(右上)広々とした客室(左上)ジャグジー風呂。(右下)大阪・十三にあるホテルファインの外観はラブホテルそのもの。(左下)フロント前には外国客の寄せ書きボードも。(下グラフ)外国客の急増で急伸するホテルファインの経営指標

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いまや国内の宿泊施設を利用する10人に1人は外国客という時代。そのボリュームゾーンは、ミドルクラスであり、シティホテルよりも、安価でサービスの充実した宿泊施設を自分で探す。そこで人気沸騰なのが……。

昼下がりの大阪・十三のラブホテル街――。大きなキャリーケースを引きながら、1人の若いブロンド女性が吸い込まれていく。一見、場違いにも思えそうだが、いまやこの界隈では見慣れた光景となっている。彼女が向かう先は、関西を中心に47店ものレジャーホテルをチェーン展開する「ホテルファイン」の十三店だ。

「2011年に自社のホームページを立ち上げて、ネット予約を始めました。当日受け付けのウオークインが基本のこの種のホテルで、予約を取ることは機会損失につながりかねず、大きな賭けだったのです」と語る運営会社・レジャー計画の関則之会長の決断は、予想外な展開を呼び込む。HPを見たエクスペディアなどの予約サイトから問い合わせがあり、登録を決めると海外からの予約が入り始めたのだ。

ホテルファインは歓楽街や郊外のロードサイドに立地し、風俗営業法が適用されるラブホテルと同等の機能やサービスを提供しているが、実はシティホテルと同じ旅館業法の管轄。カップルだけでなく、女子会やビジネスマンの出張にも利用される、豪華設備と至れり尽くせりのサービスが売りだ。

客室を見せてもらうと、シティホテルのスイートルーム並みの40平方メートルの室内には100インチのプロジェクタースクリーンと6台のスピーカーが装備され、映画が無料で楽しめてカラオケもできる。ジャグジー風呂にマッサージチェアも揃う。24時間対応のルームサービスは800円の朝食のトーストセットをはじめリーズナブルで、利用頻度が高い。

「外国客には日本人のようなラブホテルに対する固定観念はなく、価格とスペック、サービス内容で宿選びをします。特に客室が広くカップルやファミリー利用に適していることが喜ばれています。外資系ラグジュアリーホテルをも凌駕する客室なのに、宿泊料金はシーズンオフなら1泊1万円を切ることなどが優位に働いているようです」

そう語る関会長のもとには、他のホテルから外国客誘致の相談が多数寄せられている。それもそのはずで、実績が凄い。8割を外国客が占めるネット予約での平均単価は今年4月単月で過去最高の1万7485円に達し、同月のネット予約での売上高も1億781万円と大台を突破した。トップシーズンの桜の時季に京都の店では、1室当たり4万〜5万円の宿泊料金でも満室になったそうだ。

■ドヤ街・西成にある稼働率90%の施設

いま、日本のホテル業界は空前の好況に沸いている。14年の訪日外国人旅行者数は過去最高の1341万人。円安などの影響で、今年も昨年を上回るスピードで増えている。2月の中国の春節の際には、中国人観光客による“爆買い”が話題になったことも記憶に新しい。国内の宿泊施設を利用する10人に1人は外国人なのだ。

その結果、大都市圏や人気観光地のホテルの客室稼働率は軒並み上昇。とくに国内の人気観光地を結ぶ「ゴールデンルート」の西の玄関口となる大阪は、もともとホテルの客室が不足気味で、14年のシティホテルの客室稼働率は88.9%と全国一。そうしたことを背景に、海外から予約が殺到するユニークな宿泊施設が、もう1つある。

観光スポット「新世界」の最寄り駅でもあるJR大阪環状線新今宮駅で降りると、通りをはさんで街の雰囲気が一変する。建設労働者が集まる“ドヤ街”として知られる西成区あいりん地域だ。その一角にかつて労働者のための簡易宿泊所だった「ビジネスホテル来山北館」が立つ。毎朝、お土産が詰まった段ボール箱を両手に抱えたアジア系の若者や、バックパックを背負った欧米系の旅行者が、その来山北館から次々と出てくる(写真参照)。

和室、洋室ともに3畳間が基本だが、リノベーションされた室内は清潔で、オランダから来た高齢の旅行者も「気に入った」という。共同とはいえ浴場もある。昔は不要だった女性専用フロアも設けている。運営しているホテル中央グループの山田英範社長は「国内客と外国客の割合は半々ですが、外国客のほうが和室を好む傾向が強いようです」と笑いながら話す。

ホテル中央グループは、来山北館のほかに5つの同様のホテルをあいりん地域内で運営し、合計の客室数は約720にもなる。一番の売りは、全室Wi-Fi完備でシングル1泊2500円前後という圧倒的な低価格だ。

バブル崩壊以降、労働者を取り巻く環境が変わり、あいりん地域の宿泊客は激減。03年に家業を引き継いだ山田社長は、外国客向けのゲストハウスに業態転換を始める。HPを多言語化し、ホテルファインと同様に予約サイトに登録。さらにロビーの改修などを進めると、外国客が訪れるようになった。「客室稼働率は平均90%台をキープしています」と山田社長はいう。

■欧米系とアジア系で分かれる人気エリア

ここで、ゴールデンルートの東の玄関口に当たり、20年の五輪開催を控える東京のホテル業界の動向に目を転じたい。まず、話題になっているのが外資系ラグジュアリーチェーンの展開で、14年6月に虎ノ門ヒルズにハイアット・ホテルズ・コーポレーションが「アンダーズ東京」を、同年12月には大手町タワーにアマンリゾーツが

「アマン東京」を開業した。いずれも、日本初進出の高級ブランドである。

結果、05〜07年にかけて勃発した“第2次ホテル戦争”に続く“第3次ホテル戦争”を仕掛けられた形の国内シティホテルでは、老舗のホテルオークラ東京が本館の全面改装を行い、19年に再開業する計画だ。また、星野リゾートが16年に大手町で、「日本旅館」のコンセプトを掲げる「星のや東京」の開業を予定する。同社の佐藤大介マーケティング総括は「国際的な高級ホテルと同列の価値を発信する潜在力が日本旅館にはあります」と語り、「玄関で靴を脱ぐくつろぎ」をどう伝えるのか、注目されている。

しかし、それら外資系の特徴の一つは、高品質のサービスを提供するために客室数を絞り込んでいること。アマン東京はわずか84室だ。急増する訪日外国人の客室不足の解消にはつながらない。それに彼らのボリュームゾーンを占めるのはミドルクラスで、国内シティホテルの客層とも違う。

実は、そのミドルクラスの市場動向にいま最も精通しているのが、ホテル予約サイトなのだ。ホテルファインや来山北館の例を見てもわかるように、ミドルクラスの大半は予約サイト経由。とりわけ06年11月に日本法人を開設したエクスペディアは、米国発の世界最大のオンライン旅行会社。日本参入の狙いは日本人の海外旅行市場だったが、「ここ数年、海外からの国内ホテル予約が増えています」と話しながら木村奈津子マーケティングディレクターが、面白いデータを見せてくれた。

それが「東京都心部の国別人気宿泊エリアマップ」(図参照)。東京の南半分(東京駅周辺、銀座、赤坂、渋谷)は欧米客に人気で、北半分(新宿、池袋、上野、浅草)はアジア客に人気がある。お国が違えば、好みのエリアも違ってくるらしい。しかし、国を問わず最も人気のあるのが新宿なのだ。

また、エクスペディアは14年に自社サイト経由で外国人旅行客の予約件数が多かった宿泊施設を、「ホテル」部門と「ホステル・ゲストハウス・旅館」部門に分けてランキングした。すると、前者で「ホテルサンルートプラザ新宿」が、後者でも「新宿区役所前カプセルホテル」が1位になった。

(中村正人=文 熊谷武二、加々美義人、南雲一男=撮影)