対照的な「対等合併」ケースにみる経営戦略(前編)/日沖 博道
今年は日本企業が絡む、注目すべき2つの国際的合併ケースが発表された。東京エレクトロンと米アプライドマテリアルズ、森精機と独ギルデマイスターだ。そのアプローチは対照的だが、どちらも「対等合併」を目指し、関係者が熟慮したことが窺われる。前者の組み合わせにおいては、特にその戦略性に注目したい。
半導体製造装置メーカー、第3位の東京エレクトロン(TEL)が第1位のアプライドマテリアルズ(AMAT。米国)と経営統合することを9月に発表した。売上は単純合計で約140億ドルになり、その市場シェアは一挙に25%超となる。第2位のオランダ・ASMLの約2倍である。ダントツの巨人が業界にいきなり出現することになるわけで、こんな例は過去にもあまりない。古くは1907年に蘭ロイヤル・ダッチ石油と英シェル石油が合併してロイヤル・ダッチ・シェルが生まれた時、近くは2006年に蘭ミッタル・スチールがルクセンブルクのアルセロールを買収・合併した時ぐらいの衝撃的なケースではないか。
TELの東会長兼社長のインタビューによると、合併を持ち掛けてきたのはAMATで、昨年の12月だという。その後3ケ月ほど内部検討し、それから両社の交渉に入ったというから、約半年で合意、発表と進んだわけだ。こうした同規模大企業同士の経営統合では失敗例が多いだけに、意外なほど短期間で合意に至ったと思える。
W本社制、株式交換比率や新会社での役員比率などでTEL側の主張する「対等合併」を演出できるようにハードな交渉が進められたことは疑いないが、資本論理的に見れば、トップシェアのAMATが時価総額で劣るTELを呑み込む格好である。
ではなぜTEL側の経営者は「一国一城の主」の立場を捨てて、より大きな「グローバル超大企業」の一部となることを選んだのだろう。経営的に苦しい立場にあるわけでは決してない。むしろ業界内で圧倒的なパワーを持つ存在になることを戦略的に選択したのだと思う。経営ガバナンス改革などで日本企業の先陣を切ることを繰り返した同社ならではの判断であろう(この戦略性を気に入り、拙著「フォーカス喪失の罠」でも同社を採り上げたことが懐かしい)。
この合併の狙いの第一は、規模拡大による対サプライヤーへの交渉力増大であろう。両社は製品ラインのオーバーラップが少なく、合併による製品ラインの再整理が少なくて済む。つまり部品共通化などを進めれば調達規模を一挙に大きくすることが容易であるため、収益向上につながりやすい。
第二は対顧客、営業・サービス網の充実である。両社とも世界的なネットワークを持ってはいたが、得意先に偏りがあり、地域的にばらつきがあったのも事実。それが経営統合により、互いの得意先に製品を売り込む機会、サービス拠点が一挙に増える。当然、これからは伸びるアジアに重点的にサービス網を整備することになろうが、他社よりきめ細かい拠点配置を行い人数も充実させることで、「競争優位性」と「サービスで稼ぐ戦略」が両立する。
第三は、少々専門的だが、顧客の製造プロセスへの「ワンストップ・ショッピング」的食い込みができるようになる点だ。元々、半導体製造装置というものは各社固有の得意領域があり、その部分に絞った製造プロセスの改善を提案するのが普通だった。しかし広い範囲のプロセスを統合したりすることでより大きな改善ができるのも事実である。今回のような製品ラインのオーバーラップが少ない大合併が意味するのは、製造工程の大部分にわたる統合的な提案をできるベンダーが出現するということである。本格的なプロセス統合製品の開発・提供は1〜2年程度でできることではないのかも知れないが、確実に4〜5年以内には業界構造が激変しているだろう。
第四は、次世代チップの製造装置の開発投資負担に耐えられる体力である。スマホの普及で半導体製造装置への要求度はますます高くなり、精密度と歩留まりの高いツールが要求されている。そのための次世代技術(例えば「極紫外線」による焼き付け)の開発には巨額の費用が掛り、小さなメーカーから順に脱落していくと言われている。ちょうど環境技術投資の巨額さが一時、自動車メーカーの合併や資本提携のブームを後押ししたように、これが今回の経営統合の一つの重要要因になった可能性は高い。
以上のように主要因だけ挙げても、業界内においてこの合併のインパクトが大きく戦略的に重要な意味を持っていることが明らかだ。それだけで成功するといえるほど単純な話ではないが、この経営統合が考え抜かれたものであることは間違いない。
半導体製造装置メーカー、第3位の東京エレクトロン(TEL)が第1位のアプライドマテリアルズ(AMAT。米国)と経営統合することを9月に発表した。売上は単純合計で約140億ドルになり、その市場シェアは一挙に25%超となる。第2位のオランダ・ASMLの約2倍である。ダントツの巨人が業界にいきなり出現することになるわけで、こんな例は過去にもあまりない。古くは1907年に蘭ロイヤル・ダッチ石油と英シェル石油が合併してロイヤル・ダッチ・シェルが生まれた時、近くは2006年に蘭ミッタル・スチールがルクセンブルクのアルセロールを買収・合併した時ぐらいの衝撃的なケースではないか。
W本社制、株式交換比率や新会社での役員比率などでTEL側の主張する「対等合併」を演出できるようにハードな交渉が進められたことは疑いないが、資本論理的に見れば、トップシェアのAMATが時価総額で劣るTELを呑み込む格好である。
ではなぜTEL側の経営者は「一国一城の主」の立場を捨てて、より大きな「グローバル超大企業」の一部となることを選んだのだろう。経営的に苦しい立場にあるわけでは決してない。むしろ業界内で圧倒的なパワーを持つ存在になることを戦略的に選択したのだと思う。経営ガバナンス改革などで日本企業の先陣を切ることを繰り返した同社ならではの判断であろう(この戦略性を気に入り、拙著「フォーカス喪失の罠」でも同社を採り上げたことが懐かしい)。
この合併の狙いの第一は、規模拡大による対サプライヤーへの交渉力増大であろう。両社は製品ラインのオーバーラップが少なく、合併による製品ラインの再整理が少なくて済む。つまり部品共通化などを進めれば調達規模を一挙に大きくすることが容易であるため、収益向上につながりやすい。
第二は対顧客、営業・サービス網の充実である。両社とも世界的なネットワークを持ってはいたが、得意先に偏りがあり、地域的にばらつきがあったのも事実。それが経営統合により、互いの得意先に製品を売り込む機会、サービス拠点が一挙に増える。当然、これからは伸びるアジアに重点的にサービス網を整備することになろうが、他社よりきめ細かい拠点配置を行い人数も充実させることで、「競争優位性」と「サービスで稼ぐ戦略」が両立する。
第三は、少々専門的だが、顧客の製造プロセスへの「ワンストップ・ショッピング」的食い込みができるようになる点だ。元々、半導体製造装置というものは各社固有の得意領域があり、その部分に絞った製造プロセスの改善を提案するのが普通だった。しかし広い範囲のプロセスを統合したりすることでより大きな改善ができるのも事実である。今回のような製品ラインのオーバーラップが少ない大合併が意味するのは、製造工程の大部分にわたる統合的な提案をできるベンダーが出現するということである。本格的なプロセス統合製品の開発・提供は1〜2年程度でできることではないのかも知れないが、確実に4〜5年以内には業界構造が激変しているだろう。
第四は、次世代チップの製造装置の開発投資負担に耐えられる体力である。スマホの普及で半導体製造装置への要求度はますます高くなり、精密度と歩留まりの高いツールが要求されている。そのための次世代技術(例えば「極紫外線」による焼き付け)の開発には巨額の費用が掛り、小さなメーカーから順に脱落していくと言われている。ちょうど環境技術投資の巨額さが一時、自動車メーカーの合併や資本提携のブームを後押ししたように、これが今回の経営統合の一つの重要要因になった可能性は高い。
以上のように主要因だけ挙げても、業界内においてこの合併のインパクトが大きく戦略的に重要な意味を持っていることが明らかだ。それだけで成功するといえるほど単純な話ではないが、この経営統合が考え抜かれたものであることは間違いない。