株式会社しまむら。「ファッションセンターしまむら」の運営会社として今や有名企業であるが、意外とその実像は捉えにくい。BPM(継続的業務改善)のエバンジェリストとしては、同社はとても興味深い研究対象である。「オペレーショナル・エクセレンシー」の代表企業としての同社の象徴である「マニュアル」をキーワードに、その「凄さの秘密」を探ってみた。


しまむらのオペレーションは徹底的にマニュアル化されている。「商品仕入」から「店舗運営」「システム開発」「社員研修」等々、何から何までマニュアル化しているといってよい。その総ページ数は1000ページを超えるという。


以前、そのページ数を耳にした際には正直、「一体誰がそんな分厚いマニュアルを読むのか」「新人が1週間ほど掛けて読み終わる頃には最初の部分は忘れてしまうぞ」という感想が浮かんだ。しかし先日、「BSニュース 日経プラス10」での放送録画を観て、思い直した。商品を出した後、ダンボールを潰すやり方までマニュアルに書いてあるのだ。「こういう手順でやると、手に怪我をする恐れがありません」といった狙いと共に。思わず「なるほど」と唸ってしまった。


マクドナルドでの「併せてポテトはいかがですか」のお薦めのように、機械的な「マニュアル」教条主義に対する一般の印象はあまり良くはない。実際、そうした会社で働いている人が「何も考えなくなってしまう」という弊害が多く指摘されている。それに対し、しまむらでのマニュアルの位置づけは全く異なるようだ。


しまむらのウェブサイトでマニュアルについて訴えているページがある。http://www.shimamura.gr.jp/company/business/15/


◆マニュアル:しまむらはローコストオペレーションを徹底し効率的な運営をしていますが、それを支えているのがマニュアルです。日本では個人的な技術を重視する風潮に加え、マニュアルに対する誤解と軽視が見られます。私たちしまむらでは最も優れたベテラン社員のやり方をマニュアルと考え、新入社員でも一定レベルの業務ができるようにするため、全ての部署でこれを重視し、標準化と合理性を追求しています。


◆改善提案:マニュアルをいつの時代も生きたものとするために欠かせない仕組みが改善提案制度です。業務の最適化を実現するには、マニュアルをブラッシュアップし続けることが最も大切です。しまむらでは、全社員から毎年5万件以上の改善提案が寄せられ、これを一つ一つ検討・実験し、その結果は再び新しいマニュアルとして毎月更新され続けています。


実際、同社のマニュアルは3年も経つとガラリと変わるという。こうしたことから考えると、しまむらにとってマニュアルとは、現場をよりよくするための「永遠の叩き台」であり、属人化しがちなノウハウを形式知に変換するための「組織学習のための記憶装置」であることが分かる。


しまむらにおいてマニュアルが「不磨の大典」扱いされずに進化し続けられる要因は複数ありそうだ。


何よりもまず、マニュアルの目的が従業員の負担軽減と効率化にあることだ。同社では「仕事を楽に」を合言葉として、働きやすい職場づくりのためにマニュアルを改訂している。(少なからぬ会社で現れたように)効率化が人減らしと労働強化につながる恐れありと従業員が考えた途端、業務改善を提案する動きは止まってしまうはずだ。しまむら・野中社長の言によると、「早く仕事を切り上げて家族団らんができる」ようにするためなのである。


だから万一、マニュアルを改訂することやそれを覚えること自体が過大な負担になるとしたら本末転倒である、と普通は思う(実際、辞めた人の中には、同社のマニュアルへの執着度とその負荷に付いていけなかったと語る人もいる)。しかし同社では少し捉え方が違うようだ。これを理解するには同社内でのロジックをもう少し考察してみる必要がある。


もう一つの主要因は、「仕事=改善されるもの」「マニュアル=改訂されるもの」という仕事観が社内に浸透していることだろう。「仕事=決められた作業をこなすこと」と考えるような職場ではマニュアルは進化しない。しかしそのベースにあるのは、マニュアルを改訂すること、そしてそのために業務改善を提案するという行為そのものが、最重要な仕事の一つと捉えられているということである。この点が先のマニュアル改訂への執着度の理由を解き明かしてくれる。


以前、インテルが絶好調だったときに有名になったのが"Only the paranoid survive"(極度の心配性のみが生き残る)という言葉だった。それをなぞれば、同社には「マニュアルを改善し続けることができる会社だけが生き残る」といった感覚が広く共有されているのではないか。その意味で同社は「マニュアル改善パラノイア」といえるレベルにあるかも知れない。


マニュアルは、うまく使えば「組織学習」の風土を創り上げるための効果的なツールともなるし、組織が大切にする価値の象徴ともなるということを、しまむらのケースは教えてくれる。