能力をひらく能力〜「メタ能力」/村山 昇
「能力がありながら、能力がひらけない」人がいる。それは能力を一段上から司る能力、すなわち「メタ能力」が発揮されていないからである。能力を高次元へ上げていくために必要なことは……
◆ある能力には長けていても……
組織のなかには、知識が豊富な人、ある技能に長けた人、修士号や博士号を修めた人、利発的でIQの高い人などがいる。しかし、そうした人たちが必ずしも仕事で高い成果を上げるわけではないことを、私たちはいろいろと見聞きしている。
・「タコ壺(ツボ)的に深い知識があるがそれを他に展開できない」
・「才能に恵まれているのに、配属に不満があって本気を出さない」
・「言われた作業は器用に処理できるが、何か新しい仕事を創造することは苦手である」
こうした「能力がありながら、能力がひらけない/ひらこうとしない」状態は、言い換えれば、“能力を活用する能力”が発揮されていない状態とも考えられる。そこで私が持ち出したいのが、「メタ能力」という概念である。
メタ能力の「メタ(meta)」とは「高次の」という意味である。たとえば心理学の世界では、「メタ認知」という概念がある。メタ認知とは、認知(知覚、記憶、学習、思考など)する自分を、より高い視点から認知するということである。
たとえば、会議や商談の場を想像してほしい。私たちはまず、その場でやりとりされる内容や流れを自分なりに把握する。そこでもし自分が何か発言しようとするならば、私たちはその場の空気を読み、相手の考えを読み、自分がこう発言すればどう反応があるだろうか、こう言った方がいいかな、ああ言った方がいいかなと、頭のなかに一段俯瞰して考えるもう一人の自分を置いてシミュレーションする。これがまさに「メタ認知」している状態である。それと同じように、本稿では「能力をひらく能力」として「メタ能力」というものを考えてみたい。
◆?次元能力・?次元能力
能力が?次元から?次元、そして?次元へと上がっていく概念を示したのが下の図である。順に説明していこう。
まず?次元に置かれる能力とは、たとえば、「〇〇語がしゃべれる」「数学ができる」「記憶力が強い」「〇〇についての知識・教養がある」「文章力がある」「表計算ソフト『エクセル』が使いこなせる」、「〇〇の資格を持っている」「運動神経が鋭い」「論理的思考がある」といったものである。これらは単体的な能力、素養としての能力であり、その人全体の能力を構成する要素となるものである。
私たちは仕事をするうえで、能力を発揮する「場」というものが必ずある。たとえば、家電メーカーの営業部で働いているとすれば、その営業チームという職場、営業という職種の世界、そして家電という市場環境。一般社員であるかリーダーであるかという立場。これらが「場」である。そして場はそれぞれに目標や目的を持っている。
私たちは、もろもろに習得した知識や技能(=?次元能力)を、さまざまに編成して「場」に成果を出そうと努める。この?次元能力の一段上からもろもろの能力を司る能力が、言ってみれば?次元能力であり、ここで「メタ能力?」と名付けるものである。この「メタ能力?」についての理解を促すための演習を1つやってみよう。
◆演習「モザイク作文」〜自分の意図のもとに要素を編成する
〈ワーク指示〉
□ワークシート〈P〉の右上にある四角枠の中に、いまあなたが全く適当に思いついた単語(名詞)を書き入れてください。
□次に、ワークシート〈P〉の他の空欄に次の言葉を埋めてください。
・要素A→「海」 ・要素B→「幸福」 ・要素C→「夏の日」 ・要素D→「中華料理」 ・要素E→「甘い」
□現在、ワークシート〈Q〉のような状態になりました。では課題です。要素A〜Eまでの5つの要素を盛り込んで、あなたが先に記入した単語に帰結するよう物語を作ってください。(時間は10分間)
さて、この課題に対し、どんな物語をこしらえることができただろうか? 実際の研修で出てきた回答例を紹介しよう。
【作例:Kさん・女性】
○記入単語=「机」
○桜の花が「甘い」香りを放つ4月、私たちは入学した。みんなで「海」に行き、大騒ぎをした後、横浜に立ち寄って本格的な「中華料理」に舌鼓を打った。そんな「夏の日」もまるで昨日のよう。そして秋が過ぎ、冬が過ぎた。「幸福」な思い出をいっぱい詰め込んで、きょう、私はこの教室、この「机」ともお別れだ。
【作例:Tさん・男性】
○記入単語=「クルマ」
○「中華料理」の丸テーブルを囲みながら、きょうは我が家の家族会議だ。今年の「夏の日」の旅行は何処に行こうか。「海」にも行きたい、山にも行きたい。温泉にも浸かりたい、キャンプもしたい。そんな「幸福」プランはいろいろ出てくる。しかし、現実はそんなに「甘い」ものではない。なぜなら我が家は先月、「クルマ」を売っ払ったばかりだった。
要素AからEは、まったく脈絡のないばらばらなものである。しかし、ひとたび、「机」なり「クルマ」なり、帰結点を定めるとどうだろう。その瞬間から、これら単体的な要素に意味合いや流れを持たせようと意志的な努力がはたらく。そして、何かしら物語が完成すると、各要素はあたかも最初からその物語のために用意されていたかのように思えてくる。つまり、5つの要素は、当初、単体として分断されていたのだが、私たちは物語をつくる意図のもとで、それらをあるまとまりとして機能させ、つながるように完成させたのだ。
◆「単に〜ができる」と「成果が出せる」は別物
これを実際の仕事上のことに引き戻して考えてみよう。私たちは日ごろ、業務処理や仕事体験を通して、さまざまに?次元能力を身につけていく。だが、俗に言う「仕事ができる人」というのは、そうした単体の能力要素をたくさん持っている人ではない。どんなプロジェクト、どんな職場、どんな立場を任せられても、内面に蓄えた?次元能力を自在に組み合わせて、着実に成果を出すという人間である。上の演習で言えば、どんな帰結ワードを振られたとしても、見事な作文を仕上げられるということだ。これがまさに「メタ能力?」に優れている状態なのである。
つまり?次元能力は、単に「〜を知っている」「〜ができる」というレベルであるのに対し、?次元能力はもろもろの能力を組み合わせ、場にかなった成果を出すレベルを言う。
◆「異動に納得がいかない」という若手社員に対して
ところで、私が受託する研修の対象は、主に20代・30代前半の会社員・公務員である。彼らがやる気をなくす原因として、不本意な異動というのが少なからずある。「本人の適正を考えないこんなミスマッチな配置転換があっていいのか」とか「会社は一貫性のない異動を強要して、これでどうして一貫性のあるキャリアが築けるのか」といった声を研修現場でもよく耳にする。そんなときに私が伝えるのは次のようなメッセージである───
・異動はサラリーマンの宿命である。
(その宿命から逃れたいなら、どうぞ思い切って独立起業なさい)
・異動はチャンスである。
(思いがけない才能を発見したり、出会いがあったり、世界が広がったり)
・優れた「組織内プロフェッショナル」とは、
次々に命じられる「場・ミッション」を楽しみにでき、
かつ、きちんと成果を出せる人財である。
3つめが言うまでもなく「メタ能力?」を発揮せよということである。私は会社員にとって何よりも大事な能力こそ、この?次元の能力ではないかと思っている。部署Xに異動となれば、そこでの業務ミッションXをくみ取り成果を出して貢献し、部署Yに配属となれば、そこでの業務ミッションをくみ取り成果を出して貢献する。どんなものにでも興味関心を抱き、過去に培った能力を自在に編成して、結果を出すことを面白がる。このメタ能力?こそ、サラリーパーソンとしてのキャリアを幸福なものにするためには欠かせない能力となる。
◆?次元能力=能力と場を“意味”にひらく能力
だが、能力の高次元への移行はこれで終わりではない。もう一段高いところに?次元能力がある。これは自分が持つ諸能力とそれが発揮される場を、意味のもとにひらいていく能力である。
ここでロシア語が話せるAさんを例にとって説明していこう。Aさんは大学時代からロシア語を専攻し、いまでもロシア語を勉強するのが好きで、ロシア人たちと会話をすることを楽しんでいる。つまりこれは、?次元能力としての「ロシア語を話す力」を発揮している状態である。
そんなAさんは総合商社に就職し、ロシアに自動車を輸出する部署に配属になった。そうした場を与えられたAさんにとって必要になるのは、ロシア語だけでなく、貿易知識、交渉術、人脈構築力、異文化理解などさまざまな能力だ。これらもろもろの能力を養い引き寄せて、自動車販売の成果を出していく。これがいわば?次元への能力高次元化である。
さて、ロシアとの仕事が長く続いたAさんはやがて現地の支社長となり、次第に日本とロシアの文化交流に貢献したいと思うようになった。彼はビジネスで築いた人脈と立場を活用し、いろいろなイベントを企画・推進することに汗を流した。「民間外交・文化交流こそ平和を築く礎」という信念のもとにこれまでのキャリア・人生で培った能力を惜しみなくそこに発揮した。これが能力と場を意味にひらいている状態であり、?次元から?次元へ能力を高次元化した姿である。
以上みてきたように、?次元能力から?次元能力までを簡潔にまとめるとこうなる。
【?次元能力】
・能力をもろもろ保持し、単体的に発揮する
・「〜できる」「〜を知っている」ことを突き詰めていくことに満足する
・その単体的な能力を磨くことが自己目的化する
【?次元能力】メタ能力?
・能力を“場”にひらく能力
=場が求める目的に合わせて諸能力を寄せてきて自在に編成し、成果を出す力。
そして、その場に応じた能力が新たに身についていく。
・能力を使って成果を上げることにおもしろさを感じる
【?次元能力】メタ能力?
・能力と場を“意味”にひらく能力
=意味のもとに諸能力を寄せてきて自在に編成し、
場をみずからつくり出し/つくり変え、実現したい価値を生み出す力。
そして、その意味に応じた価値観が強まっていく。
・能力と場を使って意味を満たすことに喜びを感じる
◆能力の成熟化〜「進化・深化」と「高次元化」
能力の成熟化には2種類ある。それは、
1)能力の「次元内での進化・深化」
2)能力の「高次元化」
である。1つめの「次元内の進化・深化」は、たとえば、職人的な世界を思い浮かべると考えやすい。百分の何ミリを指先で感じ取る金型職人、カイゼン(改善)の知恵を出させたらいくつでも掘り起こせるアイデアの達人、特許のことに関してはさまざまな情報のストックを頭に持つ法務のエキスパートなど。?次元内の技の追求にも奥深い世界がある。
そのように「次元内の進化・深化」については、一所に集中して取り組んだり、経験量を増していったりすることで実現していく。ところが2つめの「高次元化」については、どれだけ時間をかけてその分野の仕事を真面目に繰り返していっても次元は上がっていかないことが多い。?次元への移行は、「場」が求めるものを自覚し、場のもとに能力を司る意識にならないと駄目である。また、?次元への移行は、意味(実現したい理念や価値、使命、志といったもの)を創造し、その意味のもとに能力と場を司る意識になることが不可欠となる。
個々が、能力の発揮を全体として強く大きくさせていくためには、やはり、1つめと2つめの成熟化を同時にしていくことが理想である。
たとえば私は執筆業を生業のひとつにしているが、文章表現技術を巧みにしていくためには、それを単体的に鍛えていても限界がある。優れた文章表現を生むには、歴史観を醸成したり、音楽の技法を勉強したり、あるいは絵画の技法からヒントを得たり、そうした他の知識・能力との化学的な融合反応が必要である。また、読み手がどこにいて、どんな欲求をもっているかという需要の場を想定することで、よりいっそう感覚が鋭くなる。さらに、自分は何のために執筆業をやり、何のためにこの文章を発信するのかという意味を強く抱いているほど、文章を究めようという想いが強くなる。そうすることで、結果的に?次元の能力である文章表現力がいやがうえにも強化されていくのである。
ビジネスの現場を見渡したとき、?次元や?次元で仕事をする人は多い。だが、?次元のレベルにまで引き上げて仕事をやる人は限定的である。それだけ「意味」を最上位に置いて働くことが難しいということだ。しかし、それは生涯をかけて取り組むに値する課題ではないだろうか。能力をひらくことは大事である。だが、能力をひらく能力を持つことはもっと大事である。「メタ能力」開発のための鍵は、最終的には「意味」創造にある。
◆ある能力には長けていても……
組織のなかには、知識が豊富な人、ある技能に長けた人、修士号や博士号を修めた人、利発的でIQの高い人などがいる。しかし、そうした人たちが必ずしも仕事で高い成果を上げるわけではないことを、私たちはいろいろと見聞きしている。
・「才能に恵まれているのに、配属に不満があって本気を出さない」
・「言われた作業は器用に処理できるが、何か新しい仕事を創造することは苦手である」
こうした「能力がありながら、能力がひらけない/ひらこうとしない」状態は、言い換えれば、“能力を活用する能力”が発揮されていない状態とも考えられる。そこで私が持ち出したいのが、「メタ能力」という概念である。
メタ能力の「メタ(meta)」とは「高次の」という意味である。たとえば心理学の世界では、「メタ認知」という概念がある。メタ認知とは、認知(知覚、記憶、学習、思考など)する自分を、より高い視点から認知するということである。
たとえば、会議や商談の場を想像してほしい。私たちはまず、その場でやりとりされる内容や流れを自分なりに把握する。そこでもし自分が何か発言しようとするならば、私たちはその場の空気を読み、相手の考えを読み、自分がこう発言すればどう反応があるだろうか、こう言った方がいいかな、ああ言った方がいいかなと、頭のなかに一段俯瞰して考えるもう一人の自分を置いてシミュレーションする。これがまさに「メタ認知」している状態である。それと同じように、本稿では「能力をひらく能力」として「メタ能力」というものを考えてみたい。
◆?次元能力・?次元能力
能力が?次元から?次元、そして?次元へと上がっていく概念を示したのが下の図である。順に説明していこう。
まず?次元に置かれる能力とは、たとえば、「〇〇語がしゃべれる」「数学ができる」「記憶力が強い」「〇〇についての知識・教養がある」「文章力がある」「表計算ソフト『エクセル』が使いこなせる」、「〇〇の資格を持っている」「運動神経が鋭い」「論理的思考がある」といったものである。これらは単体的な能力、素養としての能力であり、その人全体の能力を構成する要素となるものである。
私たちは仕事をするうえで、能力を発揮する「場」というものが必ずある。たとえば、家電メーカーの営業部で働いているとすれば、その営業チームという職場、営業という職種の世界、そして家電という市場環境。一般社員であるかリーダーであるかという立場。これらが「場」である。そして場はそれぞれに目標や目的を持っている。
私たちは、もろもろに習得した知識や技能(=?次元能力)を、さまざまに編成して「場」に成果を出そうと努める。この?次元能力の一段上からもろもろの能力を司る能力が、言ってみれば?次元能力であり、ここで「メタ能力?」と名付けるものである。この「メタ能力?」についての理解を促すための演習を1つやってみよう。
◆演習「モザイク作文」〜自分の意図のもとに要素を編成する
〈ワーク指示〉
□ワークシート〈P〉の右上にある四角枠の中に、いまあなたが全く適当に思いついた単語(名詞)を書き入れてください。
□次に、ワークシート〈P〉の他の空欄に次の言葉を埋めてください。
・要素A→「海」 ・要素B→「幸福」 ・要素C→「夏の日」 ・要素D→「中華料理」 ・要素E→「甘い」
□現在、ワークシート〈Q〉のような状態になりました。では課題です。要素A〜Eまでの5つの要素を盛り込んで、あなたが先に記入した単語に帰結するよう物語を作ってください。(時間は10分間)
さて、この課題に対し、どんな物語をこしらえることができただろうか? 実際の研修で出てきた回答例を紹介しよう。
【作例:Kさん・女性】
○記入単語=「机」
○桜の花が「甘い」香りを放つ4月、私たちは入学した。みんなで「海」に行き、大騒ぎをした後、横浜に立ち寄って本格的な「中華料理」に舌鼓を打った。そんな「夏の日」もまるで昨日のよう。そして秋が過ぎ、冬が過ぎた。「幸福」な思い出をいっぱい詰め込んで、きょう、私はこの教室、この「机」ともお別れだ。
【作例:Tさん・男性】
○記入単語=「クルマ」
○「中華料理」の丸テーブルを囲みながら、きょうは我が家の家族会議だ。今年の「夏の日」の旅行は何処に行こうか。「海」にも行きたい、山にも行きたい。温泉にも浸かりたい、キャンプもしたい。そんな「幸福」プランはいろいろ出てくる。しかし、現実はそんなに「甘い」ものではない。なぜなら我が家は先月、「クルマ」を売っ払ったばかりだった。
要素AからEは、まったく脈絡のないばらばらなものである。しかし、ひとたび、「机」なり「クルマ」なり、帰結点を定めるとどうだろう。その瞬間から、これら単体的な要素に意味合いや流れを持たせようと意志的な努力がはたらく。そして、何かしら物語が完成すると、各要素はあたかも最初からその物語のために用意されていたかのように思えてくる。つまり、5つの要素は、当初、単体として分断されていたのだが、私たちは物語をつくる意図のもとで、それらをあるまとまりとして機能させ、つながるように完成させたのだ。
◆「単に〜ができる」と「成果が出せる」は別物
これを実際の仕事上のことに引き戻して考えてみよう。私たちは日ごろ、業務処理や仕事体験を通して、さまざまに?次元能力を身につけていく。だが、俗に言う「仕事ができる人」というのは、そうした単体の能力要素をたくさん持っている人ではない。どんなプロジェクト、どんな職場、どんな立場を任せられても、内面に蓄えた?次元能力を自在に組み合わせて、着実に成果を出すという人間である。上の演習で言えば、どんな帰結ワードを振られたとしても、見事な作文を仕上げられるということだ。これがまさに「メタ能力?」に優れている状態なのである。
つまり?次元能力は、単に「〜を知っている」「〜ができる」というレベルであるのに対し、?次元能力はもろもろの能力を組み合わせ、場にかなった成果を出すレベルを言う。
◆「異動に納得がいかない」という若手社員に対して
ところで、私が受託する研修の対象は、主に20代・30代前半の会社員・公務員である。彼らがやる気をなくす原因として、不本意な異動というのが少なからずある。「本人の適正を考えないこんなミスマッチな配置転換があっていいのか」とか「会社は一貫性のない異動を強要して、これでどうして一貫性のあるキャリアが築けるのか」といった声を研修現場でもよく耳にする。そんなときに私が伝えるのは次のようなメッセージである───
・異動はサラリーマンの宿命である。
(その宿命から逃れたいなら、どうぞ思い切って独立起業なさい)
・異動はチャンスである。
(思いがけない才能を発見したり、出会いがあったり、世界が広がったり)
・優れた「組織内プロフェッショナル」とは、
次々に命じられる「場・ミッション」を楽しみにでき、
かつ、きちんと成果を出せる人財である。
3つめが言うまでもなく「メタ能力?」を発揮せよということである。私は会社員にとって何よりも大事な能力こそ、この?次元の能力ではないかと思っている。部署Xに異動となれば、そこでの業務ミッションXをくみ取り成果を出して貢献し、部署Yに配属となれば、そこでの業務ミッションをくみ取り成果を出して貢献する。どんなものにでも興味関心を抱き、過去に培った能力を自在に編成して、結果を出すことを面白がる。このメタ能力?こそ、サラリーパーソンとしてのキャリアを幸福なものにするためには欠かせない能力となる。
◆?次元能力=能力と場を“意味”にひらく能力
だが、能力の高次元への移行はこれで終わりではない。もう一段高いところに?次元能力がある。これは自分が持つ諸能力とそれが発揮される場を、意味のもとにひらいていく能力である。
ここでロシア語が話せるAさんを例にとって説明していこう。Aさんは大学時代からロシア語を専攻し、いまでもロシア語を勉強するのが好きで、ロシア人たちと会話をすることを楽しんでいる。つまりこれは、?次元能力としての「ロシア語を話す力」を発揮している状態である。
そんなAさんは総合商社に就職し、ロシアに自動車を輸出する部署に配属になった。そうした場を与えられたAさんにとって必要になるのは、ロシア語だけでなく、貿易知識、交渉術、人脈構築力、異文化理解などさまざまな能力だ。これらもろもろの能力を養い引き寄せて、自動車販売の成果を出していく。これがいわば?次元への能力高次元化である。
さて、ロシアとの仕事が長く続いたAさんはやがて現地の支社長となり、次第に日本とロシアの文化交流に貢献したいと思うようになった。彼はビジネスで築いた人脈と立場を活用し、いろいろなイベントを企画・推進することに汗を流した。「民間外交・文化交流こそ平和を築く礎」という信念のもとにこれまでのキャリア・人生で培った能力を惜しみなくそこに発揮した。これが能力と場を意味にひらいている状態であり、?次元から?次元へ能力を高次元化した姿である。
以上みてきたように、?次元能力から?次元能力までを簡潔にまとめるとこうなる。
【?次元能力】
・能力をもろもろ保持し、単体的に発揮する
・「〜できる」「〜を知っている」ことを突き詰めていくことに満足する
・その単体的な能力を磨くことが自己目的化する
【?次元能力】メタ能力?
・能力を“場”にひらく能力
=場が求める目的に合わせて諸能力を寄せてきて自在に編成し、成果を出す力。
そして、その場に応じた能力が新たに身についていく。
・能力を使って成果を上げることにおもしろさを感じる
【?次元能力】メタ能力?
・能力と場を“意味”にひらく能力
=意味のもとに諸能力を寄せてきて自在に編成し、
場をみずからつくり出し/つくり変え、実現したい価値を生み出す力。
そして、その意味に応じた価値観が強まっていく。
・能力と場を使って意味を満たすことに喜びを感じる
◆能力の成熟化〜「進化・深化」と「高次元化」
能力の成熟化には2種類ある。それは、
1)能力の「次元内での進化・深化」
2)能力の「高次元化」
である。1つめの「次元内の進化・深化」は、たとえば、職人的な世界を思い浮かべると考えやすい。百分の何ミリを指先で感じ取る金型職人、カイゼン(改善)の知恵を出させたらいくつでも掘り起こせるアイデアの達人、特許のことに関してはさまざまな情報のストックを頭に持つ法務のエキスパートなど。?次元内の技の追求にも奥深い世界がある。
そのように「次元内の進化・深化」については、一所に集中して取り組んだり、経験量を増していったりすることで実現していく。ところが2つめの「高次元化」については、どれだけ時間をかけてその分野の仕事を真面目に繰り返していっても次元は上がっていかないことが多い。?次元への移行は、「場」が求めるものを自覚し、場のもとに能力を司る意識にならないと駄目である。また、?次元への移行は、意味(実現したい理念や価値、使命、志といったもの)を創造し、その意味のもとに能力と場を司る意識になることが不可欠となる。
個々が、能力の発揮を全体として強く大きくさせていくためには、やはり、1つめと2つめの成熟化を同時にしていくことが理想である。
たとえば私は執筆業を生業のひとつにしているが、文章表現技術を巧みにしていくためには、それを単体的に鍛えていても限界がある。優れた文章表現を生むには、歴史観を醸成したり、音楽の技法を勉強したり、あるいは絵画の技法からヒントを得たり、そうした他の知識・能力との化学的な融合反応が必要である。また、読み手がどこにいて、どんな欲求をもっているかという需要の場を想定することで、よりいっそう感覚が鋭くなる。さらに、自分は何のために執筆業をやり、何のためにこの文章を発信するのかという意味を強く抱いているほど、文章を究めようという想いが強くなる。そうすることで、結果的に?次元の能力である文章表現力がいやがうえにも強化されていくのである。
ビジネスの現場を見渡したとき、?次元や?次元で仕事をする人は多い。だが、?次元のレベルにまで引き上げて仕事をやる人は限定的である。それだけ「意味」を最上位に置いて働くことが難しいということだ。しかし、それは生涯をかけて取り組むに値する課題ではないだろうか。能力をひらくことは大事である。だが、能力をひらく能力を持つことはもっと大事である。「メタ能力」開発のための鍵は、最終的には「意味」創造にある。