太平洋戦争末期、徳島県つるぎ町貞光の真光寺には大阪市の南恩加島小学校から男子児童29人が集団疎開していました。しかし、1945年1月29日午後9時ごろ、本堂が突然の火事に見舞われ、逃げ遅れた児童16人が亡くなりました。この痛ましい出来事と戦争の悲惨さを語り継ごうと火事の翌年、境内に十六地蔵が建てられ毎年、法要が営まれています。悲劇から80年目の29日、地元の住民や貞光小学校の児童ら約200人が真光寺を訪れ亡くなった