豊臣秀吉には、正妻・寧々のほかに複数の別妻がいた。歴史学者の黒田基樹さんは「秀吉の嫡男を産んだのは、別妻の茶々だった。それは、彼女が信長の妹・お市の方の娘だったからだ」という――。※本稿は、黒田基樹『お市の方の生涯 「天下一の美人」と娘たちの知られざる政治権力の実像』(朝日新書)の一部を再編集したものです。淀殿(茶々)と豊臣秀吉(写真左=奈良県立美術館収蔵/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons、右=高台寺