アップルのイノベーションはまだ終わっていないが、かつての勢いは失われてしまった
アップルは依然として賞賛すべきプロダクトを作り続けている。しかし全盛期のアップルを輝かせた魔法は色あせつつある。
最初に言っておこう。アップルのイノベーションはまだ終わってはいなかった。
遠巻きに見た限り、アップルの製品ラインは完璧だ。MacBook Airはより薄くより安くなり、MacBook Proには新しいインテルのプロセッサが搭載されてパフォーマンスとバッテリー寿命が格段に改善した。iPadもより薄くシャープになったし、1500もの新しいAPIと64bitアーキテクチャを誇るiOS 7はアップルのモバイル製品ラインの将来を保証している。アップルはやはりインダストリアル・デザインの王者であり、コンピューター産業のトレンドメーカーであった。
しかし何かが変わった。かつての情熱は失われ、魔法の力は枯れてしまったのだ。イノベーションは健在だが、もはやアップルが興奮を生み出すことはない。
アップルの新製品発表会を良く知っている人なら、お決まりの台本があることに気付いているだろう。まずアップルCEOのティム・クックがステージに上がり、アップル製品の成果を自信に満ちた、しかし落ち着いた声で発表する。アップルは1億7000万のiPadを販売した。アップル・デベロッパーには130億ドルが支払われた。iPadでは47万5000ものアプリが利用可能だ。
次に、やや演出過剰なコマーシャル・ビデオが流れる。観客はアップル製品の素晴らしさに対し、いちいちへーとかホーとか感嘆の声を上げる。ティム・クックがステージに戻り、彼の腹心たちを紹介する。クレイグ・フェデリギがアップルの両オペレーティング・システムの新しい機能の全てを語る。フィル・シラーがマイクロソフトやグーグルやメディアに対して軽い皮肉を飛ばす。ここでまたサー・ジョニー・アイブ主演の芝居がかったビデオが流れる。それからようやく、MacBookやiPhone、iPadといった新製品の発表が始まる。ステージ上の幹部たちは、彼らの新製品発表の首尾をお互いに優しく讃えあう。
この台本はもう何度も上演され、すっかり使い古されてしまった。今回のiPad Airイベントを見た人は、6月に行われたWorldwide Developers Conferenceでの基調講演の繰り返しだと思ったかもしれない。前置きの動画は全く同じだ。そういえばアップルがMiniを発表した去年のiPadイベントもこんな感じだった。
スティーブ·ジョブズの治世中、アップルの製品発表には付きものだったあの期待感は消え失せてしまったのだ。アップルがあれほど固く守っていた秘密は今や公然と言いふらされている。もう「one more thing」はない。そして、人々がその有無を気にすることもない。なぜなら、彼らはおそらく発表の内容を既に知っているからである。
維持的イノベーション
製品自体の話をしよう。前年比ベースで見ることは難しいかもしれないが、アップルの着実な進化は独自のイノベーションの現れである。マイクロソフトやグーグル、IBM、SAPに見られるような実験的な研究成果が、アップルにはない。その訳は、アップルの研究成果はすべて消費者の手の中に、その製品自体にあるからだ。研究者はこの手法を「維持的イノベーション」(破壊的イノベーションの対極にあるもの)と呼ぶ。そしてアップルはこの手法の達人なのである。
維持的イノベーションの問題点は、退屈であるということだ。アップルはこれを非常にうまくこなしている。それは、「Retina」ディスプレイや64bitのA7チップ、Wi-Fi Direct、AirPlayやiBeaconなどの省エネBluetooth機能、Touch IDの指紋認証センサーといった新しい製品機能として表され、一つのプロダクトが発表されるときにはそのすべてが詰め込まれる。
アップルの主な収入源がiPhoneであるせいか、ほとんどの場合新しい製品機能はまずこのスマートフォンに搭載される。その後、iMacやMacBook、iPad、iPodといった他の製品ラインナップにこれらの機能が広まっていくのだ。いずれかの製品ラインに適用されるタイミングを逃した機能があったとしても、1年以内に追って搭載されるのが普通だ。SiriもiPhone4Sでデビューを果たした後、iPadに適用されたのは第3世代からだった。
このような進化を繰り返し、アップルは着実に前進してきた。2007年にリリースされた初代iPhoneや2010年の初代iPadと現行製品を比較し、そこに積み上げられてきた進化を見上げたら、目もくらむ思いをするはずである。
しかしこの成功は、アップル自身の首を絞める結果にもなった。誰もが大きな期待を抱くようになり、新しい製品が少ししか改良されていないとがっかりする人までいる始末だ。新しい製品を成功に導くたびに、アップルは少しずつ消費者のマインド・シェア(会社にとって最高のマーケティング方法だが測定は不可能な熱狂)を失ってゆくのだ。アップルの幹部たちは、何度も繰り返して上演された台本に囚われてしまっている。もうしばらくしたら、ティム・クックもフィル・シラーも、アイブやフェデリギさえもが自らの成功に飽き飽きしてしまうのではないだろうか。
この傾向を鑑みれば、最終的に消費者の興奮は完全に失われてしまう。この悪循環を断ち切るような、全く新しいカテゴリーの製品でも出さない限り、アップルが世界中の消費者の心に特別な居場所を保持し続けることは難しい。
それが実現したとき、アップルは便利で美しい高価な製品を提供するハイエンド・ガジェット・メーカーとして生まれ変わるだろう。
トップ画像提供:deerkoski(Flickrより), CC 2.0
Dan Rowinski
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