オール1でも能力が低いワケではない…1年生の半数が外国ルーツという公立高校が展開する"驚きの日本語授業"
※本稿は、篠原匡『愛知県は天下を取るがね』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

■受け入れと家族支援は車の両輪
愛知県の深刻な労働力不足と外国人労働者の受け入れ。確かに労働力不足は日本における特大の社会問題だが、同時に、もう一つ考えなければならないことがある。それは、受け入れた外国人とその家族をどのように社会に包摂していくかという点だ。
とりわけ深刻なのは、彼らの子どもの教育である。愛知ではこの10年、日本語指導が必要な児童・生徒が急増している。この状況を放置すれば、彼らは十分な教育を受けることができず、日本社会の中で孤立してしまう。
大国が自国の利益を追求する弱肉強食の時代に、「インクルージョン」などという甘甘のセリフを吐いてどうすると怒られそうだが、外国人であっても教育の機会を設けるのは人として当然の責務だ。それに、日本社会に適応しない外国ルーツの若者が増えれば、社会の不安定化や治安の悪化などの形ではね返る。それを思えば、外国人の受け入れと本人・家族に対するサポートは車の両輪だ。
■日本語指導が必要な子が全国最多
文部科学省のデータによれば、愛知には日本語指導が必要な外国籍の児童・生徒が1万1924人いる。2位の神奈川が6182人なので、その数はダントツの1位だ。特に小学校と中学校に多く、両者で90%を超える(2023年5月1日時点のデータ)。言語別ではポルトガル語が多く、全体の40.5%を占める。次いでフィリピン語(21.2%)、中国語(8.8%)、スペイン語(8%)、ベトナム語(5.7%)と続く(2023年調査)。
ポルトガル語が多いのは、1990年の入管法改正後、自動車産業など愛知の製造業で働く日系ブラジル人が増えた影響だ。こうした外国籍の子どもについては、江戸川区や足立区、川崎市など首都圏でも増えており、全国的な課題となっている。
もっとも、愛知はこの問題に早くから直面してきたこともあり、学校や地域での日本語支援や日本語教育についてはさまざまな取り組みが既に進められている。そういう面で見れば、愛知はこの分野の“課題先進県”と言っても過言ではない。
例えば、県内の小中学校に対して、外国にルーツを持つ子ども向けに、日本語だけを教える教員「日本語教育適応学級担当教員」を2026年度で830人配置している。2010年度は294人だったため、2.8倍の増加だ。これは、全国の日本語教育適応学級担当教員の実に18.4%に当たる。こうした日本語担当教員が小学校の低学年時に補習という形でサポートすることで、子どもたちの多くは日本語能力を身につけて中学に進学している。
■新しいタイプの中高一貫校
中学卒業後も、80%以上が高校や専修学校などに進学している。また、日本語学習支援基金を県と民間で積み立て、日本語教室への運営費や外国人学校の日本語指導者雇用を助成するといった対応も取っている。日本語教室への運営費助成は54教室、外国人学校への雇用助成は4校に上る。
さらに、外国にルーツを持つ生徒にフォーカスした、新しいタイプの中高一貫校も立ち上げている。その舞台は、豊田市西部にある県立衣台(ころもだい)高校。1974年に開校した全日制の公立高校だったが、2024年4月、連携型の中高一貫校としての一歩を踏み出した。連携型中高一貫校とは、公立中学校と公立高校がカリキュラムや進路指導などで連携し、私立の中高一貫校のように6年間、同じ方針の下で学べる学校のことだ。
衣台高校の場合、同じ豊田市にある保見(ほみ)中学校と連携しており、2026年4月には保見中学校の卒業生のうち12人が衣台高校に入学した。連携型なので衣台高校に進学するのは希望者のみだが、連携型中高一貫校となって初めての入学者である。
■生徒の可能性を解き放つ教育
この衣台高校、国内で増える外国ルーツの児童・生徒に対する現実的な対応という面でとても興味深いので、以下、詳しく書いていこうと思う。
衣台高校が教育方針に掲げているのは、多文化共生と母語を活かした授業、そして文化的にも言語的にも多様な生徒の能力や可能性を引き出す教育だ。日本人と外国にルーツを持つ生徒同士が学び合い、これからの国際社会を主体的に生き抜く力を醸成する。日本語を母語としない生徒にも、深い学びが可能となる教育の機会を提供する。日本語という壁にぶつかり、本来の能力を発揮できずにいる生徒の可能性を解き放つ--。そんな教育の実践である。
■「オール1」の生徒の本当の力
連携校の保見中学校は全校生徒の約40%が外国にルーツを持っている。その中には日本語の読み書きが苦手なため、授業についていけない生徒もいる。その状態を放置すれば、通知表は軒並み低評価になり、勉強への意欲と自尊心、自信が失われてしまう。
ただ、たとえ「オール1」の生徒でも、日本語という壁にぶつかり力を発揮できていないだけで、もともとの考える力が低いとは限らない。逆に、ポルトガル語など母語で学ぶことができていれば、日本人をしのぐ才能の持ち主かもしれない。それゆえに、衣台高校では母語も活用した授業を展開し、生徒本来の能力を引き出そうとしているのだ。
■「未来の共生社会」を描く授業
2026年1月22日、2時間目が始まったばかりの教室を訪ねると、1年生の生徒がノートパソコンを見ながら絵を描いていた。週に2コマある「日本語」の授業である。
この日の授業は「未来の共生社会」について考えるという内容だ。自分が理想とする街や社会をイラストで描き、なぜそういうイラストを描いたのか、自分の考えをまとめた説明文と、最後にみんなの前で発表するための説明文を書く。最初の説明文は他言語が混じっていてもOKだが、最後の説明文は伝わる日本語で書く必要がある。
頭の中にある未来の共生社会を描くという行為を通して思考力や表現力を見つつ、日本語能力の向上を目指す狙いだ。黙々とイラストを描いている生徒もいれば、友だちと何やら議論している生徒もいる。中には授業の進め方をあまり理解していない生徒もいたが、周囲の生徒がポルトガル語や英語で教えていた。発表する時は基本的に日本語だが、その前段階の思考や議論の部分は各生徒が得意とする言語を使って構わない。
このクラスには、ブラジル、フィリピン、ウガンダ、中国などから来た生徒が在籍している。中高一貫校になったことで、外国にルーツがある生徒が衣台高校に進学するケースは増えており、今の1年生はそうした生徒が5割を占める。
■日本語のせいで思考を止めない
なぜ思考や議論の時は多言語なのか。「日本語」の授業を担当する大西奈津さんは次のように語る。「日本語のせいで思考を止めないでほしいんです。自分が持っているすべての言語で最大のパワーを出してほしい」。
東京外国語大学多言語多文化共生センターでセンター長を務める小島祥美教授によれば、子どもの「ことば」の発達と習得には、子ども自身の生育歴や育った環境などで大きな差が出るという。
例えば、日本生まれや幼少期に来日した子どもは、保育園・幼稚園での生活や友だちとの遊びを通じて日本語を「聞く・話す」力を自然に身につけるため、小学校の中学年になれば、他の子どもと同じくらい流暢に話せるようになっていることが多い。ただ、「読む・書く」力の習得については学校や家庭などの環境が大きく影響し、個人差が出るため、教科の内容を理解するには授業などできめ細かく支援する必要がある。また、母語や母文化をどのように維持するかという課題も生じる。
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■来日時期で変わる「ことば」の力
一方、小学校中学年以上で来日した子どもの場合、母語の基礎的な能力はできあがっており、簡単なものであれば文章の読み書きは問題ない。日本語で話す力も、学校生活や友だちとの関わりを通して自然に習得していく。ただ、文法などのルールを体系的に学ぶのはまだ難しく、読み書きの力や授業で習う内容を理解する力を身につけるには、学校や家庭での継続的な支援が必要になる。この時期に読み書きの力を獲得できないと、教科の内容を理解するのに十分なことばの能力が醸成されず、日本語と母語のいずれでも授業についていけなくなる可能性が出る。

このように個人差はあるが、幼少期から小学校中学年ぐらいに来日した場合は「読む・書く」という力よりも「聞く・話す」という力が先に伸びる傾向が強い。それに対して、来日時期が小学校高学年以降になると、ことばの発達と習得の傾向が変わり始める。あくまでも年齢相当の思考力があるという前提だが、小学校高学年から中学1~2年で来日した場合、母語で読み書きや教科の学習にしっかり取り組んでいた子どもは母語で習った知識や概念を日本語での学習に活用できる。幼少期などに比べれば「聞く・話す」という力の習得に時間がかかるかもしれないが、読み書きの能力も伸びる。
もっとも、中学校の授業は小学校に比べて飛躍的に難しくなるため、日本語を学びながら教科の学習にも取り組むという状況はかなりの負担になる。母国で成績が良かった子ほど、過去の自分とのギャップに苦しみ自信を喪失してしまうことも少なくない。こうした傾向は、中学2、3年や高校1年あたりで来日した子どもだとより顕著になる。
私は帰国子女ではないが、帰国子女だった人はいろいろと腑に落ちるところもあるのではないだろうか。
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篠原 匡(しのはら・ただし)
ジャーナリスト・編集者
1975年生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、日経BP社に入社。日経ビジネスニューヨーク支局長、日経ビジネス副編集長などを経て独立。著書に『腹八分の資本主義』(新潮新書)、『神山 地域再生の教科書』(ダイヤモンド社)、『誰も断らない こちら神奈川県座間市生活援護課』(朝日新聞出版)など多数。
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(ジャーナリスト・編集者 篠原 匡)
