褒めて伸せば、すぐ折れる/純丘曜彰 教授博士
/即応・強烈・確実な快楽は、そこに神経連関を形成する。しかし、承認欲求の快楽を応用した、褒めて伸ばす動物的な調教法は、短期的には絶大な効果があるものの、麻薬同様の褒美中毒を引き起こし、かえって人間としての真の自立教育を妨げる。/

 動物園や水族館でサルやイルカの芸当を見たことがあるだろう。知能の高さを展示するためのものだ、などというのは、動物愛護の連中に対する言い逃れ。芸当をやるたびに陰でこそこそエサをやっているじゃないか。しょせん畜生の浅ましさ。実際、知能なんか関係無い。ニワトリだろうと、同じやり方で踊らせられる。さまざまな偶然の行動の中で、特定のタイプの行動をとったときに根気強く褒美を与えると、なぜ褒美がもらえるかなんて頭ではわからなくても、体が覚える。そういう神経連関が形成されるから。

通称「トリプルP」、プレジャー・ペイン・プリンシプル(快苦原理)。人間もしょせん畜生と同じで、ヘドニック・カリキュラス(安楽計算)で動いている、と、功利主義者のベンサムは考えた。そして、いわゆるアメとムチの外的制度を付加してやることで、人間の動機付けを誘導し、内的な習慣を形成させようとした。その後のハーズバーグなどの研究により、苦が残っていても快さえあれば動機付けになることがわかり、かくして、承認欲求のみを主軸とする、現在の甘い、褒めて伸ばす教育法となった。

 ベンサムが考えたヘドニック・カリキュラスは、IDCNFPEの7つの変数から成り立っていた。すなわち、強度、持続、確率、近接、派生、純粋、社会。しかしながら、動物的な神経連関の形成にとって決定的であるのは、近接、強度、確率だけ。つまり、快楽が即応・強烈・確実なものは、そこに快楽の習慣回路ができてしまう。たとえば、酒やタバコ、パチンコ。それをやれば、すぐに酩酊や鎮静、興奮という快楽が強烈確実に生じる。それで、そこに神経連関が形成され、快楽を求めて止められなくなる。ネット中毒も同じ。承認欲求を満たすリアクションが即応で集まる。そもそもシステムを作る方が、ゲーミフィケイションの理論に基づき、即応、競争、称賛の中毒回路を組み込んでいる。

 勉強や仕事をがんばるようにさせるには、同様に、即応・強烈・確実な褒美を出してやればよい。オレオレ詐欺のような犯罪行為にハマるのも、ブラック会社で本当に死ぬまで働いてしまうのも、いかがわしいカルト教団にハマって人生を棒に振るのも、そこにこの三要素がうまく組み込まれているから。自分で苦労して学費を工面していない学生が、学校なんかサボってカネをくれるアルバイトをした方がマシ、と考えるのも、直感としては当然。その結果として生じる苦については、快に紛れて、気にならない。それどころか、その苦から目を背けるために、さらに強い快の刺激への動機付けが生じる。

褒めて伸ばす教育法は、短期的には絶大な効果を発揮する。だが、長期的にはまずい。第一に、褒美が感覚的にインフレになり、要求は果てしなくエスカレート。麻薬中毒患者と同じ。ちょっとの褒美では納得できない、やる気が起きない。第二に、即応・強烈・確実な褒美というシステム自体が、全体で中毒症状を起こさせ、外的動機付けシステムの無いところでは、自分自身による内的動機付けを作れない体質にしてしまう。それゆえ、第三に、他人が調教した奴隷的な芸当や労働に明け暮れて、およそ結果の確実ではない、遠い未来の社会的な意義をみずから打ち建てて追い求める真の勉強や仕事ができなくなる。

 人間は、モヤシのように、ただ伸びればいい、というものではあるまい。就職活動で褒めてもらえなかっただけで、心が折れ、すぐに死を選ぶような若者を作って、なにが教育か。動物的な惰性を振り切り、世間を敵に回しても、高邁な理想を追い求める強靱な精神力こそ、目先のエサに釣られてばかりいる畜生とは異なる人間の人間性じゃないのか。

by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka 純丘曜彰教授博士

(大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。