そこで、ガンビエロールのKvチャネル阻害作用には分子右半分が重要であり、分子左半分は簡略化できると作業仮説を立てたのである。

この仮説を実証するべく、研究グループはガンビエロールの分子左側の構造を単純化した、人工類縁体を設計・合成した(画像2)。

そしてBotana教授のグループとの共同研究で、研究グループが設計した化合物が、天然物と完全に同等のKvチャネル阻害作用を示すことが見出された次第である。

また、今回の化合物をアルツハイマー病モデルのトランスジェニックマウス(今回のものは非変異型と比較して、アルツハイマー病の原因物質と考えられているアミロイドβペプチド(Aβ)及び異常リン酸化タウタンパク質の蓄積量が顕著に増大させられている)の初代培養神経細胞に添加すると、Aβペプチドや異常リン酸化タウタンパク質が減少することを明らかとした(画像3・4)。

なお、Aβペプチドとは、βアミロイド前駆体タンパク質(βAPP)が、「タンパク質分解酵素β」及び「γセクレターゼ」によって順次切断されて生成するペプチドで、主として40及び42残基のAβ40及びAβ42ペプチドが知られている。

この内、Aβ42ペプチドが自己凝集性と神経細胞毒性が高い。

そのため、アルツハイマー病患者の病理所見である老人斑の形成や、神経細胞死を引き起こしていると考えられている。

また、タウタンパク質は「微小管結合タンパク質」の1種だ。

細胞骨格の安定化に寄与しているが、異常リン酸化されたタウタンパク質が神経細胞内に蓄積すると、アルツハイマー病脳の神経病理学的特徴である神経原線維変化が起こるとされている。

画像3の見方だが、左の棒グラフは、白抜きのバー(NonTg)が野生種のマウスの細胞内のAβの量で、黒(3xTg-AD)が何も添加していないトランスジェニックマウスの細胞のAβの量、そして右端のグレー(3xTg-AD1)がトランスジェニックマウスの細胞にガンビエロール10μモル(μM)を添加したものだ。

Aβの量が約45%減少している(バーの上のT字は、誤差の幅を示したもの)。

そして右のグラフは、トランスジェニックマウスの細胞外のAβの量を表したグラフだ。

黒(3xTg-AD)が何も添加していないトランスジェニックマウスの細胞のAβの量、グレー(3xTg-AD1)がガンビエロールを10μM、グレーの縦縞(3xTg-AD2)は画像2の中段のガンビエロール人工類縁体の7環性のものを0.1μM、そしてグレーの横縞(3xTg-AD3)は画像2の下段の4環性の人工類縁体を5μM添加した結果である。

いずれも減少していることがわかるはずだ。

画像4は異常リン酸化タウの蓄積量の変化を示したもので、こちらも同様で、白抜きのバー(NonTg)が野生種、黒が(3xTg-AD)何も添加していないトランスジェニックマウスとなる。

そして3種類のグラフのそれぞれ右端のバーは、トランスジェニックマウスの細胞にそれぞれ添加した結果の値である。

左のグラフのグレー(3xTg-AD1)ガンビエロール(10μM)を、中央のグレーの縦縞(3xTg-AD2)が人工類縁体7環性(0.1μM)を、右のグレーの横縞(3xTg-AD2)が同4環性(5μM)を添加したものだ。

こちらもAβと同様に、減っているのがわかる。

そして、これらの効果が「N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)型グルタミン酸受容体」を介したものであることを示唆する知見が得られた形だ。

なおNMDA型グルタミン酸受容体とは、中枢神経系を中心に広く存在する神経伝達物質「グルタミン酸」の受容体の1種で、NMDAが作動薬として選択的に作用するのが特徴だ。

今回の実験に対し、研究グループは、今後、化合物の構造最適化や動物実験を進めることで、ポリ環状エーテル天然物の構造をモチーフとした、新たな生体機能分子や創薬シーズの発見に結びつく可能性があると、コメントしている。