大胆な組織変革案の撤回に潜む改革側のシナリオの裏を読む。これは政治ショーの楽しみ方でもありますし、企業での改革シナリオ作りの参考にもなります。

政府・与党が、農協改革において規制改革会議が打ち出していた「全中の廃止」案を撤回する方針を固めたようです。政府の成長戦略の柱の一つとして打ち出した農協・農業改革の目玉でしたが、公明党の了承を得た自民党案では、全中(全国農業協同組合中央会)を廃止することは見送られ、各地の農協に対する全中の指導・監査権限については具体的な変更は盛られなかった、との報道が昨日ありました。

規制改革会議が「全中の廃止」という大胆なテーマを含む改革案を5月に打ち出したときには、世間の反応は概ね2つに分かれました。「ここまで思い切ったことを掲げるからには政府は農協改革に本気だし、政高党低の力関係から可能だと考えているのだろう」というのと、「JAグループが猛反発するのは目に見えているから、自民党政権にはどうせできやしない」というものでした。実際、JAグループとの利害関係が少なからずある、地方に住む小生の友人数名の意見は真っ二つに分かれていました。

「全中の廃止」が仮に実現すると、2つの大きな効果が見込まれました。まず政治的には、大きな圧力団体であるJAグループの政治的司令塔がなくなるため、政府が目論む農業改革がスムーズに進めやすくなると期待されました。特にコメなどの価格引き下げを進めるには必須とまでいう人もいました。そして経済的には、JAグループの巨大なオーバーヘッドが縮小することで、個別農協からの「上納金」(賦課金)が減り、JAの供給する肥料や農薬などの割高感が抑制されると期待されました。つまりニッポン農業の最大の欠点である高コスト体質の改善にかなり貢献すると考えられたわけです。

しかし予想通りというか、この案は全中の猛反発を受けて、「選挙が持たない」と慌てた自民党の農林族の巻き返しにより撤回された格好です。これにより農協改革全体が骨抜きになるのではないかと心配する向きもあります。全中廃止がなくなった今、全中の指導権限を縮小するのか、賦課金制度を透明化し抑制できるのかが、この後の農協改革の焦点になるとみられています。

しかし小生はこの一連の農協改革の政治的攻防を見ていて、少し違った見方をしています。政府側は反発の矛先を組織改革だけに向けさせて、他の改革案を実質的に飲ませることにまんまと成功したのではないか、と考えます。

実際、規制改革会議が挙げた改革案のうち、「農業生産法人への企業の出資制限を25%以下から50%未満に拡大する」案については自民党も了承しました。これは結構重要なもので、民間企業が農業分野に進出することを後押しし、将来は50%超に緩和するためのステップともなりそうです。

さらに「農業委員会委員の選挙制をやめ、市町村長の選任制に変える」という案についても、市町村議会の同意を条件に飲ませることに成功しています。これにより、首長さえ改革に前向きであれば農協の影響を排除できるため、農地集約などを進めやすくなります。

「全農を株式会社に転換する」という案については「前向きに検討」という官僚の得意な玉虫色の表現なので、政権と党の力関係次第でどうとでも変わりそうです。これが実現すれば、全農という商社機構に対し、取締役会などを通じて政府のガバナンスを効かせようという腹でしょう。

つまり政府側は、JAグループが最も反発する組織改革テーマを見せ球にして、そちらに関心を集中させ、それ以外のテーマで「実」を取ったのではないかと思えるのです。もしかするとさらに、「全中廃止」案を引っ込める代わりに、TPP交渉での思い切った対米譲歩を認めさせたのかも知れません。

実は小生も過去、幾つかのクライアント企業でのプロジェクトで、構造改革を支援するコンサルタントチームの責任者として、似たような手を使ったことがあります。いずれの場合も、社長の社内における権力基盤が十分でないための苦肉の策でした。素のままの改革案だけを持ち出しても、反対派から色々と難癖を付けられて「値切られて」しまう可能性が高かったため、「見せ球」として大胆な組織変更を持ち出したのです。案の定、反対派の関心は自分たちの本丸である組織を守ることに集中し、それ以外の実質的な改革内容についてはあっさりと条件つき同意に応じてくれました。

但し、この手には良い点と悪い点が同居しています。良い点は、意外と簡単に「条件闘争」に持ち込める点です。多くのどっちつかずの人は「お手並み拝見」とばかりに様子見を決め込むので、改革賛成派が早く動いて実績を上げていけば、改革賛成ムードは一挙に拡がります。

悪い点は、「見せ球」を途中で引っ込める代わりに「条件闘争」に持ち込むやり方は、そう何度も使えないことです。そのうちに反対派も「ああ、この部分は見せ球だな」と学習しますので、こちらが狼少年になってしまいます。その間に改革の実績が上がっていないと、逆に様子見派の信頼を獲得できずに離反されるリスクが高まります。

つまり、改革を仕掛ける政権側は、既に獲得した改革テーマ(農協改革に限りません)で早急に結果を出し、それにより次の改革の推進力につなげる必要があるのです。さもないと政権は段々求心力を失い、足元を見る反対派から色々な場面で「値切り」交渉的な条件闘争を強いられ、いずれ実質的には日々の改善活動に格下げされかねないのです。

さて、安倍政権はこのあと年末に向け、具体案を固める過程でさらに後退を強いられるのか、それとも踏み留まって巻き返しを図るのか、見ものです。同時並行的に、その他の成長戦略でアベノミクス景気を持続させる成果を上げられるのかが、この農業・農協改革も左右することは、既に述べた通りです。

TPPによる大嵐がやってくる前に農協改革を着実に進めておくことは、ニッポンの農業の生き残りと再生にとっての重要な必要条件の一つです。同時に、「外から仕掛ける」組織改革の見本でもあります。注目する価値は十分ありそうです。