電子書籍は本当に儲かるのか?いや、出版社を救うものにはならない。えー!? でも、漫画家個人を救うことにはなりえる。実体験を元に描いた鈴木みそ『ナナのリテラシー』は、過渡期にある今、喝を入れる作品。

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「結論から言えば、電子書籍が出版社を救う可能性は、ほぼありません」

えー!
夢も希望もないね……。

これは、鈴木みそ『ナナのリテラシー』(Kindle版)の一文。
電子書籍は確かに伸びている。でも出版全体の売上の4%程度の電子書籍がちょっと伸びても、毎年7%から8%落ちている出版業界は支えられない、と作中では語ります。
あまりにも厳しい。

作者の鈴木みそは2013年、出版社を通さないセルフ出版の電子書籍で、印税900万円儲けています。詳しくはこちらのインタビューで。
『マスゴミ』の衝撃、電子書籍の赤裸々マーケティング。鈴木みそに聞く1(エキサイトレビュー)
その実体験を、凄腕コンサルタントと女子高生を語り部にして描きました。

鈴木みそは、自分で「カルト作家」枠だと言っています。一部根強いファンはいる。けれどジャンプ作家のようにバカ売れするわけではない。無名ってわけでもない。すごい微妙な位置です。
ぼくは「過去の本が手に入りづらい系作家」と考えています。
もしこのまま、出版社の紙媒体で、今まで通り描き続けていたら。
出版業界全体が落ち込んでいるんだもの、どん底に行くしかない。

「すべて人任せで何も決めて来なかった。考えることさえしなかった」「それは奴隷ですよ?」
中堅漫画家である自分に、作中のキャラは問いかけます。
今は、漫画家が自分で鎖を断ち切って、漕ぎだすべきときだ。

その一つの手段としてあげられたのが、「個人で出す電子書籍」。会社単位の考え方から切り離すことからスタート。
まず、なんでもかんでも電子書籍化すればいいわけじゃない。
端末を買うのが好きで、新しいものに積極的。お金がある。本を読む。
これは30代から40代。この層を狙う。
必要なのは、電子書籍データの作成テクニックと、出版社から電子書籍化の権利を取り戻すこと。

宣伝も自らしなければいけない。
ブログの更新、Twitter、Facebook。
多少の煽りも必要。サービスとして1巻が100円、みたいなディアゴスティーニ形式も考えよう。
全部、責任をもって漫画家がやらなければいけない。

売れ線の電子書籍化の話はしていません。
「電子書籍は、よりマイナーな……カルトな作家を救います」
カルト漫画家が、「出版社」になる話です。

にしても、なぜルポ漫画が得意な作者が、あえてフィクションという形式を取り、自分を「鈴木みそ吉」なんてキャラにしたのか。『銭』のように、フィクションにすることで「書いちゃってもいい」免罪符にした部分もありますが、それだけではないようです。
一つはあとがきにあるように、虚と実が混じりあうように、紙と電子書籍が混じりあえばいい、という思いから。
そしてもう一つ。作中で、ヒロインの少女・七海が鈴木に水をぶっかけるシーンがあります。どん底なのがわかっているのに、リスクが大きいと逃げ腰になる鈴木。チャレンジしないでどうすると、厳しく叱咤する少女。
自分に、作家に、出版社に、読者に入れる。七海という仮想のキャラが必須だったのです。

え、漫画家がみんな独立したら、出版社の方の未来ないんじゃないのかって?
それは読んでみてのお楽しみ。

この『ナナのリテラシー』一巻も、Kindle版の出版社名は「鈴木みそ; 1版」。紙媒体の方は「ビームコミックス」になっています。
あとはぼくらの選択ですね。
さあ、どちらを買うか。

鈴木みそ『ナナのリテラシー』
Kindle版
(たまごまご)