1972年2月14日、当時20歳で京都産業大学の学生だった駿河学青年は、上方落語の六代目笑福亭松鶴に入門した。駿河青年が「鶴瓶」という芸名を松鶴からつけてもらったのはそれから間もなくのこと。「『鶴之』か『鶴瓶』かどっちにする?」と師匠に聞かれて、「『鶴瓶』でお願いします」と選んだのだった。『青春の上方落語』(小佐田定雄編)で鶴瓶本人が語るところによれば、このあとの話が面白い。《「よっしゃ、二階に『落語家系