また、初戦のニュージーランド戦で失点に絡むミスをおかした近賀ゆかりは、山郷から激励の国際電話をもらって勇気づけられたと証言する。ベンチを離れてもなお、山郷の影響力は絶大だった。

 佐々木監督がそこまで計算高くメンバーを選考したのかどうかは分からない。だが、非情だとのバッシングをひとりで背負う覚悟で決断し、結果的には選手の使命感、責任感を高める一助にさえなったのだ。
 
 佐々木監督は「正解」を伝えて指図するだけの指導者ではなかった。北京五輪本番までに、いかにして選手の実行力を上げるかを考え、巧みに接し続けた結果、選手たちは大舞台で全力を出し切れたし、相手を恐れることなく戦えたことが自信となり、大会が進むにつれて好パフォーマンスを発揮していった。

 本番での采配が必ずしも完璧だったとは言いがたい。初戦のニュージーランド戦には「誤算」と称する選手起用のミスがあったし、第2戦のアメリカ戦でも、交代カードの切り方に疑問符もついた。しかし、崖っぷちに追い込まれたノルウェー戦で大勝したこと、開催国中国相手に完勝したことは、ともに偶然ではない。選手たちが力を出した結果なのである。
 そして、力を引き出したのは、稀代のモチベーター・佐々木則夫監督なのだ。(了)


江橋よしのり / Yoshinori EBASHI
フリーライター。04年アテネ五輪、07年北京五輪アジア予選、女子 W杯、08年北京五輪など、なでしこジャパンと世界の女子サッカーを 現地取材。週末はなでしこリーグ会場に足を運ぶ。