「長寿村地域」として研究者の間では早い時期から注目されていたが、一躍注目されることになったきっかけが、1991年に国際自然医学学会で巴馬地区における「長寿現象」が報告されたことだった。同話題が報道されると、多くの観光客が「長寿」にひかれて巴馬地区を目指すことになった。

 特に2005年を過ぎたころから、狂騒ぶりがエスカレートした。06年に巴馬を訪れた観光客は延べ11万人だったが、2013年には263万人に達した。長寿村として「持続可能」な観光客受け入れの限界をはるかに超えていた。乱開発や環境汚染が発生した。

 市街地を流れる巴馬河の水はかつて「人々が、直接飲んでいた」という。今では、「きたなくて、飲む気になる人はいない」状態だ。

 古くて素朴な民家が並んでいた坡月村地区は一躍、「観光スポット」になった。しかし、街並みの保存策がとられるよりも早く、ビル建設の波が殺到した。「隣のビルの壁に手を伸ばせば届く」ほどの密集ぶりという。

 1階の多くは商店だ。道に面した商店のガラス壁には「保健薬」、「長寿食品」、「健康機器」の広告が、べたべたと貼られている。道には露天商がずらりと並ぶ。調和のとれた街並みを見渡すだけですがすがしい気分になった、あの「古きよき巴馬」、は地上から姿を消した。

 100歳以上の高齢者も「経済発展」に駆り出されるようになった。家の前に椅子を置いて座っている。すると、観光客が「記念撮影」を求める。応じれば、チップが収入となる。多くの高齢者は、以前のように労働にいそしむことがなくなった。

 当局も、遅ればせながら危機感をつのらせるようになった。共産党巴馬県委員会トップの奉海峰書記も「永遠の第1優先事項は、生態環境の保護だ。インフラ建設はその次。長寿食品の加工業などは最後だ」と述べた。

 巴馬県は汚染源になっているとして、澱粉(でんぷん)工場を「涙を飲んで」閉鎖させた。生産停止命令、期限付き改善命令、移転命令の対象となった、企業は計23社に及ぶ。同時に、環境汚染を引き起こす性格がある企業の進出は受け入れない方針だ。

 県はさらに、ごみ処理施設や、河川岸の緑化に力を入れている。産業としては、豊富な地下水を利用したミネラルウオーターの生産施設建設を進めている。(編集担当:如月隼人)