならない。

注1:IFPI Global Music Report 2016(12th April 2016)http://ifpi.org/news/IFPI-GLOBAL-MUSIC-REPORT-2016
注2:第67回NHK紅白歌合戦の出場歌手は、紅白あわせて46組。初出場は紅組が5組、白組が5組。これまでの対戦成績は紅組30勝、白組36勝だという。http://www.nhk.or.jp/kouhaku/artists/

(音楽ジャーナリスト 柴 那典=答える人)