横山めぐみ、倉本聰さんを追悼 『北の国から』でデビュー「お酒の嗜みも先生に教えていただきました」最後のやり取り明かす
【写真】今年8月には…朗読劇にサプライズ登場していた倉本聰さん
横山は「倉本先生がお亡くなりになったという知らせを、先程受け取りました。亡くなられたのが9月18日ということですが、その日は先生の丸い文字を思い出しながら、先生の真似をして原稿用紙に万年筆で、文章をしたためておりました。私は1987年『北の国から’87初恋』で純くんの初恋の相手、れい役としてデビューしました。当時は『倉本聰の秘蔵っ子』とメディアに取り上げていただきました」と回顧した。
「お酒の嗜みも先生に教えていただきました」とし「数年前に京都から電話したのが、最後になってしまいました。私の『真珠夫人』の成功を喜んでくださり、『よろめきドラマのよろめき夫人だね』なんておっしゃって、『次は京都で会おう』と。その約束が果たせないままになってしまいました」と最後のやり取りも明かした。
最後に「倉本先生の『北の国から』のおかげで、今の私があります。感謝の気持ちでいっぱいです。心の整理がまだついておりませんが、倉本先生のご逝去を悼み、心よりご冥福をお祈りいたします」と悼んだ。
倉本さんは、1935年東京出身。東京大学文学部美学科卒業後、1959年にニッポン放送へ入社。「倉本聰」のペンネームで脚本家としての活動を行い1963年退社後に独立。1977年富良野に移住して居を構えると、1984年から役者やシナリオライターを養成する私塾「富良野塾」を主宰。
代表作には国民的ドラマ「北の国から」をはじめ「優しい時間」「風のガーデン」の“富良野3部作”の他、「前略おふくろ様」「昨日、悲別で」「ライスカレー」など多数。2024年秋には構想60年の映画脚本「海の沈黙」を手掛けるなど数々の名作を輩出した。
2006年より「NPO法人C・C・C富良野自然塾」も主宰し、閉鎖されたゴルフ場に植樹を行い、元の森へと返す〈自然返還事業〉と、そのフィールドを使った〈環境教育プログラム〉にも精力的に力を注いだ。
