最後のクリスマスプレゼント/純丘曜彰 教授博士
/子供を卒業するジャンニは、最後のクリスマスプレゼントの願いを探しに旅に出た。だが、どこにも理想の国などなかった。/
ジャンニは手紙をもらった。サンタクロースからだ。きみももう大きくなった。次が最後のプレゼントだ。何を願うか、よく考えて返事をくれ。ジャンニは迷った。それで、何を願うべきか考えるために、遠く旅に出た。
春、ジャンニは東の国に着いた。若者の都会。ジャンニは学校に行き、多くを学んだ。人より多く学ぶこと。そのためにジャンニは人一倍、努力した。だが、人もまたみな、だれもが努力していた。毎日、脱落の恐れに苛まれた。だから、ジャンニは、サンタクロースに、だれにも負けず努力ができるように願おうと思った。しかし、ついには無理が祟り、体を壊し、ジャンニは、そこから追い出された。
夏、ジャンニは南の国に流れ着いた。大人の楽園。青い海と白い浜。東の国の青白い連中が次々と休暇にやってくるので、適当に歌って踊って遊んでいれば、仕事に困ることもない。ステーキとアイスクリームに明け暮れる毎日。ジャンニは、サンタクロースに、こんな毎日が永遠に続くように願おうと思った。だが、ある日、嵐が来た。娯楽も食物も流されて無くなった。代わりに武器を渡された。敵が来る、戦って楽園を守れ、と言われた。恐ろしくなって、ジャンニは、そこから逃げ出した。
秋、西の国、老人の町。ここでは働く必要も無かった。東の国や南の国から、日々、膨大なカネが送られてくるからだ。だから、みな毎日、ただカネを使う。買物と旅行、買物と旅行。しかし、ただ一つ、ルールがあった。町並も、生活も、なにひとつ変えてはいけない。買っては捨てる、買っては捨てる。テレビも映画館も、同じ作品を流し続ける。歌も、本も、同じ歌、同じ本しか無い。人が死んでもいけない。だから、死人が目を閉じる前に、相続人たちがベッドの横に群がり、棺桶の中のカネを奪い合って、二世だ、三代目だ、と、襲名を争う。ジャンニも、サンタクロースに、なにかいい相続が転がり込んでくるように願おうと思った。ところが、この町では、ジャンニの方が、まだ生きているうちから棺桶に放り込まれた。
まだ働ける。ジャンニは思った。しかし、彼が迷い込み、たどり着いたのは、北の国、絶望の荒野、虚無の強制収容所。作業療法、社会復帰の名の下に、全員が働かされる。だが、すべてがムダ。表土は凍てつき、雑草さえ枯れる。耕しても、明日には跡も残らない。他の人々と同じように、ジャンニもサンタクロースに願うことにした、もう早く死なしてください、と。やがて心は混濁し、なにも考えることはできなくなっていった。
ジャンニは目を覚ました。懐かしい自分の部屋だ。だが、なにかが違う。暗い中、鏡を見る。顔一面の白い髭。伸びたままの白い髪。彼は、もう老いていた。旅が長すぎたのか。窓の外を見る。もらったばかりのプレゼントを持った子供たちが走り回っている。クリスマスの朝のようだ。結局、なにをサンタクロースに願うのか決められないまま、自分は最後のクリスマスを終えてしまった、とジャンニは後悔した。
しかし、机の上にはプレゼントの箱があった。リボンにカードが挟まっている。きみの返事が無かったので、私がきみに贈りたいと願っていたものを受け取ってくれ、と書かれていた。中を開ける。赤いサンタクロースの服。キャンドルとマッチ。ジャンニは、思った。来年からは、自分が子供たちのサンタクロースになろう、ここに、もっと素敵なクリスマスの国を作ろう、と。
by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka 純丘曜彰教授博士
(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。
ジャンニは手紙をもらった。サンタクロースからだ。きみももう大きくなった。次が最後のプレゼントだ。何を願うか、よく考えて返事をくれ。ジャンニは迷った。それで、何を願うべきか考えるために、遠く旅に出た。
春、ジャンニは東の国に着いた。若者の都会。ジャンニは学校に行き、多くを学んだ。人より多く学ぶこと。そのためにジャンニは人一倍、努力した。だが、人もまたみな、だれもが努力していた。毎日、脱落の恐れに苛まれた。だから、ジャンニは、サンタクロースに、だれにも負けず努力ができるように願おうと思った。しかし、ついには無理が祟り、体を壊し、ジャンニは、そこから追い出された。
秋、西の国、老人の町。ここでは働く必要も無かった。東の国や南の国から、日々、膨大なカネが送られてくるからだ。だから、みな毎日、ただカネを使う。買物と旅行、買物と旅行。しかし、ただ一つ、ルールがあった。町並も、生活も、なにひとつ変えてはいけない。買っては捨てる、買っては捨てる。テレビも映画館も、同じ作品を流し続ける。歌も、本も、同じ歌、同じ本しか無い。人が死んでもいけない。だから、死人が目を閉じる前に、相続人たちがベッドの横に群がり、棺桶の中のカネを奪い合って、二世だ、三代目だ、と、襲名を争う。ジャンニも、サンタクロースに、なにかいい相続が転がり込んでくるように願おうと思った。ところが、この町では、ジャンニの方が、まだ生きているうちから棺桶に放り込まれた。
まだ働ける。ジャンニは思った。しかし、彼が迷い込み、たどり着いたのは、北の国、絶望の荒野、虚無の強制収容所。作業療法、社会復帰の名の下に、全員が働かされる。だが、すべてがムダ。表土は凍てつき、雑草さえ枯れる。耕しても、明日には跡も残らない。他の人々と同じように、ジャンニもサンタクロースに願うことにした、もう早く死なしてください、と。やがて心は混濁し、なにも考えることはできなくなっていった。
ジャンニは目を覚ました。懐かしい自分の部屋だ。だが、なにかが違う。暗い中、鏡を見る。顔一面の白い髭。伸びたままの白い髪。彼は、もう老いていた。旅が長すぎたのか。窓の外を見る。もらったばかりのプレゼントを持った子供たちが走り回っている。クリスマスの朝のようだ。結局、なにをサンタクロースに願うのか決められないまま、自分は最後のクリスマスを終えてしまった、とジャンニは後悔した。
しかし、机の上にはプレゼントの箱があった。リボンにカードが挟まっている。きみの返事が無かったので、私がきみに贈りたいと願っていたものを受け取ってくれ、と書かれていた。中を開ける。赤いサンタクロースの服。キャンドルとマッチ。ジャンニは、思った。来年からは、自分が子供たちのサンタクロースになろう、ここに、もっと素敵なクリスマスの国を作ろう、と。
by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka 純丘曜彰教授博士
(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。