10万円の包丁が爆売れ!合羽橋・京都で「インバウンド向け包丁店」が急増…「同じ商品が2倍の値段で」老舗も嘆くバブルの闇
「日本らしさ」を売りにしたインバウンド商売のなかで、いま存在感を増しているのが包丁店だ。
京都・河原町では2024年以降、堺の老舗も大手メーカーも新興ブランドも相次いで店を構えた。東京・合羽橋にいたっては、コロナ禍前に10店舗ほどだった包丁専門店が約30店舗へと3倍に膨らんでいる。
和食のユネスコ無形文化遺産登録を機に高まった和包丁人気は、台所用刃物の輸出額を過去最高へ押し上げ、国内メーカー38社の売上高も過去5年で最高を記録した。
だが皮肉なことに、この急激な人気が便乗組をも呼び寄せている。量産品に近い商品を「日本の職人の手仕事」と称して高値で売る店も存在するが、老舗と新興店が同じ通りに軒を連ねるいま、観光客にその違いを見分けるすべはない。老舗店のスタッフにも話を聞きつつ、その現状に迫った。
前編記事『合羽橋の包丁専門店が5年で10店→30店に急増…京都・河原町でも出店ラッシュ、外国人観光客が殺到する「包丁ブーム」の実態』より続く。
異業種から突如参入する新興企業も
気になるのは、系列関係を明かさないまま急拡大している店の存在だ。同じ運営元とみられる複数のブランドが、それぞれ別々の名前で店を構え、短期間のうちに京都市内・都内に複数店舗を展開している例もある。
運営会社をたどると、もともと飲食店のコンサルタントや人材派遣業などの異業種から新規参入した企業も見受けられ、古くからの金物屋や包丁店を出自とする会社は見当たらなかった。2020年前後に設立された新しい企業が、短期間で複数店を構えている例もある。
こうした店の商品を見てみると、包丁に刻まれた銘が何を指すのか、店によってまちまちなことがある。必ずしも作り手の名とは限らず、問屋や販売店の名であることも珍しくない。対して老舗の「釜浅商店」では、作り手が明確なもの以外はあえて無銘のまま販売しているといい、対応の違いが際立つ。
「同じ商品が2倍近い値段で売られている」
ある老舗店のスタッフは、複雑な胸の内を明かしてくれた。参考のため自らほかの店を見て回ることもあるといい、「同じ商品が別の店で2倍近い値段で売られていることも珍しくない」という。三徳包丁ひとつとっても、鋼材の質や持ち手の素材によって9000円から3万円ほどまで幅があるとした上で、値付けの理由がはっきりしない店も増えていると話す。来店客には「いろいろ見比べてから買った方がいいですよ」と、あえて伝えることもあると打ち明けた。
新潟・三条製の包丁のみを扱うある老舗のスタッフは、インバウンド向け店の値付けについて苦笑交じりに語った。
「どうなっているのか私たちが聞きたいくらいですね。問屋の数が増えるほど、乗せられる額も大きくなる。そういう背景もあるのではないでしょうか」
同業者のあいだでも、一部の店の価格は明らかに割高だとの見方は少なくない。
もっとも、すべての新規参入組が「ぼったくり」というわけではない。多言語対応のスタッフを揃え、店舗を全面的にリニューアルするなど、正面からインバウンド需要に向き合う店の姿も見られる。観光客に日本の刃物文化そのものを丁寧に伝えようとする企業も少なくない。
問題は、スタッフの国籍や店の新しさではなく、値付けと産地・作り手の透明性にある。良心的な店と、流行に便乗する店とが同じ通りに混在し、日本語が分からない観光客の目には、その違いがほとんど見分けられない……そこにこそ、この問題の根深さがある。
「日本の包丁」ブランドで稼ぎまくる便乗組
便乗組が短期間で店を増やす一方、産地の担い手そのものは細りつつある。前述の東京商工リサーチが売上高を分析した国内の包丁メーカー38社のうち、従業員5人未満が13社、10人未満まで広げると25社に上る。多くは零細な老舗で、経営者や職人の高齢化と後継者難が重くのしかかる。
堺や三条、関の職人たちは、数百年以上にわたって伝統を受け継ぎ、地道に技術を磨いてきた。だが、そうして時間をかけて積み上げてきた「日本の包丁」の評判に便乗組が後から乗り、うまみだけを掠めとっていく--ふとするとそんな構図が浮かび上がってくる。
老舗が長い年月をかけて積み上げてきた信用と、便乗組が短期間で稼ごうとするビジネスとが、「和包丁」という同じ看板の下で混在し続けている。
観光客に違いを見分けるすべがないまま出店ラッシュが続けば、割を食うのは地道に商売をしてきた老舗であり、ひいては「日本の刃物」というブランドそのものだろう。
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